第二十一話 風雅きれる!
この世界に来てからはじめてかもしれない。風雅は神に祈りをささげていた。
その所作は余りにも美しく、周りで見ていた神官や信者たちも息を飲むほどの神々しさがあった。
突然、風の神殿へとやってきた冒険者風の女。どうせ、気まぐれにやってきただけとはわかっていても神官たちは優しく、神への祈りを許可した。
しかし、どうだろうか。風雅の祈りはなにかを神にすがるかのような、それほどに真剣なものであった。
その様子を見て、多くの神官や信者たちは察した。余程の事情がこの冒険者にはあるのだろうと。
そこで、そこにいた全てのものは一緒になり、風雅の祈りが神に届くようにと、共に祈りを捧げるのであった。
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「おーい、例の風雅からはじめてお前への要望が来たぞー。」
神への祈りは全部が決まった場所へ願いとして届くようになっている。それを当番というか、待機している神が、それぞれの願いに応じた神へ伝言するのだ。
今日の当番だったのは火の女神。風雅は特別扱いだと知っていたし、風の女神から頼まれていたので、優先して風雅の願いを知らせにとやってきてくれたのだった。
「はーい、ありがとうございます。それにしてもなかなか頼って来ませんでしたね。」
「そうだな。あいつは意外とよくやってるよ。足りないものがあっても大体は自分でなんとかしようとしているし。」
「異世界に来て、いきなり味噌を仕込みだしたときにはびっくりしましたね。」
「この間は、中華系の醤を作ろうって材料を探してたな。」
「発酵が必要な調味料まで自作するとは思いませんでしたね。」
「さすがに醤油はあきらめていたみたいだけどな。」
「醤油は魚醤で妥協したみたいです。」
「頑張ればこの知識を利用した食糧関係だけで生活できるだろうな、あいつ。」
「まぁ、本人が冒険したがっているので、そうはならないでしょうけどねー。さて、それで一体、どんなお願いがきたのかな?」
-風の女神様へ-
拝啓、若葉の緑が目に染みる季節・・・・
「違う違う違う。え、風雅さんは私たちをなんだと思っているんですか?」
「はっはっはっは!!あいつすげえな。」
「爆笑している場合ですか。えっと、要点だけ見ましょう。ええ・・・・はいはい。なるほど。」
「それで、一体何が欲しいって?」
「要するにビールだそうです。」
「あー、ビールかぁ。って、ビールはあるだろ。」
「はい、まぁ風雅さんはちゃんと書いてくれてますが、エールじゃなくてラガーが良いそうです。」
「なるほど、日本じゃあそっちが圧倒的にメジャーだもんな。」
「うーん、数は少ないですが、そういう製法でお酒を作っているところもあったはず。サラーサの街にもあったらいいんですが。」
「作るのに冷却が必須だし、なかなかないんでないか?」
「はぁ、なかったら作り方を教えて納得してくれるかなぁ・・・」
風の女神は思いもよらない注文に困り果てるのであった。
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ほくほく笑顔で街を歩く風雅。その横にはお手伝いについてきてくれたサリアの姿があった。
「風雅さん、楽しいそうですね。そんなに良い事があったんですか?」
「そうなのよ。ずっと探していたものが見つかったらしいの。それを今から買いに行くんだけどね。いやぁーたのっしみー!」
結論だけをいうと、マジシャン・カルテットはゴブリンの二人を引き取っていた。四人ともどっちでもいいかなと思っていたのだが、ゴブリンの二人は選択肢が貰えるのであれば、是非ともマジシャン・カルテットのために働きたい、恩を直接返したいといって聞かなかったのだ。
条件としては、部屋が四つしかないので、二人はリビングスペースで寝ること、基本の仕事は冒険中の家を守ること。これについては信用出来る人を雇った方が良いとリーナやジェイルからもお勧めされていたので、一石二鳥である。
しかし、これはこれで大きな問題もあった。それがゴブリンの二人は、人間社会での生活の仕方を知らないということだ。
そもそも、ゴブリンの世界にはお金という概念はない。物々交換が関の山といったところだ。つまり、常識を教えてあげないといけなかったのだ。
ここで役にたったのはミアであった。ミアは元々神官の勉強の一つとして、そういった勉学を受けてない人への教育、または幼い子供たちへの教育経験があり、二人に見事に常識を教えていくことが出来た。
そのおかげもあり、二人はほんの数日で基本的にな生活には困らない知識を習得した。ただ、流石にいきなり一人でお出かけや買い物はさせられない。そこで、今日はサリアを連れて、神に祈りを捧げてまで情報を手に入れたビールを買いに来たというわけだった。
「今日も調味料を作る材料を探すんですか?」
「あー、いや、もう大体作りたいのは終わったし、しばらくはないかなぁ。」
「そうなんですね。フーガさんの作る調味料や料理は見たこともないものばかりで、驚きの連続です。」
「ゴブリンも料理は普通にするんでしょ?」
「はい、でも自然にあるものを利用するだけで、調味料を作るという発想はありませんでした。」
キラキラした目がまぶしい。この尊敬のまなざしには少し理由があった。
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数日前のこと、ゴブリンの二人への教育もおおよそ終わり、今日は買い物へ連れていってみようという話になっていた。そこで、なにか買い物したいものはあるかということを話し合ったところ。
「あたし、作りたい料理があるんだけど、材料が物凄い数かかる上に揃うかどうかがわかんないの。そこで、二人を連れて、あたしは今日それにつきっきりでもいいかい?」
「別にいいんじゃないか。最近は依頼も受けずに地図を更新してるだけだし。」
これはミアがゴブリンの二人の教育のためについていけないので、四人で受けるしかないギルドの依頼は受ける事ができなかったからである。
「じゃあ、今日はフーガさんがお留守番ですね。」
「それで私としては構いません。」
「じゃあ、それで決定!」
こうして、風雅の挑戦が始まった。
まずは市場にやってきた風雅たち三人。ゴブリンを連れた人間はサラーサの街でも珍しく結構目立っていたが、風雅の顔を知った冒険者や市場の人もかなり増えていたため、あぁ、またあのトラブルを持ち込む姉ちゃんがおかしなことに巻き込まれたんだな、くらいにしか思わなかった。
「よし、今日は大量のスパイス、ハーブを使う料理を作る。しかーし、私の望むものがそろうかどうかはわからない!」
「なんでそれで自信満々なんだよ。」
「お兄ちゃん、そこはほっといてあげようよ。はい、フーガさん私たちはそれで一体何をしたらよいのですか?」
ギルよりもサリアから聞き捨てならない言動が飛び出した気もするが、そこは度量が大きい風雅さん。あえてスルーすることにした。
「君たちは森の中で生活していたと聞いているが間違いはないかね?」
「ありませーん。」
「なんだその喋り方は?」
「雰囲気よ、雰囲気。まぁ、いいわ。とりあえずそういうものを取り扱っている店を調べてきて。特にあなたたちから見て、質の良いと思うものが置いてあるところと種類が多く置いてあるところを探して。」
「わかりました。」
「それなら俺達にもできそうだ。」
「ただ、私が一緒に行くまでは買うことはできないわ。だから、迂闊に商品をだめにするようなことは絶対にしないこと。お店の人が見るだけを嫌がるようなら、ちゃんと言う通りにしなさい。いいわね。」
「お、おう。売っているものは勝手に触ると嫌がられるかもしれないんだよな。」
「そうよ、特に場合によってはゴブリンってことでトラブルになるかもしれないんだからね。」
「はい、注意します。」
「よーし、それじゃあ、お昼の鐘がなったらここに集まることにしましょ。解散!」
そうして、二人は市場へと入っていった。一方、風雅は、市場を後にして少し離れたところにある、もう一つの目的地へと向かっていった。
「おいっすー。」
「なんだ、嬢ちゃんか。どうした?今日は何がいるんだ?」
「えっとねぇ、身体を温める効果のある薬草を見せて。」
「はいよ。」
ここは薬草の専門店。インドではスパイスとして使われているものには、中国では薬膳における生薬として扱われているものも多い。そこで、風雅は調味料として使うために、薬草の専門店にもよく顔を出していたということである。
いくつかの薬草を見せてもらい、作りたい料理に合いそうなものを買ってかえることにした。
「嬢ちゃんはそんなにたくさんの薬草を何に使ってんだ?」
「うん?料理よ。こういう薬草は体にもいいし、独特の香りっていうの、そういうのがあるからアクセントになるのよ。」
「へぇー、嬢ちゃんは料理人だったのかい。身なりからして冒険者だと思ってたよ。」
「あぁ、冒険者よ。料理は趣味・・・でもないか。めんどうくさいし。うまいものを食べることが好きなのよ。だから、めんどうでもたまには頑張るかってなるわけ。」
「ははは、うまいものの為に薬草にまで手を出すとは、とんだ食道楽だな。」
「そうね、そうかもしれないわ。」
本人は全く分かっていなかっただろうが、風雅の最大の武器はこのコミュニケーション能力であることはいうまでもない。どんな人間にも、あいつは悪い奴じゃないと思わせるなにかを持っている。これが風雅の一つの能力であった。
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ゆっくりと買い物を済ませたが、昼を告げる鐘が鳴るまでには余裕をもって市場の前に戻ってこれた風雅ではあったが、問題はここから起きた。
どれだけ待っても、ギルもサリアも帰ってこないのだ。さすがに二人ともとなると何かあった可能性が高い。
「仕方ないわねぇ。」
ここで待っていても二人はやってきそうにない。そこで、市場の中をぐるっと一周してみて、見つからなかったら、騎士にでも相談するということにした。
しばらくの間、市場の中を歩いていると、すごい人だかりを見つけた。どうやら、激しく口論している二人がいて、それを野次馬が囲んでいるようだ。
「ねぇ、なにがあったの?」
「あぁ、なんでも、冒険者と店主が揉めているらしいぜ。」
どうやら、これは自分とは関係なさそうだと判断した。
「どうやら、ゴブリンが店の商品をだめにしたとかなんとか。」
違うな、これは自分の問題だ、風雅は考えを改めた。
「ごめん、そのゴブリンを保護しているの。ちょっと通して。はいはい、ごめんなさいね。」
人込みを抜けると、店主がずっと怒鳴りまくっていた。その相手は、ギルとサリア、それに神官服の冒険者であった。
「そいつらが俺の店を品をだめにしたんだ!」
「ですから、そのようなことなあり得ませんわ。触ってもいないものが悪くなるわけないじゃありませんか。」
「いいのか、この店は領主さまの贔屓の店なんだぜ。お前らが金を払わないっていうなら出るところに出るぜ。」
「そのような脅しに屈するとでもお思いですか?わたくしは正しくないものは正しくないと言います。何度でもですわ。」
「はいはい、ごめんよ。ギル、サリア、なにがあったのか報告しなさいな。」
「あ、フーガさん!」
「フーガさん?あら、どうしましたの?」
「そりゃこっちの台詞よ。あたしの家で雇っているゴブリンなのよ、その二人。」
店主と揉めているという冒険者はシルヴィーであった。
「あら、そういうことでしたの。いえ、少々納得ができないことがあったので、只今お話の最中です。後にしていただけます?」
「そんなわけにいくかい。」
「ああん。あんたがそこのゴブリンの飼い主か?」
「違うわ。」
「なんだ、さっきはそういっていたじゃねえか。」
「なにこいつ、言葉を理解する力すらないの?あたしは雇っているっていったの。」
そういうと店主はますます激昂した様子を見せる。
「おうおう、穏便に済ましてやろうと思っていたら調子にのりやがって!」
「穏便っていうのはそうやって怒鳴りつけて話をつけることじゃないわ。本当に言葉が理解できてないんじゃないかしらん?」
風雅はこういうモラルのないやからが大嫌いだったので、手加減するつもりはない。
「とりあえず、話だけは聞いてあげるからそっちの主張をまとめなさい。」
「そのゴブリンどもがうちの商品をいくつもだめにしたんだよ!その分の損失を払えっていったら、金を持ってないとかぬかしやがるから、一発ぶん殴ってやったのさ。」
「なんですって!」
ずいぶんと大人しいなと思ったら、ギルは大きく頬を腫らして気を失っていた。殴られたときに気を失ったのだろう。
このときに風雅は決めた。もしも、冤罪だったらこの店主にその報いを受けさせてやろうと。




