第三十話 サラーサの街の新しい試み!
今日はマジシャン・カルテットが初めてドクターからの教えをもらう日である。その会場として選ばれたのは先日闘技大会を行った闘技場であった。
マジシャン・カルテットの四人が魔法を教わるには余りにも大がかりな会場であるし、そもそもこの闘技場を貸し切るのは正直もったいないといえるだろう。しかし、これには大きな理由がある。
「それでは、本日、第一回サラーサの街冒険者の修行会(仮)をはじめます!野郎ども!準備は良いかあぁぁぁー!!」
うぉおおおおおおおおお・・・・
『うるせぇー!静かにしやがれー!!』
唸るような冒険者たちの返事に対して、風魔法を使って拡声した爆音声で返す風雅。
「冒険者の諸君は今の言動に理不尽を感じたことだろう。私もそうだ。だが、気にせず進める!」
会場からは失笑が漏れる。ここに集まった冒険者たちはほとんどが風雅のことを知っているものばかりなので、このくらいの理不尽には慣れたものなのだ。
闘技場にはサラーサの街の役3割に達するほどの冒険者、そして魔法を習ってみたいという一般市民たちが大勢押しかけていた。
これが風雅からドクターへのお願いの正体である。
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「ドクター、この特別な金貨を全部返すからさ、魔法をもっと多くの人にも教えてほしいの。」
「ふむ、どういうことだろうか?」
「わたしさー、この街好きになったんだよね。だから、この街の人にはできるだけ死んでほしくないなーってなったの。それでね、ドクターが良いなら、私たちだけに向けた修行じゃなくて、参加したい人は誰でも参加できる大規模な修行場みたいな感じできないかなって思っている。」
「面白いじゃないか。吾輩は良いことだと思うぞ。まあ、戦士や神官は魔法を覚えるのは勧めないがな。」
「そうなの?」
「ああ、魔力の使い方は余計な事を覚えないほうが一つに集中しやすいことは研究でわかっている。だから、冒険者の冒険に魔法使いがわざわざ呼ばれるのだ。魔法を覚えてしまうと結果的に戦士や神官は損をすることになるからな。」
そう聞くと風雅はふむと唸った。
「そういう意味ではガリューは損している側なわけか。」
「そうでもない、あいつは間違いなく天才の部類だ。十分に魔法も普通に使いこなせているといえるだろう。その上で、剣技も一般的な戦士レベルは絶対にある。どの程度実力を隠しているのかは知らんがね。」
「ドクターがそういうならそうなのね。ま、その話はまた今度にしましょう。それでどうかしら?魔法をみんなに教える先生になってもらえる?」
「構わんよ。君たちに教えるついでだと思おう。さらにいうなら、助手たちにも魔法を教える練習をさせられるだろうし、こちらとしても困ることはほぼない。吾輩は正直、教えてほしいというのなら誰に教えても構わないのだ。」
「よかった、そういってもらえると思った。」
そういうと、風雅はドクターと初めて会った時にもらった金貨が全て入った袋をドクターへと返した。ドクターとしてはこれを受け取らなくても別に困らない。ただ、逆に風雅が、そしてこの行動を止めない他のマジシャン・カルテットが嫌がることも理解していた。
「では、これからよろしく頼むぞ。」
ドクターは袋を受け取りながら微笑むのであった。
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しかし、この流れはそれだけでは終わらなかったのだ。一人でも多くの魔法使いにこの修行を受けてほしいと思い、風雅はギルド長のリーナに声をかけた。冒険者ギルドの中でも宣伝をしてもらえば少しでも多くの人へと情報が届くだろうと考えたからである。
それにより話は思わぬ形へと進んでいく。リーナに修行会のことを話していたところ、その話を偶然に聞いていたものがいたのだ。アマゾネスのリーダーのガラリアである。彼女は風雅の考えに大きな興味を示していた。
「フーガ、お前面白いことを考えるな。それをもっと大がかりにやらないか?」
「大がかりってこれ以上大がかりにできないわよ。」
「ギルド長、これはせっかくのチャンスだ。大きく活かそうぜ。」
「はぁ、そうはいっても具体的にはどうするんですか?」
「戦士や神官、偵察職も全て合同でやろう。戦士は俺が面倒を見よう。神官はタダに見させれば良い。偵察職は妹たちが中心になればなんとかなる。」
つまり、この修行会を魔法使いに限定しないという意見だ。サラーサの街の冒険者全体で行うものにしてみないかということである。
「ふむ、ギルドとしてはありがたいことしかありませんが・・・でも、良いのですか、そんな技術を教えてしまって。」
「構わない。それにこっちだって盗める技術はあるだろうさ。」
「私の元々の目的はサラーサの冒険者たちが死なないことだから願ったりかなったりよん。」
「じゃあ、それで進めようぜ。」
そうして話はどんどんと大きくなり、最終的にはギルドが5日に一度闘技場を貸し切ることになった。そこで、冒険者たちが集まり、お互いに技術を教えあうという合同修行会という形に落ち着いたのだ。
この修行会のルールは三つ。一つ、誰もが持っている技術を教わり、そして教えあう。二つ、聞かれたら技術は隠さずに教える。三つ、この修行会に参加する以上は技術を盗まれることには文句は言わない。
最初はこんなルールで人が集まるのかと不安がっていたリーナではあったが、修行会のお知らせをギルドに張り出すと、問い合わせがひっきりなしになった。
この反応にはリーナは正直驚きを隠せなかった。普通は、常識的に自分の技術が盗まれるかもしれない修行会に参加する人なんていないものだ。だから、その稀有な参加者が実績を上げることで徐々に輪が広がっていくという予想をしていた。
だが、予想は大きく外れることになった。その理由はマジシャン・カルテットにある。毎日、毎日、冒険者ギルドでは酒盛りがあり、冒険者たちは強制的に距離が近くなっていたのだ。その結果、多くの冒険者たちはこのギルドに来ている冒険者をライバルの同業者ではなく、もはや大きなくくりでの仲間だと思っているものがほとんどになっていたのだ。こいつらが死んでしまうくらいなら、自分の技術を多少盗まれるくらい良いだろう、そう考える冒険者は驚くほど多かった。
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そうして開催された修行会はとんでもない数の冒険者が参加したというわけである。この盛況っぷりは開催したマジシャン・カルテットも予想外ではあったが、非常に喜ばしいものではあった。
「いやー、こんなに人が集まってくれるとは思わなかったわ。」
「ほんとうにすごい人ですね。しかも、みなさん積極的に技術を教えあっています。」
「シャイアスはあんまりうまくいかねえって思っていたんだよな。」
「そうですね。このアイデアは全員にメリットがあり、素晴らしいものだとは思っていました。しかし、一方では先に教え始めたほうが馬鹿を見るというデメリットもあります。技術を盗まれて逃げられてしまっては目も当てられません。」
シャイアスは商人の息子だけあって損得勘定には敏感である。そのシャイアスがいうのだから実際にこの試みは頭の良いものではなかったのだろう。
「でも、私はとっても良いことだと思います。損をするかもって考えるよりも誰かが死なないほうが良いって考えられる。この街の冒険者さんたちはとってもすごいです!」
ミアはとてもうれしそうだ。それを見てシャイアスも笑顔になった。
「そうですね。そういう意味では本当に素晴らしいことです。」
「だが、同時に迷惑をこうむっている人がいることは理解しているかね?」
割り込んできたのドクターである。それにはすぐにシャイアスが答えを返した。
「勿論です。この街で元々道場や魔法を教えるという商売をしていた人にとってはこれ以上ない営業妨害でしょう。」
それを聞いて風雅は少し表情を曇らせた。そう、風雅はその問題は理解していたのだ。
「そうなのよねえ。それも一応は考えたのよ、でもさあ・・・」
「この街には碌な道場も魔法教室もなかったのであろう。吾輩も気になって調べてみたが本当に碌なところがなかった。それでも恨みを買うのは間違いないがね。一応、生活はできていたのだからな。」
「うん。いや、実はさ。魔法はどこかでちゃんと習った方が良いとは思っていたのよ。だからさ、色々と調べてはいたの。」
「やっぱりお前も調べていたんだな。フーガって結構ちゃらんぽらんに見えるのにそういうことはきっちりしてるよな。」
ガリューからの突っ込みにちょっと照れた様子で返す風雅。正直なところ、風雅はわざとふざけているところがあることは、もう全員が気付き始めていた。
「ちゃらんぽらんってなにさー。それにその評価はちょっとむず痒いからやめてね。」
「まあ、本当に初心者向けに仕事をしているようなところもあったが、そういうところはこれからも仕事はある。問題になるのは適当に初心者を騙していた道場などだろうさ。ただ、そういうところの奴ほど逆恨みしてくる可能性は大きいものだ。だとしてもだ、吾輩がいる以上は訴えが起きても退けられるだろう。」
ドクターは自信満々のようだが、ミアには少し引っかかるところがあったようだ。
「あのー、ドクターはそんなに権限を持っているんですか?」
「権限はそれなりに持っているが、今回の件でいうならそういうことだけではない。事前にサラーサの街を使った実験を行いたいということを国に申請し、冒険者たちが集まり技術を教えあう、そこに吾輩もおもむき魔法を教えるという旨をしっかりと伝えている。その上で、起こりえるトラブルも報告し、最悪の場合は国の援助がもらえるようにと伝えておいた。」
「ほへー、そんなことまでしていただいているんですね。」
「当然だが、こういったことはリーナ嬢には伝えてあるし、ジェイル殿にも協力を頼んである。このようなことを怠らないからこそ、権限は正しく使えるのだ。覚えておきたまえ。」
「私は権限をもらうことなんてありそうにないですけど。」
「そんなことはないさ。例えばこの冒険者たちの中には君の頼みなら聞いてくれるものもいるだろう。そのようなものにお願いするときも変わらない。目の前のことだけではなく、結果がどうなるのかを考えるのだ。その上で、その結果をよりよくするために準備を怠らないようにする。簡単だろう?」
「いえ・・・全然簡単そうじゃないです。」
「そうかね?では、徐々にそういったことも勉強したまえ。」
ミアは頭を抱えて唸っていた。その様子に全員が思わず笑いだすのであった。
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こうして最初の修行会はものすごく順調に進んでいった。しかし、風雅は少しご立腹のようだ。
「むー、中級の魔法は覚えられなかった。」
「発動させられただけでも凄いものだ。そこはさすが加護持ちというところだな。ただ、中級は本当に威力が高くなる。吾輩が見ていないところで練習などはしないようにしろ。」
ドクターがこれまでにない真剣な様子で風雅に迫る。それを見て風雅は珍しいほど真面目に答えた。
「うん、わかった。約束ね。」
「うむ、それでいい。まあ、何度か修行会で練習をすれば無詠唱までいけるだろう。」
マジシャン・カルテットの四人はドクターから中級魔法を教えてもらっていたのだが、全員発動まではできたが、なかなか習得には至らなかった。すぐには無理だとわかっていたので、ドクターとしては初級で覚えられる魔法をいくつか覚えてほしかったのだが、風雅が駄々をこねた。しかたないので、風雅だけはずっと中級魔法に挑戦していたのだが、結局は覚えることができなかったのだ。
「俺たちみたいに素直に初級を教えてもらえばよかったのに。」
「そうですよ。私たちはほとんど魔法を知らないんですから、絶対にそちらの方が有益でした。」
「強い魔法じゃなくても有効利用できるっていっていたのはフーガさんですよ。」
「ぐぬぬ、正論過ぎて反論できぬ。」
全員からの突っ込みを受け、がっくりと肩を落とす風雅ではあったが、そこからはすぐに立ち直る。反省はしても後悔はしない、それが風雅クオリティなのだ。
「よっし、それじゃあ反省は終わり!じゃあ、冒険者ギルドに戻るわよ!」
その言葉にドクターが反応する。
「いや、君たちは今日も宴会するのかね?修行の日くらいは休んではどうだ?お酒を飲まない日を作るのは健康にも良いらしいぞ。」
「私は飲まないほうが健康に悪いの。異議は認めないわ!!」
「そうか、それならば仕方ないな。」
やれやれと首を振るドクターではあるが、止めるだけ無駄だとは知っていた。なにせ、リーナから絶対に宴会になると聞かされていたし、実際にそのために仕入れもしているということを聞いていたからだ。
『おらー!野郎ども!冒険者ギルドで打ち上げじゃー!!』
風雅の声に集まってくる冒険者たち。今日のウワバミの狂乱は酷いことになりそうである。
今回で2章が終わりになります。
3章はバトル展開になっていきますが、プロットを作るので投稿を一週間お休みします。
申し訳ありません。




