第三十一話 強くなったマジシャン・カルテットの日常
ここはサラーサの街から移動するのに数日程の時間がかかるところにある小さな村の近く。マジシャン・カルテットの四人は今日はこの近くで討伐以来の来ている魔物を探していた。
サラーサの街はそれなりに大きい街であるため、近隣の村からの依頼も集まってくる。特に小さな村では突然発生した魔物に対処できず、冒険者の派遣を依頼してくることは珍しくなかった。
今回の依頼内容は、ハンマーボアという突撃力を強化した猪の退治である。猪はそこらかしこに生息する動物でありながら、魔物化すると非常に厄介となる。巨大化したビッグボアでも、突撃力が強化されたハンマーボアでもどちらにしても多くの建物が破壊されることが珍しくない。さらに、肉食獣に襲われることも珍しくないので、命の危機にさらされやすく非常に魔物化しやすいという、とても困った存在でもあるのだ。
しかし、一方では初心者の冒険者としては腕試しと大きな収入のチャンスとなる魔物という側面を同時に持っている。放置しては建物やひいては人名にかかわるので冒険者への支払いはかなり良い依頼になる。しかも、魔物化していても猪。特別に厄介な行動はほぼしてこないので、魔物退治の練習にもってこいなのだ。そういった事情もあって、マジシャン・カルテットはわざわざ遠出して、この依頼を受けに来たのである。
ドドドドドドドド・・・・・・・・
ただ、今回のハンマーボアは一味違った。
「なんだよ!この量は!聞いてたのと全然ちがうじゃねーか!」
「言ってる場合か!今は迷わず走れ!」
「む、無理だよ、こ、これ以上は、私は走れない・・・」
「だから、俺たちだけじゃ無理だっていったんだ!!」
荒野の走る四人の冒険者の後ろに続くハンマーボアは軽く100体という量である。この冒険者たちはどうやらかなわないと判断し逃げることにしたようだが、どうやら判断が少し遅かったらしくハンマーボアとの無謀なおいかけっこが始まってしまったようだ。
「こんな量がいたならあんな被害で済むわけないだろ!どうなってんだ!」
この嘆きは正しい。この近くの村の被害はまだ極々軽度のものであり、最近この近くでハンマーボアとなった猪が出現したということでの依頼であった。しかし、この量はどうみてもおかしい。これほどの数まで増えているのであれば、数世代にわたりハンマーボアはこの近くで繁殖したということになるのだが、それならば村はもう何度も被害にあっているだろう。
「も、もう無理だよ・・・あっ!」
四人のうちの一人がすっころんだ。彼女の服装を見るとどうやら神官のようである。他の冒険者は戦士職のようで余裕がまだ残っていたが彼女にはもう余裕はひとかけらも残っていなかったのだ。
「仕方ねぇ!戦うぞ!」
「無理だろ!全滅する!」
「それでも見捨てるわけにはいかないだろ!!」
その言葉に残りの二人も頷く。そうして覚悟を決めて突撃してくるハンマーボアたちに対峙する冒険者四人。しかし、目の前に迫ってくるのは地平線が見えなくなるほどの大量の猪である。四人はあっという間に戦意を喪失した。
「いや、無理だよ!!!」
「そ、そうだな。抱えて逃げた方が現実的だな。つかまれ!」
神官を抱えて再び逃げ出す四人ではあるが、追いかけっこで人間は基本的に猪には勝てない。しかも、ハンマーボアは突撃能力が強化された魔物なので、走る速度も速く、走れる距離も長い。冒険者でもそうそう簡単に逃げ切ることはできないのだ。
そうしてさらにしばらく逃げていると木が茂っている小さな森のようなところが見えてきた。
「あっちだ!森の中ならあの数は追いかけてこれないだろ!」
「た、たしかに。」
「もうひと踏ん張り走れ!!」
方向を変え、森の方へと逃げる。しかし、冒険者たちの思い通りとはいかなかった。ハンマーボアの突撃力はこの程度で止められるものではないのだ。
バキバキっ!バギっ!!
ハンマーボアたちは木をもろともせずにそのまま追いかけてきた。その様子に冒険者たちは絶望の悲鳴をあげる。
「どうしたらいいんだー!!!!」
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それからしばらく追いかけっこは続いたが戦士職の三人も完全に体力がなくなり、絶望の時が迫っていた。
「私の強化術も回復術も、もう限界です。」
「魔物をなめていたわけじゃないとは思っていた。でも、俺のせいだ。あんなやつらに頼らなくてもできるって見せようなんて思わなきゃよかった。すまねぇ、みんな。」
実はこの四人はまだ新人の冒険者たちだった。そこでギルドからは万が一の事態に備えて、他のパーティーと組んで依頼へ向かうように指示された。しかし、そこで紹介された冒険者はFランクになりたての自分たちよりも冒険者経験の少ないというパーティーだった。ついこの間活動を始めたばかりのFランクパーティーで、さらに全員魔法使いというわけのわからないパーティーだ。腹だたしかったのは、そんなめちゃくちゃなパーティーなのにギルド長には気に入られているらしく、ハンマーボアの討伐というおいしい依頼を先に受けた自分たちに強制的に一緒についてくることにされたことだ。
そんな連中に手柄を取られるのを嫌がり、勇み足で魔物退治に向かったところ、このざまである。パーティーリーダーの少年は自分の愚かさを呪い、目の前に迫る猪たちに絶望した。
しかし、猪たちが冒険者たちに届くことはなかった。
「金剛壁!!」
空から降ってきたシャイアスが地面に落ちると同時に叫ぶ。地の中級防御魔法、金剛壁。地面の中の特に固い物質をかき集めて盾となる壁を作り出す魔法。木や建物などお構いなくぶっ壊して突撃するハンマーボアもこの壁は突破することができなかった。
「こんんのあほどもがあああーーー!!!」
空から残りの三人が降ってくる。朝起きると、冒険者たちが先に魔物退治に出かけたことを村人たちに聞いて慌てて追いかけてきたマジシャン・カルテット。魔法力の消費も度外視して、風雅は空を全力で駆けて冒険者たちへと追いついたのだ。
「一体何のために一緒に来たと思っとんじゃこんのあほどもが!!・・・ってどしたの?」
冒険者たちの顔は涙でぐちゃぐちゃだ。もう助からないと思っていたときに、来てくれた援軍。これほどにありがたいものはなかったのだ。
「す、すみばせん。ありがどうございばす・・・」
「あら、ずいぶんと素直ね。反省しているならいいわ。ちょっと休んでなさい。」
「とりあえず、こちらを飲んでくださいね。」
そういってミアが作り出した水を冒険者たちに手渡していった。冒険者たちはどうやら少し落ち着いてきたようだ。そっちはミアに任せて、ガリューと風雅は猪たちの対処に向かう。
「どうする?思っていた以上に数が多いぞ。一気に燃やしちまうか?」
「この子達が危険ならそれもやむなしだったんだけど、可能なら肉を持ち帰りたくない?」
「あー、たしかに高く売れるしな。」
「そうそう、それになによりうまそうじゃん。あの肉でさ、宴会したいじゃない。」
「お前はいっつもそればっかりだな。」
そうはいってもガリューも宴会が楽しみなようでにやにやしている。その様子を見て驚いていたのは冒険者たちであった。
「あの数のハンマーボアを相手にあんな様子で大丈夫なのか?あいつら危険性がわかってないんじゃないのか。」
「いえ、あのくらいの魔物なら何匹いても大丈夫です。」
「え?だってお前たちもまだFランクだろ?」
「まあ、私たちはまだ結成半年ですからねぇ。でも、中級魔法が使えるようになってからあのくらいは散々倒しましたから。」
ミアはニコニコしながら答えた。その様子に嘘ではないとわかった冒険者たちは徐々に落ち着きを取り戻していくのであった。
一方ハンマーボアを抑えていたシャイアスだが、ハンマーボアたちはシャイアスの魔法を全く突破できそうな感じはなかった。次から次へと壁にぶつかってきてすごい音はしているが、壁は全然揺るがない。
そして、徐々にハンマーボアがたまってきてしまい、壁にすら届かなくはなっているのだが、ハンマーボアは急には止まれないので、どんどこ突撃してくる。しかし、ハンマーボアは突撃力を高めるために身体をかなり硬質化している。ハンマーボアに突撃したハンマーボアも倒れこむほどのダメージを受けていき、ハンマーボアはほとんどが倒れこんではいったのだが、ついに後ろのあたりにいたハンマーボアが同胞の体を駆け上って壁を越えようとしてきてしまった。
「はい、残念ねー。ごくろうさまー。」
しかし、そこは風雅も予測済み。壁を乗り越えてきたハンマーボアは風雅が一体ずつ天へと吹き飛ばしていく。そうして地面に落ちたハンマーボアも気絶していった。風雅は物凄く簡単にハンマーボアを上空へ吹き飛ばしているが、見ている冒険者たちからすると驚愕の光景である。
「いや、なんであんなに簡単にハンマーボアが吹き飛ぶんだよ?」
「それに、あんなピンポイントに強力な魔法発動できる魔法使いがFランクなんてあり得ませんよ。」
実際、風雅はすごいことをやっている。突撃してくる高スピードのハンマーボアの足元で中級魔法の完全魔法を上方向への指向性までつけて発動させているのだ。これにはもちろん理由がある。
ハンマーボアほどの重量を持つ魔物なら中級魔法じゃないと吹き飛ばすことは難しい。そして、ただ吹き飛ばす風を作ってしまうと全方向にとんでもない風が発生するため後ろからくるハンマーボアを狙うのが難しくなる。では、そもそもそのパワーでハンマーボアを押し返してしまえば良いのではないかと考えるものもいるだろう。しかし、そういうわけにはいかない。今回の依頼は魔物の退治にある。魔物は1匹でも逃がしてしまえば正常な動物と繁殖し増殖する。突撃を跳ね返してしまえば、そこから起き上がったハンマーボアは逃げ出してしまい、ここから手間が非常に増えてしまうのだ。
「おらおらー。一匹も逃がさねーぞ!」
一応、逃げないようにガリューが見張ってはおり、その場合には捕獲はあきらめてガリューが処分するつもりではあった。しかし、その必要すらなく、風雅は完璧に後続のハンマーボアを倒し切った。
こうしてほとんどのハンマーボアはほぼ何もできないままで退治されていったのである。
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実際に大変だったのはそこからである。100体ほどのハンマーボアを村まで持って帰らないといけないのである。本当ならばこんな量は絶対に必要ない。そもそもの依頼はせいぜい10匹程度の退治の予定であった。つまり、残りは適当に処分してしまえば良い。ガリューなら簡単に燃やし尽くせただろう。しかし、そこは風雅が許さなかった。
「それはさすがに命に対して失礼だわ。必ず持って帰るわ。」
風雅は地球では食品関連の会社に勤めていた。それは異世界へ本気でいくと考えていた風雅は食べ物に対しての妥協を絶対にしたくなかったということもあり、その知識を深めるために選んだものだ。
それと同時に、風雅はありとあらゆる生き物をさばき方を学んだ。猟友会の狩りについていき、大きい獣の解体も練習している。そのときに命を奪うこと、そして命をいただくこととはどういうことなのかを風雅なりに理解したのだ。
だから、風雅は命を無駄にはしない。そのために持ち帰るとなったらどうするべきなのかを考え、その処理を指揮していった。
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「いや、本当にこの人たちどうなってんだよ。」
「凄すぎて何が何やらです。」
風雅の指揮のもと、夕方に差し掛かるまで、全ての猪の処理を終え、それをシャイアスが作った巨大な岩の板の上に載せきった。しかし、このままでは当然持って帰るのは不可能である。そこで、風雅が今、岩の下に空気の塊を作り出し、岩の板を無理やり地面につかないようにして運んでいる。疑似的なホバークラフトのようなものである。この発想すらも冒険者たちからは異次元のものであった。
「しかも、この報酬を山分けしてくれるってどういうことなんでしょうか?」
「僕たち・・・迷惑しかかけてないですよね?」
「そんなもん気にすんな。私たちは一緒に冒険したの、だから報酬も山分けなの。オーケー?」
その様子を聞いていた風雅が冒険者のリーダーに話しかける。
「正直言うとさ、先に報酬の話しておけばって反省もしたの。お金なんかよりもあんたたちの命の方がよっぽど大事でしょ。そんなにお金に困っているなら言ってほしかったわ。」
「そんな、俺たちが無茶しただけだ。ほんとにすまん。」
「良いのよ、お互い無事に帰れる。それで満足よ、私は。」
実際に冒険者たちがいなくなったときに、真っ先に気が付き、必死の形相で風雅が冒険者たちを探し回ったことを残りの三人だけは知っていた。




