第二十六話 完全魔法
周りにあふれる人、人、人。午後から始まる完全魔法の講習はこの会場に来た人の多くが集まっており、人でごった返していた。
新しい魔法の形態である調整魔法についても多くの人が興味を持っており、尚且つサラーサの街は冒険者も多い。さらに、マジシャン・カルテットが良くも悪くも最近のサラーサの街での有名人ということも相まって本当に多くの人が見に来ていたのだ。
今日の出演者はドクターとその助手たちがメインとなり、マジシャン・カルテットの四人がゲスト、といった布陣である。
ただ、そのゲストの様子のおかしさにドクターは戸惑っていた。
「あー、そろそろ講習を開始したいのだが、そこのお嬢さんは一体どうしたのかね?体調が悪いなら、別に三人が協力してくれれば良いので休んでもらっていても私としては構わないのだが?」
机に突っ伏したまま、講習が始まるというのに起きようとしない女性。大体お察しだとは思うが風雅である。
「あー、いや、別に体調が悪い訳じゃない。ただ、拗ねてるだけだから気にしないでくれ。」
ガリューが呆れながらも答える。しかし、ドクターとしてもそれで良いわけはない。
「気にしないで進められると思うかね?」
「そりゃ、無理だろうな。」
「君が冷静な判断力を持っていたことはとてもありがたいが、そう思うならば、まずは状況を説明したまえ。このままではお互いに有意義ではないだろう?」
やむを得ず答えたのはミアであった。
「ええとですね。簡単にいうなら、美味しそうな食べ物を売る露店がたくさんあったのに、この講習会があるからって私たちがお酒を飲むのを禁止したので拗ねているだけですね。」
「ふむ、そういうことかね。いや、実に面白いな。普通の人間であれば、この私の講義を受けられるという状況でお酒を飲もうなどということを考える者はいない。しかし、その落ち込みようを見る限り、冗談の類ではなさそうだ。ここまで欲望に忠実である人間であるが故に必要に迫られて柔軟に魔法を操るということを思いついたのであろうか?いや、興味はつきないな。とはいえだ、このままでは講義に支障もでる。仕方あるまい、フーガ、聞こえているか?」
「聞こえているわよー。ま、仕事はこなすから進めてー。」
「突っ伏したままで答えるのは不気味だからやめたまえ。君が欲望に忠実なことはわかったが、それではこちらも困るというものだ。そこで提案だ。この講義が終わったら、吾輩たちは打ち上げとして、飲み会でもやろうと考えていた。そこに君たちを招待しよう。それでどうかな?高いお酒も飲み放題だぞ。これでやる気にならないかね?」
がばっと起き上がる風雅。そして、ドクターへと詰め寄っていく。
「もちろん、おごりよね?」
「この提案でお金を請求するやつはいないと思うがね。」
「ならよーし!おーし、がんがん講習をやって、ちゃっちゃと終わらせちゃいましょう。」
「本当に現金なやつだな、君は。まぁ、ある意味嫌いではない。それでは、準備もできたようなので、始めるとしよう。」
そういって、ドクターは講義を始める為にメインステージへとあがっていった。
「ドクターって何気に凄いやつだな。」
「はい、清濁をうまく使い分ける方のようですね。商人の息子として、学びたいところではあります。」
「私はむしろフーガさんが凄い人だと思いますけど。」
「それは言うな。むなしくなる。」
「どういう意味じゃい。ま、いいわ。とりあえず、やる気も出てきたし、まじめに講義を受けましょ。」
「はーい。」
こうして、ドクターの完全魔法の講義がようやく始まった。
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完全魔法、それは魔法の完成系ともいえるもの。簡単にいってしまえば、最も効率の良い魔法。これだけを聞いてもなかなかどういうものなのかは理解しにくいものである。そこでドクターは実際に完全魔法を見てもらう場を作って、その普及に努めている。
10m程離れた的が10個。それに相対するように10人のドクターの助手たちが並ぶ。
「まず、完全魔法の基礎にはなるが、完全魔法とは『威力』と『速度』、さらに『魔力消費量』の三つを最も効率の良い比率に調整した魔法の事だ。このバランスを突き詰めていくと絶対に黄金比ともいえる完璧な形にたどり着く。これについては見てもらった方が早いだろう。」
ドクターの言葉に反応し、助手たち全員が魔法を構える。
「使うのは火の魔法では最も有名な魔法である『火球』だな。効果としては真っすぐ火の球を飛ばし、その火力によって敵を傷つけるというシンプルなものだ。では、実際に見てもらおう。」
ドクターの合図と共に10人の助手たちから一斉に火球が放たれる。その火球は同じ速度で飛んでいき、全てが的の中心に命中した。そして、全ての的は外側の数センチのみを残したドーナツ状の穴が開いた状態になった。
「これが完全魔法だ。見てもらうとわかりやすかったと思うが、火球は全て同じ速度で的へと飛んでいったのが確認できただろう。そして、威力も的の残り方から想像しやすい。当たり方によって多少の誤差こそ生じるが威力が同じことを見て取れるようにはなっているな。さて、ここまででわからないことはあるかなゲストの諸君。」
そういって、マジシャン・カルテットの四人へと向き直るドクター。すると、ミアが答えた。
「とてもわかりやすかったので、なにも思いつきません。」
「大変素直なことは良いのだが、ここは明確にわからないことがある場面だ。もう少し考えたまえ。」
「あら、そうなんですか?みなさんはわかりますか?」
「ミア、今の火球は完全魔法の『速度』と『威力』が全員で同じになっていることを見せられたわけ。だとすると、完全魔法のもう一つの要素がなにかなかったかしらん?」
「あ、『魔力消費量』ですね!」
ミアと風雅の答えに満足げに頷くドクター。
「その通りだ。中々に冷静でいいぞ。ここすら答えられないものも案外多いものなのだ。それではこちらのモニターを見て欲しい。」
ドクターが呼びかけるとドクターの上空にあったモニターの表示が変わる。先程までは遠くのギャラリーにも魔法を使う様子が見えるように中継画像が流れていたのだが、今はなにやら棒グラフのようなものが表示されていた。
その様子に風雅はひとつの疑問を抱く。
「これは魔力量を測定する魔法道具を使い、そこの10人の魔力量を可視化できるようにしたグラフになる。これで先程の魔法の使用前、使用後の魔力量を見比べていただこう。」
そういって、二つのデータが表示された。10人の助手は誰もが魔力量は違った。しかし、全員一律に火球を放って消費した魔力量は10となっている。
「これに関してはどうやっても可視化はこの方法でしかできないため、これが信用できないというものいるかもしれない。まぁ、一応この魔法道具は国が貸し出してくれているものであり、その測定も国から派遣されたものが、インチキなどしないようにしてくれているということは伝えておこう。それでも、信用するかは個々の判断にお任せするがね。」
会場からは特に反論する意見なども出なかったことで、ドクターが次の話へとはいっていった。
「さて、普段であればここで、とあるクイズでもするところではあるのだが、今日は特別ゲストに来てもらっている。そこにいる四人組。この街では思ったよりも有名人のようで、紹介の手間が省けそうだ。マジシャン・カルテットの四人だ。」
四人が紹介されると会場からは大きな拍手が巻き起こる。この会場に見に来ているのは割と冒険者も多く、また魔法使いも多い。どちらにしても、マジシャン・カルテットの四人は超が付くほど有名になっており、会場は大いに盛り上がったというわけだ。
「君たちの中で火を使うのはガリューだったね。では、君がまず威力や速度に特化した火球を見せてもらえるかな?」
「おう、了解だ。」
ガリュー用に用意された的は二種類。
ひとつは先ほどの的よりも一回り小さなもの。しかし、設置された場所が先ほどからは3倍は離れた場所となっていた。そして、もうひとつは先ほどの的よりも一回り大きなもの。だだし、こちらはかなり丈夫そうな金属にて作られていた。
「あっちの小さいのに速度特化、こっちの金属の的に威力特化ってことか?」
「そういうことだ。私自身が実際に君たちがどのくらいのことができるかわからないので、適当に用意させてもらった。とはいえ、これくらいならなんとでもなる、とは期待しているがね。」
「当然だ。期待してくれていいぜ。」
会場に出て行ったガリューがまず向き合ったのは小さな遠い的のほうだ。しかし、これのなにが難しいのかといわれるとなかなかイメージができないかもしれない。
「あの的がどうして完全魔法では破壊できないのかについて説明させてもらおう。あの的の難しさは距離にある。魔法は威力を保っていられる時間があるのだ。完全魔法の火球であるならば4秒ほどであるな。つまり先ほどの的くらいの距離までしか威力は保つことができず、今回の的の距離ともなれば着弾することすらもできないだろう。そこで、このガリューにはそれを可能にするほどの速度の火球をお願いするというわけだ。それでは、頼むぞ。」
会場に来ている人たちは素人から魔法の深い知識のある人間まで様々ではあるが、ひとつ共通している認識がある。この距離の的に普通は火球は届かない。さすがに細かい数値は知らなくてもなんとなくは知っている常識的なものだ。だからこそ、ガリューの火球は多くの人の度肝を抜いた。
「おぅらああ!!」
剛速球でも投げるかのようなモーションから放たれた火球は2秒もたたずに的に直撃して、的を粉々にした。一緒にいた風雅たちにはわかったが、あれは全力の火球だ。3倍の距離を半分以下の時間で到達して、威力もかなり高火力保っている。あれ以上は火球としては発動しない限界に近いだろう。
「「おおおおおおおおおおぉぉぉぉ!!!!」」
会場からはすごい歓声があがっていた。そして、間髪入れずに反対に向き直ったガリュー。すぐさま今度は威力重視の火球を金属の的へと打ち込んだ。
ドゴオオォォン!!
的に当たった火球は今度も的を粉々にした。しかし、先ほどとはわけが違う威力だ。どうやら、あの金属はそうそう簡単に壊せるものではなかったらしく、ドクターもかなりその威力に驚いていた。
「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」
そのすさまじい威力に会場はさらなるボルテージに包まれたのであった。
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しばらくは盛り上がりを見せていた会場ではあったが、今は講義中。係員が場を鎮めるまで少々時間がかかったものの調整魔法をすごさは会場に十分に伝わり、講義は次の段階へと進んでいった。
「さて、会場も落ち着いたようなので、講義を続けさせてもらおう。ガリュー、協力ありがとう。おかげで、私の仮説も正しいことが証明された。」
「うん?どういうことだ?」
「簡単にいうなら調整魔法の問題点でしょうね。」
「ふむ、フーガは意外・・・というのもここまでくると失礼だね。君は普通に賢い部類のようだ。いやいや、私と同じで好きなことに全力という変人というだけでかなり賢いと思うぞ。」
「そうでしょ!任せといて。」
「微妙に褒められていないようにも感じるけど、まあいいわ。それで、問題点ってなんだよ?俺の魔法がおかしかったってことか?」
「いや、まったくおかしくない。おかしくないから問題が発生しているのだ。もしも、これでおかしくなかったらそれこそどうなっているのかを研究しなくてはいけないところだったな。」
その説明に風雅を除くマジシャン・カルテットの三人はハテナ顔である。そこで、風雅がわかりやすいように説明に入った。
「さっきの完全魔法の定義って覚えてる?」
「ええと、威力と速度と魔力消費量が最も効率が良い形・・・でしたね。」
「そうね。そして、今のガリューの火球を見てどう思ったかしら?」
「速度重視の火球にしても威力は十分でしたし、威力重視の火球も通常の火球より少し遅い程度で十分に実践的なものであったと思いますが、なにか問題があるのでしょうか?」
ミアもシャイアスも状況は理解できていた。しかし、問題点は思いついていなかった。
しかし、ここまでくれば気が付く人間は気が付くのだ。ガリューはなにかを思いついていた。
「そうか、魔力消費量か。」
「そういうことよん。」
その解答にドクターも満足げに頷いていた。




