第二十話 敵性亜人?ゴブリンとの出会い
森の中をしばらくすすんでいくと、小さな洞窟が見えてきた。どうやら、この中にゴブリンの少年の妹が待っているらしい。
「ゴブリンってこういう洞窟で暮らすのが一般的なの?」
「そんなわけないだろ。本当なら、ちゃんと陽が当たるところで暮らしたいよ。ただ、人間に見つかると厄介だから隠れていただけだ。」
「ふーん、そうなの。」
あっけらかんと答えた風雅に対して、ゴブリンの少年は少し疑問を持った。
「なぁ、ねえちゃんはゴブリンが怖くないのか?」
「うーん?怖いかどうかでいうとどうだろ?正直なところ、ゴブリンにそんなに詳しくはないしね。」
「俺達が元々住んでいたところでは、人間は俺達を見たら悲鳴を上げて逃げ出したんだ。それで、しばらくすると武装したやつらが村を探しに来る。だから、俺達はそのたびに逃げ回らないと行けなかった。」
「そうなの?このあたりだと保護対象って聞いてるけどね。」
ゴブリン・敵性亜人の一種。一体一体の戦闘力は人間には及ばないが、仲間のために命を投げ出すこともいとわないため、集団に遭遇すると危険。知能のばらつきがあり、原始的な種族は問答無用で襲い掛かってくるため特に危険だが、知的な種族は人間と変わらない印象を持つほどに利口。しかし、その分人を騙すこともあるので、全体的な危険度は変わらない。
このようなものが一般的なゴブリンの認識である。そのため、たしかに風雅が一人でゴブリンの住処についていくというのは少々危険ではあるのだ。
しかし、サラーサの街では話は別だった。近年、知能のあるゴブリンならば人間と同等に扱い、仕事と食糧を与えれば、良き隣人になれるという風潮が広まりつつあった。特に、危険な生き物が少ないサラーサの街の近辺には他の地域から逃げてきたゴブリンがよくやってくる。そういう、長期間逃げながら生き延びられるゴブリンというのは知能が高いので、ちゃんと説得すれば街の労働力として協力してもらえる。そのため、基本的には保護することになっていたのだ。
結果的にいうなら、そういった説明を受けていた風雅にとってはゴブリンはいきなり襲ってくるような野蛮な相手ではないだろうという認識だったわけである。
「このあたりではゴブリンを殺したりしないってことか?」
「そうね、私はそう聞いてるわよ。」
「・・・そうなのか。それが本当ならすごく助かる。もう、妹はやばい状態なんだ。正直、どっちにしても、もう旅には耐えられそうになかった。」
「そんなに食べ物に困っていたの?それにしてはあんたは結構元気じゃない?」
「妹は数日前から病気なんだ。それで、少しでも良い食べ物をと探してたんだよ。」
そんな話をしながら洞窟を進んでいった。洞窟はそんなに深いものでなはく、妹がいるところまではすぐに到着できた。
「サリア!戻ったぞ!!」
「あ、お兄ちゃん、おかえりなさい。」
そこは寝床と呼ぶにはぎりぎりといえるほどの粗末な感じの場所であった。体調が悪い妹が寝ているところすら、ござのようなもの引いただけである。これでは体調が良くなるとは到底思えなかった。
「お兄ちゃん、その人は誰?」
起き上がったサリアが目にしたのは一緒についてきた風雅の姿であった。
「この人はフーガ。お兄ちゃん、食糧を取ろうとして失敗してな。人間のパーティーに助けられたんだ。」
「えっ!人間?大丈夫なの!?」
「大丈夫だ。この人たち、凄く強いのに俺を守ってくれた。この人たちがいなかったら俺は死んでいたんだ。」
「そんな無茶しちゃだめだよ。あの・・・ありがとうございました、お兄ちゃんを守ってくれて。」
「いいのよ。それに最初に飛び出していってお兄ちゃんを守ったのは私じゃないし。」
「あんたにお兄ちゃんって呼ばれるのはなんか変な感じがする。ギルだ。そう呼んでくれ。」
「了解。ねぇギル、妹さんの病気は結構ひどいものなの?それならご飯よりも先に街に戻って医者に見せるべきだと思うんだけど。」
「いえ、大丈夫だと思います。でも、最近はあんまりご飯食べたくないんです。」
「どうして?ギルが頑張ってご飯取って来てくれるんでしょ?」
「口から血が出てきているので、ご飯がおいしくないんです。」
「でも、傷の治りも悪くなっているし、ちゃんと食べないとだめだ。ほら、とりあえず荷物をしまってご飯を食べに行こう。」
「うん、わかった。」
「なぁ、本当にあんたたちの街に行っても大丈夫なんだよな?」
「・・・えぇ、それは大丈夫よ。」
「なんだよ、どうしたんだ?」
ちょっと考え込んだ風雅を見て、ギルは聞かずにはいられなかった。なにせ、この判断によっては妹を危険にさらしてしまうのだから。
「あぁ、ゴブリンが街に来るのは問題ないわ。行動は制限されるらしいし、働かないとご飯はもらえないらしいけどね。」
「じゃあ、どうしたんだよ?」
「いや、サリアの症状を見て、ひとつ思いついたことがあるのよ。」
「あんた、サリアの病気を治せるのか!?」
「まだ可能性の段階かなぁ。とりあえず、移動しましょ。その間にいくつか聞きたい事があるからさ。」
そうして、三人は大した量ではない荷物をまとめ、洞窟を後にするのであった。
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それほどの時間もかからずに三人は元の草原へと戻ってきていた。途中で動物や魔物に出会うこともなかったからだ。
「おっす!戻ったわよー。」
「おう、おかえり。」
「さっそくで悪いんだけど、今日って柑橘類って持ってきてる?」
「あん?いくつかは料理用に持ってきてたと思うけど、そんなに量はないぞ。」
「それでいいから頂戴。」
「ほらよ。」
三つのレモンを受け取った風雅はそれをサリアへと持っていった。
「はい、あなたはこれをまず食べなさいな。」
「えっと、これは?」
「すっぱい果実よ。あなたの病気はたぶんこれで治るわ。」
「いや、こんなものよりも肉を食べさせてやってくれよ。」
「それがだめなのよ。あんたこの子に肉しか与えてないんでしょ。だから栄養が偏ってるのよ。」
「栄養ってなんだ?」
そこからは料理ができるまでの間、風雅は二人に食べ物と栄養について説明してあげた。食べ物がどういう風に身体に影響するのか。その効果や、どういった症状のときにどういうものを食べたらいいのかなど事細かに教えてあげた。
どうしてこんなことができるかというと、風雅は異世界に来る前は食品を扱う企業で働いていたからである。異世界に憧れていた風雅ではあったが、そういうときになにせ困るのは食事だと考えていた。そのため、食べ物に関する知識を深めるために、そういうことを自然と学べる仕事についていたのだ。
ガリューの料理が評判になるほどうまいのは風雅のおかげでもあったのだ。風雅は食べたいと思った料理の作り方は知っている。それどころか普通の人は知らないような調味料の作り方まで網羅している。ついでにいうなら、動物の解体や美味しく食べるための処理の仕方まで勉強していた。それらを元々凄まじい腕をしていたガリューが活かして料理する。まずいものができるわけなどないのだ。
料理が出来上がるまでのしばらくの間、身体を作る食べ物と栄養についての講義は続いた。すっぱいレモンを嫌がっていたサリアではあったが、説明を聞いているうちにその説得力に納得し、講義の間にちょっとずつ食べていき、三つのレモンを完食していた。ギルは自分がサリアのためを思って行動していたことが逆にサリアを病気にしてしまったことを後悔していた。
「ゴブリンにとって肉は最高のごちそうだった。だから、それを食べさせてやっていればいいんだと勘違いしてた。ごめんな、サリア。」
「ううん、お兄ちゃんは悪くないよ。私だってそんなこと全然知らなかったんだから。」
頭をさげるギルであったが、サリアは怒る事はなく、優しく兄の頭をなでる。その様子を見ていた風雅はふと考えた。
「ねぇ、サラーサの街ではこういう栄養についての話ってしないの?」
途中から興味を持って一緒に聞いていたミアとシャイアスにふと疑問を投げかける風雅。その回答は、大体予想どおりのものであった。
「そうですね、ここまで詳しい知識を持っている方はそうそういないと思います。」
「フーガさんくらいの知識があったら、それだけで専門家としてお金を稼げちゃいます。」
「まぁ、そりゃそうか。ガリューはどうよ?」
「うーん、そうだな。作る側からすると、なんとなくバランス良く食材を使おうっていうのはあるけどな。具体的にそこまで詳しくっていうのは専門家でもなかなか知らないんじゃないか?」
なるほど、そうなるとこの知識は一つの財産になるなと風雅は確信した。まぁ、それを金にしようとは思わなかったのだが。
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食事がすんだ後、ギルたちがいた洞窟の情報だけ撮影して、今日は早めに引き上げることにした。サリアは体調がすぐれないし、サラーサの街で保護するとなったら、手続きとかも必要になるだろう。そうなると早く帰った方が良いと判断したのだ。
街まで帰ってくると門番に早速事情を説明した。すると、すぐに部屋へと案内されて、そこでしばらく待つようにと指示された。
「あんたらの言う通りで街まで来ても大丈夫だったな。本当にありがとう。これで妹を危険から守ることができる。」
そういって、深々と頭をさげるギル。それに続き、サリアも深々と頭をさげた。
「大丈夫ですよ。私たちは当然のことをしているだけです。もしも、今後困っている方を見つけたら、今度はあなたたちがその方たちを助けてあげてください。そうやって優しさは色々な人を助けていくんです。」
「「はい!!」」
こういうときのミアは本当にずっと神官の勉強をしてきたのだなとわかるくらいしっかりしている。普段もこれくらいしっかりしててくれと風雅とガリューが思ったのは内緒である。
しばらくすると、医者を連れたジェイルがやってきた。
「いや、別に一番の責任者であるジェイルが来てくれなくてもよかったんだけど。」
「ははは、そういわないでください。ゴブリンの保護は久しぶりですし、危険がないのかを判断しないといけませんからね。それなりの立場のある人間が判断をくださないといけないんです。」
「そういうもんなんだ。」
「そういうものなんです。」
そこから医者の問診がはじまった。これについては街に危険な病気を持ち込まないための検査とのことだった。
ギルは完全に健康だったので問題なかったが、問題になったのはサリアである。しかし、これも大きな問題にはならなかった。
「お嬢ちゃんの方には植物不足の症状がみられるね。好き嫌いせずにもっと果物や野菜を食べないと大変なことになるよ。」
「はい、先ほどフーガさんから教えてもらいました。」
「ほう、医者でもないのにこの症状を見抜くとは、なかなかだね。」
「食べ物には詳しいんでね。とりあえずレモンを食べさせたわ。」
「ほう、症状に効く食べ物も知っているとは本当に大したものだ。いや、若いのにすばらしい。」
そこからしばらく問診は続いたが、大きな問題はないようで、二人はサラーサの街に入っても大丈夫と判断された。しかし、ここでとある判断を迫られることになってしまう。
「ここであなたたちには二つの選択肢が与えられます。一つは、この子たちをゴブリンの保護区へと預けるというものです。簡単な肉体労働を対価にして、寝床と食糧が与えられますが、サラーサの街の中では生活できません。」
「それはどういうことだ?」
「その場合は土地開発をしているところに近い方が便利ということで、基本はそちらで生活になるからです。休みもありますので、その場合はサラーサの街へ来ることもできますけどね。」
「でも、あんまり街の中でゴブリンって見たことないような気がするんだけど?」
「どうやら、来れるといっても来たがる方は少ないようでして。」
「あぁ、なるほどね。」
「もうひとつの選択肢はマジシャン・カルテットの四人が保護者という形で面倒を見るというものです。この場合はお二人を自由にできますが、寝床と食糧はマジシャン・カルテットで用意してあげてください。あまりにも扱いが酷い場合には犯罪となりますので、ご注意を・・・といってもみなさんは問題は起こさないでしょうが。」
「へぇー、そういうこともできるんですね。」
「こちらを選ぶ方はとても少ないのでほとんど見かけることはないと思います。どちらになさいますか?」
「うーん、ちょっと相談してもいい?」
「ええ、勿論ですよ。」
そうして、この二人をどうするのかの会議が始まるのであった。




