第二話 転移完了、そして住民登録へ
まぶしい光に目をつぶった風雅だったが、次に目を開けるとそこはぼろぼろの家の中であった。
「ここが新しい私の家になるわけか。」
周りを見渡してみたが、はっきりいってかなりぼろい。いや、ぼろいというのも間違っているのかもしれない。なぜならば、ぼろいのは家具だけで、家自体は割と大きく、まだまだしっかりしているようだったからだ。
家はレンガのような素材でできた一軒家。今いるのはリビングだろうか。かなり広い部屋で大き目のテーブルがあり、部屋の端には暖炉もあった。
(私の好みの世界に連れて行ってくれるって話だったし、やっぱり中世くらいの文明って感じなのかしら?)
まぁ、現代でも金持ちの家にはあるし、まだまだわからないだろうと思った風雅ではあったが、女神さんからの贈り物を見て、この世界は地球の文明ほどは進んでなさそうなのは確信した。
おいてあったものは三つ。
一つ目は女神さんからのメモ。綺麗な紙ではなかったが、紙ではあった。だが、このような紙を使うような文明なら地球ほどではない。だが、最低限の文明はあることに風雅はほっともしていた。
二つ目は財布。この世界へと送られてくるときにおねだりした生活資金が入っているものだ。財布といったが、どう見てもただの袋である。この袋を見る限りは財布という文化自体がなさそうだと思った。
三つ目は服。メモを読んでいないのでわからないが、おそらくは地球で来ていた服は悪目立ちするから着替えなさいということだろう。外行き用だと思われる服でも割とシンプルなデザインだし、触ってみると着心地よりも丈夫さを重視したんだろうなというのが感じ取れた。
これらのものを総合的に考えると、地球に比べるとこの異世界は明らかに不便そうであった。しかし、当の風雅は全く違う感想を持っていた。
「かああああぁぁ!!!!いっせかいっさいっこう!!!」
風雅はぶっちゃけこういう世界が最高に好きだった。少女の頃にRPGでこういった世界にどっぷりはまり、なぜ自分はあんな世界で生きられないのだろうと心底思っていた。最近では、異世界もののラノベ、アニメにどはまりし、このトラックに突っ込んだらあっちの世界にいけるのかしら?なんてあほみたいなことを割と真剣に考えていた。補足ではあるが、もちろんそれを実行するほどの勇気は風雅にはないし、それが妄想だと理解する程度の最後の理性は残っていた。
「あー、幸せだぁ・・・」
風雅はしばらく異世界転移の喜びを堪能していた。
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しばらくはトリップしていた風雅だったが、さすがにそのままずっと過ごしていては夜には後悔が待っていることに気が付いた。そこで早速女神さんからのメモに目を通してみることにした。そして、風雅はとある場所へと向かっていた。
「いらっしゃいませー。今日はどういったご用件でしょうか?」
ここは役場である。女神さんが置いてくれていたメモ、『女神さんの異世界新生活お助けメモ』によるとまずは役場で住人登録をしておいた方が良いとのことだった。女神さんの力で風雅の持ち物となった家だが、本来は死亡した人の所有物であり、街から見れば所有者不明の放置物件になる。その家の所有権の所在をしっかりすることも必要だし、街の中でのサービスには住人にしか解放していないものもある。それらの解決のためには、まずは役場で住人登録をすべきだということであった。
「えっと、この街に引っ越してきたので、住人登録をしておこうかなと思いまして。」
受付のお姉さんはニコニコした笑顔で答えてくれた。
「わぁ、ありがとうございます。ようこそ商業都市サラーサへ。この街はあなたを歓迎いたします!」
お姉さんのテンションもあがっていたが、それ以上に風雅のテンションはうなぎ登りだった。
(うっひょう!!ほんとに言葉も文字も全部わっかるー!!)
ぶっちゃけてしまうと、この役場につくまでの間も
(きゃー!!みんななんかアニメで見たような服きてるー!!!)
とか、
(おおおおおお!!武器を持っている人が当たり前に歩き回っているー!!!!)
だの、
(なにあれ!!魔法!!?魔法見ちゃったー!!!)
みたいな感じであった。
「あの・・・どうかしましたか?」
見るに耐えないレベルまでにんまりした表情を浮かべていた風雅に、色々な人を見てきた受付のお姉さんもさすがにちょっと引いていた。
「いえ、田舎の村でずっと暮らしていたものでこういったやりとりに感動していました。」
風雅はさらりと嘘をついた。これについては女神さんの異世界新生活お助けメモに、風雅の今までの人生の偽設定として考えておきました!という項目があり、それを風雅が暗記していたからである。
「なるほど、それでは住民登録は初めてですね。それでしたら登録はとても簡単に済みますよ。」
そういうとお姉さんは登録用の用紙を出してくれた。大切な書類用なのだろうが、女神さんの異世界新生活お助けメモと同じような材質の紙であった。
(なるほど、あのメモはそれなり良い紙に書いてくれていたってわけね。)
「その紙にお名前と年齢を書いていただけますか。それとお家の住所か滞在することにした宿のお名前をお願いいたします。字が書けないということでしたら私が代筆も出来ますよ。」
字を書くことは出来そうだったので、名前は問題ないだろう。しかし、住所が困ることに風雅は気が付いた。
「あー、住所がわかんないわ。地図とかはあります?」
「はい、勿論ございますよ。」
そうしてお姉さんが取り出したのは水晶玉のようなものだった。
「『地図』投影!」
お姉さんがそう言うと、水晶玉が光り、風雅の目の前にはこの街の地図らしきものが浮かび上がった。それはまるでプロジェクターで何かを映し出したかのような感じではあったが、映し出すためのモニターがない。
(おおおお!!そうかそうか!やっぱりこういう地球にはない文明のものあるのね!!)
またしてもしてはいけないようなニンマリ顔をしていた風雅ではあったがお姉さんはすでにその様子に対応していた。
「ふふふ、投影水晶も初めてなんですか?」
「あ、はい。ちょっと感動しておりました。」
「田舎では魔法道具もあまりありませんからね。このサラーサはむしろそういう品の宝庫ですので楽しみにしていてくださいね。」
かぁー最高だぜ!とか思っていた風雅ではあったが、あまりお姉さんに負担をかけるのもいかんと気が付いたので、さくさくと住人登録を進めていくことにしたのであった。
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「えっと・・・本当にこの家であってますか?」
「はい、周りの家も見てきたとおりですし、この家だと思いますけど。」
ここまではスムーズに住んでいた登録も住所を確認する項目で引っかかってしまった。書類の作成も終わり、後は裏のスタッフが間違いがないかをチェックするだけ、そう言われて待っていたのだが、どうやら問題発生のようだ。
「すみませんが、ちょっとこっちへ来ていただけますか?」
「はいはい、どこへでもいきますよ。」
お姉さんの後をついていくと、事務所の奥にある小部屋へと連れていかれた。そこには綺麗な女性の大きな像が飾ってあり、その前に神官のような服を着た女性が立っていた。
「申し訳ありませんが、こちらで身分証を作って頂きます。よろしいでしょうか?」
「えっ?ここで作れちゃうの?」
「なにか問題でもありましたでしょうか?」
「いや、この後作りに行くつもりだったから、手間が省けなぁって思ったのよ。聖神様の教会で作るものだって聞いていたから。」
実は女神さんの異世界新生活お助けメモによると、この次は聖神様の教会に行くことになっていたのだ。身分証とはその人間がどういうことをしてきた人であるかを証明するものであり、犯罪などの行為を行うと身分証にそれが刻まれてしまう。犯罪歴の管理の他にも身分証には様々な効果があり、冒険者にとってはとある理由で必須の持ち物なのだ。
しかし、この身分証は聖神様の力によって作り出されるため、それを祭った教会でしか作れないということがメモには書かれていた。
「ここには一応聖神様を最低限祭るための条件がそろっているので、一日に数枚程度でしたら身分証が発行できます。それではよろしいですか?」
「はぁ、どうぞ。」
神官服の女性がなにやらぶつぶつと唱えると、彼女の身体が光り始める。すると綺麗な女性の像も続けて光り出し、その二つの光が風雅に降り注いだ瞬間、風雅の手の中には硬いプレートのようなものが握れていた。
「申し訳ありませんが、早速チェックをさせていただけますか?」
「なんだかよくわからないけど、とりあえずどうぞ。」
風雅には断る理由がなかったので、ほいっと差し出した。その様子を見て、神官服の女性はふむと一唸りして、風雅の身分証を受け取った。
そして、しばらくチェックして風雅へと返してくれた。
「あの・・・これに何の意味があるわけ?」
「大変申し訳ありませんでした。」
神官服の女性、そして後ろで見ていただけの受付のお姉さんも頭を下げてきた。状況が飲み込めない風雅はキョトンとしているだけだった。
「あなたが住居として主張した家は15年も放置されており近々取り壊しをして、あの土地は街の資産となる予定でした。そこにその家は私のものだというあなたが現れたため、所在者不明の家と土地を奪う詐欺師である可能性を疑ってしまったのです。」
「ほう・・・だとするとその態度はそれが間違いだと理解してもらえたってことよね?」
「はい、身分証にはその方の資産となるものの所有情報が記録されます。他人で確認できるのは、聖神様の力が満ちた空間で、尚且つ神官の力を持つものだけにはなりますが。」
「あぁ、それであの家が私のものだってわかってもらえたんだ。」
「はい、大変ご迷惑をおかけしました。お詫びと言ってはおかしいですが、この身分証の発行にかかるお布施はこちらで負担させていただきます。」
身分証は冒険者にとって必須のアイテムだが、作成にはかなりのお布施が必要になる。一人一枚作れば基本的には二度と作らないし、当然といえば当然のことではあるが。
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「ここです!ここが冒険者ギルドですよ!」
「おぉー、これはでっかいわね。」
「はい、このサラーサの商業と並ぶもう一つの目玉はこの冒険者ギルドですからね。」
風雅は受付のお姉さんに連れられて冒険者ギルドへと来ていた。元々来る予定ではあったのだが、先ほど疑われたお詫びもあり、さらにお姉さんの強い勧めで冒険者ギルドに連れてこられたのだ。
そうなった理由がもちろんある。それは先程の身分証のチェックが原因だ。
「あの、フーガ様はご自分の才能をご存知でしょうか?」
チェックが終わった後、神官の女性にそう聞かれた風雅。風の女神様がいっていた加護のことだろうとは思ったが、一応知らないふりをした。
「いえ、どういうことですか?」
「あなたには風の女神様の加護がついているようです。」
「えぇー!!!それはすごいですね!」
後ろから凄い声がして少しビビった風雅ではあったが、受付のお姉さんがめちゃくちゃ興奮して話しかけてくるのでビビっている場合では無かった。
「それでは凄い魔法が使えるんですか?」
「いえ、それがフーガ様はまだ魔法を一つも覚えていないようです。」
「なんてもったいない!!!フーガさんはこの後時間はありますか!?」
「あ、はい、ございます。」
「それでしたら、冒険者ギルドにいって魔法を教わりましょう!加護があるのに魔法が使えないとか勿体なさ過ぎです!!」
そして興奮するお姉さんに冒険者ギルドまで連れてこられるということになったのだ。
「こんにちはー!」
お姉さんは元気よく冒険者ギルドへと入っていき、受付カウンターにいたお嬢さんに風雅のことを話し始めていた。
その間風雅は身分証を確認していた。
(これは身分証というよりも信頼の証なのね。私の様々な情報が嘘偽りなく記録されている。名前、性別、身体情報などもあれば、資産、能力、使える魔法、犯罪歴、他にもいくらでも情報を引き出せるみたい。それに、見せる許可を出せば誰にでも確認してもらうことが可能。つまりこれで信用を引き出すわけだ。)
ただ強いと名乗る冒険者よりもこれだけの討伐をしてきて、これだけの魔法が使えますっていう数字を示せた方の冒険者が良いに決まっている。商売をするにしても、相手に担保になる資産が確認できればよりお金を借りることが出来るだろう。犯罪歴があるかないかだけでなく、どういった罪を犯したのかも確認が可能だ。
(確かに、これがないと冒険者は無理ね。)
そんなことを考えているとお姉さんが風雅を呼ぶ声が聞こえてきた。
「なにしているんですか、フーガさん。早くこっちに来てください。」
思っていたよりも早く魔法が使えそうだ、風雅はドキドキしながら受付カウンターへと歩いていった。