第二十二話 風雅ぶちぎれる!
昼の鐘が鳴る少し前の事、サリアは薬草の専門店の中にいた。かなりの品ぞろえがあり、風雅が探しているものも見つかるかもしれないと喜んだのもつかの間、微妙な違和感に気が付いた。
普通の人間ならば気が付くことがないような違和感。そう、ゴブリンであるサリアだから気が付くことが出来た違和感。
その正体を探るために店の中をゆっくりと見ていたサリアではあったが、どうにもその正体はわからないままであった。そして、昼の鐘が鳴る時間が迫ってきたことでギルがサリアを探しに店にやってきた。
「おーい、サリア。そろそろ時間だし、広場へ向かおうぜ。」
「あ、お兄ちゃん。うん、わかった。」
結局のところ、違和感はなにが原因だったのかわからなかったが、ギルが迎えに来たことでサリアは一旦店を出て広場へ向かうことにする。
そんなときに、事件は起こる。
「おい!うちの商品になにしたんだ!商品がだめになっちまってるじゃねぇか!」
突然、店主の怒号が響き渡る。そして、サリアのところへ詰め寄る。
「もちろん、全部買い取ってくれるんだろうな。持っている金を全部だしやがれ。」
いきなりの要求に何もできず怯えるサリア。それを見たギルは店主へと反論した。
「サリアがそんなことするわけないだろ。それに俺達は金を持っていない。」
「ああん。金も持ってないのに、店にいるなんて益々怪しいな。最初から店の商品をだめにするためにきたってことだな。」
「違います。それに、私は店の商品には触ってもいません。」
「それをどうやって証明するんだよ?いい加減なことばっかり言いやがって。まぁいい。金が払えないなら、身体で払ってもらうしかないよな。その子は置いていってもらうぜ。」
「何を勝手なことをいってやがる!」
「うるせえ!!!」
バキンッ!!
突如として振るわれた拳を避ける事ができなかったギルが吹き飛ぶ。
「お兄ちゃん!!」
ギルにかけよろうとするサリアであったが、店主に腕をつかまれて動くことが出来ない。
「おっと、嬢ちゃんはこっちだ。人間に逆らったお前らが悪いんだからな。」
「何を馬鹿なことを仰っているのだか。」
サリアをつかんでいた腕を蹴り飛ばし、サリアを抱えて、ギルのところまで連れていく一人の女性。これがたまたま店の近くに居合わせたホワイトローズのシルヴィーであった。
「てめえ!何しやがる!」
「それはこちらの台詞ですわ。白昼堂々の人さらいなどもってのほかです。少しは恥を知りなさい。」
「おいおい、嬢ちゃん。そいつらは犯罪者なんだよ。店の商品をダメにした上に逃げようとしたんだ。」
「それはあり得ませんわ。ですので、失礼させていただきます。ほら、いきますわよ。」
それだけ告げて二人を連れて出ていこうとするシルヴィー。しかし、店主もそれでは納得できず、店の前にて両者は口論になった。
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それから、しばらくして、騒ぎが大きくなったころ。ようやく、風雅は到着したということである。
「なるほど。状況はわかったわ。まず確認。サリア、あなたはちゃんと言いつけを守って、店の商品に触れたりしてないわね?」
「は、はい。絶対に触ってません。」
「おいおい、口だけならなんとでも言えるぜ。証拠がないとそれは認めれないぜ。あるんなら出してみろよ。証拠をよ。」
「あるわ。」
「なんだって?」
「当然でしょ。まだ人間の街の常識を教えたばかりのゴブリンよ。もしかしたらを考えるのは当然じゃないの。」
風雅が取り出したのは、映像水晶であった。その水晶にサリアがつけていた指輪をはめ込むと、映像が浮かび上がってきた。
「市場に入ってからの映像よ。こんな風にトラブルになることがあったときに、この子達が気が付かずに失礼を働いたり、ルールを破るようなことがあったら、まずいから用意していたの。」
しばらく早送りをして、この店に入った時点から再生する。その様子を多くの野次馬も合わせて確認していくが、サリアが商品に触れていることもなければ、商品になにかを混入しているということもない。
「こ、こんなものが証拠になるかよ。飼い主が用意した偽物かもしれないだろ。」
「いえ、実際にその子は商品には触れてませんでしたわ。」
そこに援護をくれたのはシルヴィーであった。
「実のところを言いますと、わたくしは市場に幼いゴブリンが一人という状況が珍しいと思って監視しておりましたの。ゴブリン特区から来るゴブリンたちは大抵が数名のグループですし、トラブルになりにくいように大人の男性が来ますわ。なにかしらのトラブルを起こす可能性もありましたし、何かのトラブルに巻き込まれるかもと思い、お節介ながらしばらく見ていましたの。」
「それで、すぐに助けに入ってくれたんだ。」
「そういうことですわ。」
「けっ!そもそもお前ら知り合いなんだったらグルかもしれないだろうが。」
この後に及んでもまだ悪態をつく店主ではあったが、そうもいかない状況になりつつあった。それは、この騒動を野次馬たちが見ているということである。
野次馬たちは横柄な態度を崩さない店主の様子にイラつき始めていた。そして、ついに店主へと文句を飛ばす人たちが出てくるようになっていった。
「おいおい、いい加減にしろ!」
「まだ自分の間違いを認められないのか!」
このままでは大騒ぎになりそうというところで、ようやく騒ぎを聞きつけた騎士団がやってきて、事態は暴動という最悪の状況を免れることが出来た。
「これは一体何の騒ぎだ?」
「良い所に来てくれました。こいつらを全員逮捕してください。ゴブリンを使ったうちの店をつぶそうとした極悪人たちです。」
「ふむ、どういうことだ?」
「はい、このゴブリンの娘が店にやってきましてね。しばらく、店の中をうろうろしていたんですが、出ていこうとするときにふと嫌な予感がしまして。商品を確認したところ、薬草にそっくりな別の植物が混入していることが判明したのです。」
「ふむ、そういうことであれば、ゴブリンの娘だけ逮捕すればよいのではないか?」
「いえいえ、どうやらこいつらは全てグルのようです。偽の証拠や証言をし、うちの店を陥れようとしているようです。」
「ほう、それは許せんな。よし、こいつらを全員捕まえろ!」
風雅はようやく察した。あぁ、こいつらこそグルなのかと。周りを囲む騎士団。どうやら、騎士団の多くの者はおかしいと感じているようではあるが、どうやら隊長らしい騎士は相当お偉いさんなのだろう。命令を無視するわけにもいかないようだった。
「ふーん、そういうことするんだ。いいの?無実の人を捕まえようとすると後悔するわよ。」
「ふん、小娘が騎士団にもたてつくか。構わん、痛めつけて連れていけ!」
野次馬たちからはあまりの横暴っぷりにわーわーと声があがるが、騎士たちに直接逆らおうとするものはおらず、風雅たちは絶対絶命に見えた。
まぁ、これでなんとかするのが風雅クオリティなのだが。
「だってさ、ジェイル。あんたたち騎士団にも程度の低い奴がいるのね。」
「全くお恥ずかしい限りです。緊急通信を頂いたときは何事かと思いましたが、これは申し訳ありません。」
騎士たちは一瞬にして凍り付いた。隊長の騎士も完全に言葉を失っていた。通信用の魔道具から聞こえる声は騎士団に所属する者ならば誰もが知っている団長ジェイルの声であったからだ。
「その声はアルだな。市民を守るための騎士団が一体何をしている?」
「ジェ、ジェイル様!いえ、これはこの者達が・・・」
「事情はフーガ殿から聞いている。どうやら、フーガ殿たちの意見は無視して店主を守るつもりだったようだな。」
「そ、それはですね。この店は領主さまも御用達のお店でして、どこの馬の骨かもわからない冒険者よりはこちらを信用するべきかと判断いたしまして・・・」
「あら、どこの馬の骨とは酷いですわね。」
「おや、シルヴィー殿もいらっしゃるのですか?」
「ジェイルさん、わたくしももう少しであなたに連絡を入れるところでしたわよ。」
「いやはや、本当に申し訳ありません。アル、お前の処分は追って決めることとするが、お前の今やるべきことくらいはわかるな?」
「はっ!お任せください。」
「この件は後日お二人にお詫びに行かせていただきます。今日は申し訳ありませんでした。」
「必要ないわ。」
「必要ありませんわ。」
二人がほぼ同時に返事した。そして、二人は顔を見合わせて笑いながら答えた。
「お詫びにくるならギルとサリアにでしょ。」
「わたくしたちには必要ありませんわ。」
「ははは、了解いたしました。それでは失礼します。」
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それからは、話が早かった。店の品を調べたところ、多くの品が薬草とは別の植物によってかさ増しされていることがわかり、店主が最初から不正を行っていたことがわかった。それを立場の弱いゴブリンのせいにすることでサリアを手に入れようとしていたようなのだが、それ以上は調査できなかった。
というのも、その不正については証明ができないからである。アルという隊長も一応はこちらの言い分を全部通してくれたのだが、なにかしらの義理でもあるのだろう。あくまでも店主は店を妨害されたことをゴブリンのせいだと勘違いした、というシナリオから変える事を認めなかったである。
普段の風雅ならば、サリアの無実が証明されただけでも満足していたことだろう。
しかし、今日の風雅は完全にきれていたのだ。
「じゃあ、一個だけいいかしら?ギルが殴られた分、一発だけ仕返ししたんだけど?」
「そ、そうだな。店主はどう思う?」
「それくらいなら我慢しようじゃないか。ただし、一発だけだからな。」
「よーし、じゃあ一発だけな。」
そういうと、店の中へと移動する風雅。店主も隊長もサリアもシルヴィーも不思議そうにその様子を見ていたが次の瞬間だった。
「ファイトー!!いっぱーつ!!!」
掛け声一閃。風雅は最大パワーで風の壁を展開した。そして、高々と掲げられた拳に誘われるように風は上空へと巻き上がり、商品どころか店まで全部上空へと吹き飛ばした。
全員が唖然とする中、一人冷静だった風雅は周りの店には迷惑がかからないように、巻き上がった残骸を風をコントロールしてかき集め、店があった場所に残骸を投げ捨てた。
「はい、一発ね。」
やっとすっきりした風雅は最高の笑顔でそう言い放った。
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その事件があってから、ギルとサリア、特にサリアの風雅に対する信頼度は爆上がりした。そして、尊敬のまなざしを向けられるようになったというわけである。
勿論、その後は酒場での醜態や、普段の様子も全部目撃されたわけではあるが、二人の尊敬は一切揺らぐようなことはなかった。
「そういや調味料で思い出したけど、あの日作りたかった料理は結局作れなかったわね。」
「あ、そういえばそうでしたね。」
「まぁ、カレーを再現するのは流石に困難だろうし、もう少しゆっくりできるときにやりましょう。」
「わあ、じゃあいずれはまた挑戦するんですね。楽しみです。」
「気が向いたらね。さあて、そろそろ見えてきたわ。」
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「くっはぁあーーー!!最高ね!!」
「あねさん、これすげえっすね。」
「そうでしょうとも、私がずっと探していたお酒なんだから!」
その日は当然の様に冒険者ギルドで狂乱となった。大量のラガービールを買い込んだ風雅はそれをキンキンに冷やし、冒険者ギルドで多くの人に振る舞ったのだ。
「おらおらー飲めー!今日は私のおごりだぞー。ヒャッハー!」
「「「ヒャッハー!!」」」
もうノリノリで飲みまくっている風雅。その様子を頭を抱えてみているのはガリュー。そして、その横にはギルとサリアの姿もあった。
「あー、まぁその・・・なんだ。あんな感じだが、良い奴なんだ。うん、良い奴ではあるんだけどな。」
「大丈夫だよ。俺達もわかってる。」
「はい、フーガさんは素晴らしい方です。」
「いや、素晴らしくはねぇ。絶対だ。そこは俺が認めない。」
そういって、三人は笑いあった。予想外の出会いではあったが、新しくゴブリンという仲間を手に入れたマジシャン・カルテットであった。
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余談ではあるが、それからというもの、ほとんど無名だった酒屋はとんでもない有名店になる。
正直なところ、普通のビールとは違うラガーを作っていたその店はあまり人気がある店ではなかったのだが、冷やして飲むと格段にうまいとわかった冒険者たちが風雅から店の情報を仕入れて殺到したのだ。
これに関しては、その店がつぶれたら困るという風雅の策略であったのだが、そんなことは知らない酒屋の店主は突然の謎のブームに嬉しい悲鳴をあげるのであった。




