第二十九話 評判が悪い魔術協会
講習会が終わるや否や、風雅はドクターの元へと急いだ。ドクターは自分たちに魔法を教えようとしてくれている。その事実に確信を持ったからである。
そう、講習会の前に許してほしいと言っていたわがままとはこれのことであった。最初こそ感じの悪いやつというイメージはあったものの、行動や言動を整理すればするほど、ドクターは自分たちを心配しているようにしか感じなかった。だから、風雅はこの講習会で調整魔法を貶めるような行動がドクターに見られないのであれば、弟子入りをお願いしようと考えていたのだ。
一方、ドクターはドクターで考えることがあったので、その弟子入りをすぐに認めた。こうしてマジシャン・カルテットは魔法を教われる環境を整えることができたのであった。
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その後はいつもの流れである。約束通り、ドクターのおごりでどこかで宴会をすることになったのだが、その場所は最初高級店を予定していた。しかし、断固としてそれに異を唱える男がいた。マジシャン・カルテットで最も冷静な男、ガリューである。
「やめとけ。絶対にやめておけ。」
「なんでよー。お高い店を奢ってもらった方が良いじゃーん。」
「お前、飲むんだろ?」
「そりゃー、もちのろんで飲むわよ。」
「それならやめておけ。他の客から絶対にクレームがくる。」
「それならば、貸し切っても良いのだがね。吾輩は別にそれくらいの金は持っているぞ。」
「ふぅー、ふとっぱらー!」
「だとしても、店からクレームが来る。却下だ。」
「うがぁー!うっせーばーか!!」
「きれるな、見苦しい。そもそも、うまい酒を奢ってもらえれば満足なんだろ?」
「そんな単純なわけないでしょ。」
「「いや、そんな単純だと思いますが」」
「綺麗にハモるな!」
すったもんだはその後もしばらく続いたのだが、結局は風雅が折れた。というか、折らされたという感じであった。高級なお酒は配達を頼み、会場はいつもの冒険者ギルドで大宴会という感じで落ち着いた。
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そうして、冒険者ギルドにて宴会は始まったのだが、今日は人がとんでもなく集まっていた。その原因はドクターの講習会である。会場は祭りのような感じであったので、今日は多くの冒険者が仕事はお休みしていたのだ。そして、多くの冒険者が予想していた。風雅ならば、必ず今日は最後はここで大騒ぎになるであろうと。
結果として、それはそれはたくさんの冒険者が既に集まっている状態だったのだ。そこにやってきたマジシャン・カルテットとドクターによって宴会の火ぶたは切って落とされたのである。
ちなみに今日はギルド長のリーナも大宴会になると予想し、そのための準備をさせていた。そのため、会場には相当な料理が既に用意されており準備万端である。
「お、ドクターさんもいらっしゃいませ。ね、フーガさんたちは変わっているけど、良い方々でしょう?」
「ああ、どうやらそのようだね。吾輩としても今回の収穫は非常に大きいものであった。
「あれ?ドクターさんはリーナさんとお知り合いだったんですか?」
「君たちのことを情報収集するためにここにきていたのだ。そのときに親切にも色々と教えてもらったよ。君たちが最初に起こした騒動も一部始終聞かせてもらったとも。」
「私たちがみんなに愛されているってわかったでしょー。」
「ああ、どうやらそのようだ。そこに関しては疑いようはないだろう。しかし、その一方で、初日の騒動あたりは酷いものだったということも聞かせてもらった。」
「そうでしょー、私は悪くないのにリーナが酷くてさー。」
その発言に会場にいた全員の視線が風雅に突き刺さった。
「な、なによ・・・」
「さすがにここまでのことがあると、お前でもたじろぐんだな。」
「えー、私何か変なこといったー?」
その発言に今度は会場の全員が笑いに包まれた。リーナは少々お冠であったが、それはご愛敬というものだ。
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それからしばらくは恐ろしい宴が続いた。ギルドの各地で阿鼻叫喚の酒盛りがあり、多くの冒険者たちが倒れていった。
とはいえ、これはいつもの冒険者ギルドの日常になりつつあるので、気にしている人はほぼいない。ただ、今日はそもそも人が多いので、倒れた人たちを置いておく場所がなくなりつつあり、職員たちはあわただしそうではあったが。
ひとしきり騒いだ風雅とミアも戻ってきており、ドクターを含めた5人は少し落ち着いて話をすることにした。
「そういえばさ、ドクターってずいぶんせっかちなのね。」
「ほう、どういうことかね?」
「だってさ、調整魔法のことを知って、ほぼすぐにサラーサまで私たちに会いに来たわけでしょ?せっかいだなーって思ったわけよ。」
「ああ、そういうことかね。実は一つ不安材料があって急いできたのだよ。そうだな、ちょうどよく全員がそろっているので、協会について話しておくとしよう。」
「教会って聖神様を祭っている聖神教会のことでしょうか?」
「そちらの教会ではない。聖神教会はそもそも魔法使いにも差別はないと思うがね。」
両親が教会の神官であるミアとしてはそちらの方が聞きなじみがあったのだろう。しかし、今回の教会はそちらではないようである。
「そうなると4つの魔術協会のことでしょうか?」
「そのとおりだ。」
「知っているのかシャイアス?」
「はい、魔法使いのほとんどはそれぞれの属性の魔術協会に所属して活動しています。」
もちろんだが、風雅のネタは誰にも通じずスルーされているが最近では風雅もそれはわかっていっているので気にせずに話は進む。
「魔法使いの君たちにこれをいうものなんではあるのだが、あの魔術協会という組織はくそである。特に火、水、地の3つは最悪と言っていい醜悪さだとも。」
「そうなんだ、じゃあ風はまともなの?」
「風の協会もまともではないだろうね。ただ、くそでもない。」
「じゃあ、どういう感じなわけ?」
「愚かというのがぴったりな表現だとは思うね。ただ、唯一協会としての仕事はしているので、まだ信用はできるのだがね。」
その物言いにマジシャン・カルテットの4人は少し驚いたが、どうやら重要な話なようなので、しっかりと聞くことにしたのであった。
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魔術協会・火、水、風、地、4つの協会が存在し、それぞれの属性の魔法使いたちを保護という名目で集めている組織。
「名目ってなにさね。」
「実際は魔法を独占するために集めているって噂もよく聞くからな。」
「その話は私も聞いたことがあります。」
ガリューやシャイアスも聞いたことがあるとなると、そういう噂があるのは本当なのだろう。
そこから詳しい説明をドクターがしてくれた。
魔術協会は魔法使いたちを集めている組織なのは間違いないそうだ。しかし、その目的が問題らしい。火・水・地の魔法は生活の中で非常に役に立つことがある魔法である。
寒い地域では火の魔法は非常に重宝されるし、雨の少ない地域では水の魔法は重宝される。地の魔法は金属製品の加工や大きなものなら建造物の加工にまで力を発揮できる。
そしてなによりも、冒険者にとって重宝される。日帰りで済むような冒険なら必要はないだろうが、何日も遠出するような冒険ならばこの三つの魔法使いは価値が跳ね上がる。火や水の心配がなくなるのもありがたいし、地の魔法使いがいれば簡易的でも割と安全な寝床を作ることが可能になる。
そうした需要に目を付けた魔術協会は魔法使いたちを保護の名目でかき集め、需要の高い地域で暴利を貪り富を得ているという。
「それだけならまだ許せるのだが、一番許されんのは元々そこの地域にいた魔法使いを追い詰めて、引き入れてしまうことだろうね。」
寒い地域でずっと地元の人たちのために頑張っていた火の魔法使いがいるとしよう。その魔法使い自体は地元の人たちにも愛されている。しかし、ここに大量の魔法使いを連れた火の魔術協会がやってくる。そして、最初は地元にいた火の魔法使いと同じ金額で同じ仕事を請け負ってくれるのだ。
ところが、その利用にはとある条件がつく。それは二度と地元の火の魔法使いを利用しないこと。こうすることで徐々にだが最初にいた魔法使いは仕事を減らしていき、最後には仕事がなくなってしまうのだ。
「しかも、ここからが最悪なところだ。その契約の事実を火の魔法使いには知らせてはいけないという契約も同時に結ばされる。そうして、元々いた火の魔法使いはより便利な魔術協会が来たので、地元の人たちはそちらを利用するようになったのだと思い込むわけだ。そうして地元での生活が嫌になったタイミングで勧誘される。『あなたの力を必要としている人のところへ届けませんか?』とかふざけたことを言われるそうだ。不愉快の極みだな。」
「でもさ、それがなんで私たちに目をつけてくるのさ。」
「魔術協会における最大のタブーは魔法使いが別の属性の魔法使いと共にいることだからだな。さらにいうなら魔術協会は加護持ちを絶対に引き入れようとする。そういう意味でいうなら君たちはまさに二重の意味で魔術協会に目を付けられるだろうね。ただ、私といる限りはもう魔術協会は手を出せなくなる。」
「へぇー、それはどうしてなんですか?」
「吾輩は国から魔法の発展のために研究を任されている。その吾輩から魔法使いを奪いに来ることは明確に犯罪行為として処罰されることになる。やつらがいかに愚かでも国とやりあうほどの気概はないだろうね。」
これこそがドクターが行動を急いだ理由であった。ドクターの関係者になってしまった魔法使いは魔術協会は手を出しにくくなる。もちろん、本人の同意があれば引き抜くことはできるだろう。しかし、この4人は確実に誘いには乗ることはない。そのままの状態であればだが。
「そうなったら、君たちに対して共に居づらいように行動してくることは予想できる。しかし、吾輩の関係者にそれをやってしまえば犯罪となる。おおっぴらにそういうことは不可能になった。これで完璧とはいえないが、ある程度は抑止力になるだろう。」
「なんか色々としてもらって申し訳ないわね。」
「おやおや、君もそのように殊勝なことをいうのだね。だが、気にする必要はない。これは元々は国が魔法使いをないがしろにした結果だ。今は完全魔法のおかげもあって冒険者を選ぶ魔法使いも増え始めているがね。それに魔術協会が完全に悪ともいえない。」
ドクターは本当に魔法使いの不遇の時代を知っている。だからこそ、魔術協会を完全にはできない。魔術協会がなかったら死んでいた魔法使いがいることをたくさん知っているから。
「だが、君たちは冒険者を続けたいと願っていると聞いた。だからこそ、できるだけ急いで講習を開かせてもらったし、君たちを私の関係者だと思わせた。逆に聞こう、迷惑ではなかったかね?」
マジシャン・カルテットの4人はお互いに顔を見合わせたが、全員の考えは同じようだった。
「そのようなことはありません。私たちはこの4人で冒険者を続けたいと思っています。」
代表でシャイアスが答える。その答えを聞いて、ドクターは嬉しそうに頷くのであった。
「あ、そういえばさ。結局は風の魔術協会っていうのはどういう感じなの?」
「ある意味でいうなら唯一まともに魔術協会の仕事はしている。ただ、風の魔法は一般生活でも冒険者のサポートの面でも全く仕事にならないので、常に貧乏で会員も最も少ないな。むしろ、風の魔法使いの生活保護という観念でいうなら役に立っているので評価はできるとはいえるだろう。ただ、現会長は相当なポンコツで見るに堪えない状況ではある。」
「いや、風だけ酷くない?」
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それからしばらくは5人で楽しんでいたのだが、他の冒険者たちから声がかかりみんなはまたバラバラに飲み食いをすることになった。
「あ、そうだ。ドクター、完全に酔っちゃう前にひとつだけいいかしら?」
「なんだろうか?」
「私たちの弟子入りを認めてくれたじゃない。それでさ、何日かに一回魔法を教えてほしいんだけど、そんな感じで構わない?」
「良いとも。君たちは冒険も続けたいということだろう。別に構わんよ。私も他の日は研究にあてる。」
「ありがと、助かるわ。それと、もうひとつあるんだけどいい?」
「ふむ、なんだろうかね?」
「ちょっとしたわがままになるんだけど、聞いてもらえるかなーって。」
申し訳なさそうな声ではあったが、態度はそうでもなかった。しかし、そんな遠慮のなさもドクターは楽しそうだ。どうやら、この師匠はなかなか馬が合いそうである。




