第十九話 魔物とは
今日も草原を突き進むマジシャン・カルテット。危険領域とはいえ、見通しは良く、近くにいる野生動物や魔物の種類も解明されているため危険はかなり少ない。しかし、危険は全くないというわけでもない。
例えば、確認しづらい崖や野生動物のたまり場になる場所、何が潜んでいるかわかりにくい洞窟など、危険な場所はあるっちゃあある。そういう場所にまだ資格を貰ったばかりのFランク冒険者がうっかり足を踏み入れてしまっては一大事になるかもしれない。
そこで、風雅は閃いた。この情報って売れるんじゃないかと。
思いついたが吉日。風雅はコネが出来たこの街の騎士団長であるジェイルに早速相談に行ってみたのだ。すると、ジェイル曰く、
「確かにそういった情報があれば助かりますが売れる程ではないかもしれません。」
とのことである。たしかに一個一個の情報ではわかりにくいし、買い取ってもらうのも難しいかもしれない。
だが、風雅は簡単には諦めない乙女。そこでさらなる一手を繰り出したのだ。
「じゃあさ、そういう危険な場所を記録した地図ならどう?投影水晶で危険な場所を撮影したうえで、正確な地図にそれを合わせれば商品価値があるんじゃないかな。」
「なるほど・・・それでしたら騎士団でも買い取らせてもらいたいほどですね。しかし、膨大な手間がかかりますよ?」
「大丈夫よ。どうせ、そんな危険なところへはいけないんだから、冒険になれるついでにゆっくりとやってみるわ。」
「では、完成したら、そちらを騎士団へとお持ちください。その場で査定させていただきます。」
「はーい、よろしくねー。」
そうして始まったのがマジシャン・カルテットによる地図作りであった。
それから冒険に出た日は毎日少しずつ地形を調べて地図を作っていった。特に危険そうな場所は投影水晶で撮影し、チェックする。帰って来たら、その日のメモを元にミアが地図を清書するという手順でサラーサの街を中心とした円形の地図は徐々に完成していった。
この作業は非常に当たりといえるものだった。まず、危険が少ない。危険な所を探すために行動しているため、危険を早く見つける事が出来た。さらに、無理な狩りが必要ないため、サラーサの街周辺にいる野生動物や魔物に無理なく慣れていくことが出来た。そして、何よりも良かったのは、お互いの信頼を高める事に成功したことであった。
やりたいことをがんがん進めていってしまう風雅、慎重で真面目なガリュー、引っ込み思案でちょっとうっかりものなミア、優しいが人付き合いが苦手なシャイアス。四人ははっきりいって性格バラバラでまとまりがないパーティーである。だが、一緒の家で暮らし、毎日一緒にいて、冒険者として背中を預け合ううちにお互いを理解し、打ち解けていくことが出来ていた。安全な環境でしっかりと連携を作れたことは間違いなくマジシャン・カルテットにとっての財産となったのだ。
とはいえ、毎日が安全ということはない。これはあくまでも冒険、危険が全くないなんてことはないのである。今日はそんな危険に遭遇してしまったようだ。
「なんかやばい感じの狼がいるわね。」
「あぁ、この辺じゃ見ない魔物だな。」
四人の前に現れたのはどす黒い目をした不気味な狼であった。どう見ても、普通ではない。なぜならば、その狼はたった一匹で巨大な熊の群れと戦っているのだ。
しかも、不気味なのは戦い方である。一対多数の為、狼は攻撃を避けきれず身体を幾度も引き裂かれてる。しかし、傷はつくのにすぐに再生してしまうのだ。首が取れかかる程の状態でも何事もなかったかのように動きまわり、気が付くと傷がなくなっている。
10頭はいたであろう熊たちもすでにあと2頭。このままだと熊たちの全滅は火を見るよりも明らかであった。
「あれは相当にまずい魔物です。」
「知っているのか、シャイアス。」
「ええ。あれはいくつかある魔物化の中でもとりわけ危険なものです。」
風雅としては定番のネタでの返しではあったが、異世界では勿論通じなかったので、シャイアスは普通に解説を続けた。
魔物とはそもそもなんなのか。魔物とは簡単にいってしまえば、普通の野生動物が変異してしまった化け物である。
どのように発生するのかははっきりとはわかっていない。だが、魔物化の傾向はなんとなくわかっていた。
ひとつ、巨大化。ビッグチキンがまさにこのパターンではあったが、単純に巨大化してしまう。鶏が巨大化しても脅威は低いが、さきほどの元々が巨大な熊がさらに巨大化したらその脅威は理解できるだろう。
ふたつ、その獣がもつ能力が増強される。狼ならば、目にも止まらぬ速度を手に入れたり、遠くの者すらも切り裂く特殊な爪や牙を手に入れるといった事例が確認されている。見た目では脅威がわかりにくいため、被害が大きくなるのはこのパターンだ。
みっつ、最悪のパターンである不死化。異常な再生能力を得てしまうというこのパターンはとても危険であった。その理由はこの後風雅たちが身をもって知ることになる。
「じゃあ、あれは不死化した魔物ってことなんだ。」
「ええ、これはすぐにでも騎士団に連絡するべき案件です。」
「でも、あれ一匹ならなんとかならないかしら?」
「簡単にいいますが、不死化した魔物の倒し方をご存知なんですか?」
「もちろん知らん!」
風雅はなぜか自信満々に答えた。
「それなら手を出すのはやめておいた方がいいですね。」
そんなときであった。突然、森の方から少年が一人飛び出して来て、狼へと向かっていく。
「もらったああ!!」
ザシュ!!
少年の持っていた斧が見事に狼の首につきささり、そのまま狼の首が落ちる。
「やった!これで食糧がたくさん手に入る!」
どうやら少年は狼が倒した熊たちも横取りしてやろうと、狼が油断する瞬間を待って、奇襲にでたようだ。しかし、その様子を見ていたシャイアスはすぐさま少年の元へと走り出した。
「だめだ!君、今すぐ逃げなさい!!」
「なに!人間か?くっそ、これは俺が倒したんだから俺のものだぞ。こっちに来るんじゃねえ!」
少年はシャイアスに斧を構えた。しかし、シャイアスは少年の方を見てはいなかった。
「あ、あれ!狼の首が!!」
風雅やガリューもそのときはシャイアスと少年を見ていて気が付くのが遅れてしまったが、ミアの言葉にさっき飛ばされた狼の首へと目をやる。
すると、なんということだろうか。首だけになっても狼は動いている。しかも、切られた傷口はぐにょぐにょとうごめいている。
「まさか、あそこから再生するっていうのか?」
「ああ、これは想像以上にやばいってわかるわ。シャイアスを援護して!」
「了解だ!あっちのはどうする?」
「助けましょう。見捨てるわけにはいきません。」
「そうね、目ざめが悪くなるわ。助けてあげましょ。」
少年がシャイアスに向かって斧を振り下ろす。それに対してシャイアスは少年にタックルする形で少年と共に倒れ込んだ。そして、少年の頭があった位置に首だけの狼が噛みついてくるのがほぼ同時のことであった。
「な、なんで。あの狼、首だけになっても動いてる?」
「あれは普通の獣じゃありません。魔物、しかも不死化している魔物です。刃物では倒せません。」
「倒せないって・・・いや、そんなことはない。それに頭だけだったら怖くなんてない!」
「そうですか?では後ろを見てください。」
そう言われて少年が振り返ると、そこには首がない状態の狼の胴体が立っていた。そう、立っていたのだ。そして、こちらへと歩き出して来た。
「か、体も動いてる?どうしてだよ。どうなっているんだ。」
「それが不死化した魔物の脅威です。そして・・・」
シャイアスが説明しようとしたその時、狼の胴体から首が再生した。そして、何事もなかったかのようににやりと笑う。
「首は向こうにあったはずなのに、どうなってんだよ!」
少年は首の方へと目線を戻す。すると、今度は首の方も何事もなかったかのように胴体をそのまま再生させた。
そう、これが不死化した魔物が最悪と呼ばれる所以である。最初の一匹だけならばどうということはない。しかし、迂闊にちょっかいを出し、切断してしまえば、その両方が一匹として再生する。特殊な方法を使わないのであれば、完全に消滅させない限り殺す事はできず、無限に増え続けてしまうのだ。
「これ以上増やしてしまえば取り返しがつかなくなるでしょう。君は迂闊に攻撃をしないようにしてください。」
「な、なんで人間が俺を助けるんだよ。」
「さっきから何をいっているんです?とりあえず、今は私をいうことを聞いてください。」
「わ、わかった。」
とはいったものの、シャイアスも不死化した魔物の倒し方なんて知らなかった。完全に消滅させれば倒せるとは聞いたことがあったものの、実際にはどうやって倒しているのかなんて知るわけがない。
そして、魔物たちはそんなことを考える時間を与えてくれるわけもなく、二匹になった魔物は二人へと襲い掛かって来た。
バシャ!!
ところが、その突撃は突如出現した水の壁によって阻まれる。
「ミアさんですね。よし、今のうちに私の仲間と合流しますよ。ついてきてください!」
「え、でも・・・」
「今はつべこべ言わないで来てください!」
「お、おう。」
水の壁に突っ込んだ狼たちが抜け出そうとするも、その直後水は氷へと変わり、狼たちを閉じ込めた。
「シャイアス!私がその魔物を切り刻むからその破片を逃がさないように岩で封じ込めて!」
「フーガさんだめです!この魔物は切り刻んでも倒せません!」
「それはなんとなくわかってる!信じなさいな!!」
「なるほど、考えがあるのですね。わかりました!」
「うぉおうりゃあ!!」
気合一閃、風の刃の乱れ射ちで狼たちは氷ごと細切れとなり地面に散らばった。そこへすかさずシャイアスが岩の壁で肉片を丸ごと覆い囲む。
「シャイアス!上だけ少し開けろ!!」
そこに飛び込んできたのはガリューだ。そこまできて、やっとシャイアスは作戦の意味を理解した。
「なるほど、了解しました。」
シャイアスは咄嗟に岩の形を調整、ドームのような岩の壁の天井に直系30センチ程の部分を穴として残した。
「よっしゃ、燃え尽きろ!!」
そこに飛び乗ったガリューがその穴めがけて、炎をぶっ放した。
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それから20分ほどガリューの焼却は続き、さすがに大丈夫だろうと岩の壁を解除したところ、狼の魔物は消し炭になっており、再生をする様子はなかった。
「これ、結構やばい状況だったわよね?」
「そうですね。最初に不死化したと気が付かず風雅さんが細切れにでもしていたら全滅もありえました。」
「細切れにしてもだめなんですね。」
「はい、完全に消滅させないと再生するそうです。」
「魔法使いがいないとほぼ無理だな。」
「なにか方法があるのかもしれませんが、それは騎士団も簡単には教えてくれないでしょう。」
「なぁ、話しているところ悪いんだけど、ちょっといいか?」
反省会をやっていると助けた少年が話しかけてきた。よく見ると心もち緑がかった皮膚にごつごつした身体。どうやら普通の少年ではないようだ。
「もう気が付いていると思うけど、俺はゴブリンだ。あんたらは命を助けてくれた。まずはありがとう。」
「どういたしまして。君が無事でよかったです。」
「こんなときに図々しいのはわかってるんだけど、あの熊を俺に貰えないだろうか?食い物に困っているんだ。」
「なにあんた腹ペコなの?一緒に弁当食べる?」
風雅としては普通に腹が減っているなら一緒にどう?という感じだったのだが、少年は酷く警戒していたのか様子がおかしかった。
「いや、それはいい。それよりも早くあの熊を持って帰りたい。」
「仲間がいるんだな。このあたりにゴブリンがいるなんて聞いたことがない。仲間と一緒に住む場所を探して移動中なんだろ?その仲間が腹ペコで待っているんだな。」
「ち、違う!俺は一人だ。ただ、これ以上世話になるわけにはいかないと思っただけだ。」
「遠慮しなくていいわよ?今日はたくさん獲物も取れているし、なんだったら盛大にいきましょ。」
「はい、どのくらいいるのかわかりませんが、今日の収穫なら全然大丈夫だと思います。」
少年はしばし悩んでいるようだったが、風雅たちの様子を見て、ふぅと息を吐いた。
「じゃあ、妹を連れてくる。どうせあんたらがいなかったら助からなかった命だ。騙されていたとしても仕方ない。少し待っててくれ。」
「ああ、私もいくわ。ガリューたちは食事の準備しておいて。」
「おう、わかった。」
このゴブリンとの出会いがしばし先で思わぬ幸運となるのだが、それはまた少し先の話なのであった。




