第二十三話 白薔薇と共に
「あなたたちに足りないものは理解していますの?」
今日も冒険者ギルドの酒場で飲み会をやっていたところ、ふとやってきたシルヴィーたち、ホワイトローズ。そこで、先日のお礼も兼ねて、一緒に飲むことになった。
そんなときに、シルヴィーから投げかけられた言葉。足りないもの・・・なんだろうか?
「経験は絶対的に足りてないわね。」
「意外とまじめに返しましたわね。そうですわね、確かに経験という大きなくくりにしてしまえば全然足りていないのでしょうが、そういうことではありませんわ。」
「じゃあ、具体的なものってことか。なんだろ?」
風雅は頭を抱えて考えてみる。しかし、そこで思わぬところから答えが返って来た。
「いや、常識だろ。そもそも魔法使い4人の時点で常識がないんだ。」
「それについては正直、否定することはできませんね。でも、お嬢が言いたいのはそういうことじゃあないと思いますよ。」
「そうよ、常識外れではあっても常識がないわけじゃあないわ。」
「それについてはわたくしはノーコメントですわ。まぁ、そういうことではなくてです。そうね・・・みなさんは明日って予定は決まっていますの?」
予定としては全然決まっていなかった。というか、最近は地図の更新を中心に置いていたので、ギルドからの依頼はほぼ受けていない。
ドクターの講習会は10日後に迫っていた。そこまでに地図は完成させて、次の問題であるドクター対策を可能にした状態で講習会に臨むというのがマジシャン・カルテットの方針だったからだ。
地図はもうほぼ完成しているため、時間がかかっても10日全部が必要とはならないだろう。つまり、一日くらいなら大丈夫という状況であった。
「そうね、明日一日くらいなら空けられるわ。なにかあるの?」
「いえ、明日はわたくしたちも休みにする予定だったんですの。しかし、風雅さんたちのためにお付き合いして差し上げようかなと思いまして。」
「つまり、足りないものというのを実践で教えていただけるということですね。」
「そういうことですわ。もちろん、これはただのおせっかいですので、嫌なら構いませんわ。」
「うーん、みんなどうする?」
風雅としては、せっかくのチャンスなので、一緒に行きたいと思っていた。出会いこそ印象の悪かったシルヴィーではあったのだが、ここ最近は結構仲良くなっている。
それに他の冒険者と一緒にクエストにいくという経験にもなる。魔法使いが4人のパーティーなどと誰が好き好んで一緒に冒険にいってくれるだろうか。このチャンスは結構でかいチャンスなのである。
「いいじゃないか?最初に組むなら知り合いの方がいいだろ。」
「私も良いと思います。」
「私はどちらでも構いませんが、みなさんが行くというなら反対はしません。」
「ならいきましょ。シルヴィー、お願いするわ。」
「それでは明日はわたくしたちと冒険と参りましょう。ちょうど良い場所があるんですのよ。」
こうして、シルヴィーたちホワイトローズと共にマジシャン・カルテットは冒険に行くことになったのであった。
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そして、翌日。町はずれにて二つのパーティーは合流し、冒険へと向かう。
目指す先は聞いていないが、ホワイトローズもまだEランクのパーティーであることから、風雅はそれほど危険な場所ではないと判断していた。
それはある意味では正しく、そしてある意味では間違っていたのだが、それに気が付くのは今日の冒険が終わった時の事になるため、今の風雅たちには状況はわかっていなかったのではあるが。
「今日はどんなところにいくの?」
「場所としてはそんなには遠くありませんね。あなたたちが地図を作っている範囲からほんの少し外の範囲に出た辺りにある洞窟ですよ。」
「そこになにかあるんですか?」
「なんでも厄介な魔物が巣を作っているらしく、早めに討伐して欲しいとの事ですわ。」
「へぇー、それって騎士団の仕事になるんじゃないの?」
「そうですね。普通なら騎士団の仕事です。まぁ、ただサラーサの街は冒険者の街ですからね。こういう経験になりそうな事案は、先に冒険者たちで解決してみないか?というチャンスを貰えるんですよ。」
具体的にいうと、どうやら発見されてから危険が少ないと判断される期間は冒険者ギルドへと連絡が来て、しばらくは放置される。その後、誰もその案件を解決しないようならば、騎士団が片づける。そういうシステムになっているらしい。
「なるほど、合理的ですね。騎士団の手間も省ける可能性もあり、冒険者としても内容がわかっている冒険なので、危険を回避して経験を積みやすい。」
「まぁ、そういうことです。特に有名な魔物討伐はこういうの多いんで、たまにチェックするのもいいですよ。」
「有名っていうのはどういうものなのよ?」
「簡単にいうなら、世界中のどこでも現れるような魔物、ということですわね。魔物もやみくもに変異するわけではなく法則性がありますので。」
「なるほど、そういうよくいる魔物の対処の練習ができるってわけね。」
風雅はこの世界の仕組がまだよくはわかっていない。しかし、様々なところにこの世界を生きる人たちの知恵というか経験があるのだとは感じていた。そして、同時にとある欠点も見えてきていた。そのことがはっきりと形になるのはこの冒険の後の事になるのであった。
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風雅たちは自分達の未熟を思い知らされていた。自分達だけで戦うのであれば、何も困ることはなかった。だから、他のパーティーと共に戦ったとしても、困ることはない。本当にそう考えていたのだ。
しかし、現実はそうはならなかった。
今回の討伐対象になっていた主な魔物は2種類。牙に麻痺毒という特殊な力を持ったネズミ、ポイズンラット。巨大化した蝙蝠、ビッグバット。戦闘力でいうなら、ゴブリンたちと出会ったときに退治した不死化した狼に比べればどうということはない魔物である。もちろん、再生能力を除いてもというレベルだ。
だからこそ、マジシャン・カルテットは完全に油断していた。
「あそこにビッグバットの群れがいますね。」
ホワイトローズの盗賊レンが少し先の広めの空間の天井を指さしていた。
「良く気が付きましたわね。どうします、風雅さん?わたくしたちは何度も戦ったこともありますし、先に戦ってみてはいかかですか?」
「あ、そう?じゃあ、そうしてみよっか。」
そうして、マジシャン・カルテット対ビッグバットの戦いは・・・始まらなかった。
まず、いつも通りに遠距離から全員で一斉に攻撃魔法を仕掛け、何匹かのビッグバットは仕留める事はできた。
しかし、ここからがまずかった。攻撃されたビッグバット達は一斉に動きはじめ、狙いがつけられるような状態では無かった。しかも、ここは薄暗い洞窟の中。慌てて、攻撃魔法を撃ちこむもなかなか命中しない。
「あぁーもう、めんどくさいわ!一気に吹き飛ばしてやるわ!」
「それはだめですわ。ここは洞窟ですわよ?どのくらいまでの魔法ならこの洞窟が耐えられるとか調べてますの?」
「あー、聞くだけ無駄だ。こいつがそんなことを考えているわけない。」
「うっさい!じゃあ、ガリューがなんとかしなさいよ。」
「はいはい、見てな。」
そういうとガリューは小型の火球を大量に作り出し、見事に動き回るビックバットに命中させていく。それにはホワイトローズの面々もかなり驚いていた。
「あの兄さんは闘技大会のときにも思いましたが、元々剣の修行をしてますね。ちゃんと、相手の動きの先を読んでいるし、この暗い中でも正確に敵を見る目を持っているようです。」
「そのようですわね。ですが、残りの三人はこちらの予想通りになりましたわ。」
「ま、仕方ないでしょう。昔はビッグバットが魔法使いの最初の試練になっていたことなんて今は知る人も減りましたから。」
「本当にドクターの功績は偉大ですわね。」
そんなことを話している間も必死に頑張るガリュー以外の三人だが、その成果は散々なものである。
そうして、ついに風雅は閃いた。そうだ、壁の魔法なら洞窟を破壊しないのではないだろうかと。
「ふっふっふ、これならどうよ。『風の壁!』」
これならば、自分達の身も守れるし、動き回るだけのビックバットには有効なはず、そう風雅は考えたのだ。
そして、風の壁が収まった時に見た光景は、ビッグバットの無残な姿ではなく、逃げてしまったため探し直しになるという失態の光景であった。
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逃げてしまったビッグバットを放置するわけにはいかないので、洞窟の奥へと進む二つのパーティー。風雅は油断していたわけではないだろう。むしろ、警戒していた。
だからこそ、自分達の身を守るために自分達の前に風の壁を作り出したわけだ。この判断自体はミスでは無かっただろう。ただ、ビッグチキンのように魔物も逃げるということを失念していたのだ。
逃げたビッグバットを追いかけ、二つのパーティーは洞窟の奥へと進む。その間に先程の反省会を行っていた。
「ガリュー、あんたあんなのにどうやって魔法を当ててたのよ?」
「わ、私も聞きたいです。あんなの、普通に当てられるわけありません。」
「うーん、そうか?動きは不規則だけど、巨大化しているし当てやすい方じゃないか?動きさえ先読み出来れば、どうってこともないだろ。」
「その先読みとか以前にあたしには動きがよく見えないのよ。」
「それが魔法使いの弱点その1ですわ。」
話を遮ったのはシルヴィーだ。
「もう知っているとは思いますが、魔力というのは誰の身体にもありますの。それを戦士や騎士は身体能力の向上に使っていますわ。しかし、魔法使いはそれを魔法の発動につかってしまいますの。」
「それは知っていますが、それがどのように今の事態に関わるのですか?」
「身体能力とは筋力だけではありませんわ。目で見たり、肌で感じるのも能力でしょう?つまり、魔法が使えない職業はそういった感覚もある程度魔法使いよりは優れているのですわ。」
「なるほど、私たちはそういう訓練を一切やっていないから、そもそも話にならんのね。」
「そういうことですわ。」
今までの戦いでは正確に魔法を当てるという動作は要らなかった。なぜならば、基本的には威力で範囲をカバーして、避けるということを不可能にして解決してきてしまったからだ。
しかし、この洞窟のように崩れるリスクがある場所ではそういった戦術はとれない。つまり、自分達の未熟ががっつりと出てきてしまったということだったのだ。
「これは洞窟だけの話じゃないかもしれませんね。」
「そのとおりですな。実際に市街地・・・まぁそんなことない方が良いんですが、市街地や屋内での戦闘っていうのも考えられますからね。そういった場所で考えもなくメテオコンボみたいな広範囲攻撃をドーン!なんてやったら被害の方が問題でしょうな。」
「今日はこういった実践的な問題点をみなさんに知ってもらうことが目的ですわ。ですので、心置きなく失敗を続けてくださいませ。」
そういって、シルヴィーとトッドはにやにやと笑っていた。その様子に若干はいらっとしたものの、さっきの失敗があった手前、風雅はおとなしくしていた。
「ちなみにさっきの場合の魔法使いの正解ってどういうのになるの?」
「そうですね。普通に魔法が当たらないという前提で話をするなら、壁を使うのは悪くなかったんですが、それなら閉じ込める方が良かったんじゃないかとは思いますね。」
「もしくはイエローのシャイアスさんがいらっしゃるのですから、壁を補強して範囲魔法を使えるように工夫するとかもありでしたわ。シャイアスさんが壁で逃げるルートを全て塞いでから、壁の魔法で押し進む、なんていうのもいい感じだと思いますわ。」
「まぁ、一番は視力や感覚の向上くらいなら魔法使いでもできますんで、その練習をしておくのが一番です。それを学んでほしいって目的でやってますから。」
「ちなみにガリューはそういうのやっているわけ?」
「当然だ。それが出来ないなら騎士の訓練についていけないだろ。」
「これって一朝一夕で出来るもの?」
「魔法を覚えるよりは絶対に難しいと思うぜ。なにせ、才能がないことにチャレンジするわけだしな。」
「こういった技術は狩人の得意技ですわね。私も苦手なので、うちにも斥候を兼ねて一人採用していますわ。」
その返事に風雅はうなだれる。
「そりゃそうですよねー。いや、これだけでもいい勉強になるわ。」
「あら、こんなのはまだまだですわよ?今日はもっともっとみなさんに足りてないところを学んでいってもらうつもりですわ。」
そう、ここまではマジシャン・カルテットの一人一人が未熟で困ること。そして、この先で教わるのは、マジシャン・カルテットというパーティーの難点。
ここからはさらに四人にとっては厳しいことになっていくのであった。




