第十八話 これはクレーマーなのでは
ノリノリで喋りまくる男にぽかーんとしながらも、さすがに無視して進むこともはばかられたマジシャン・カルテットの四人はとりあえずしばらくは静かにその話を聞いていた。まぁ、本当に聞いていただけではあったが、なんとか聞いてはいた。そんな四人の様子を見て、男は首を傾げると少しトーンを落として再び喋り出した。
「君たち、吾輩の話を聞いているのかね?吾輩から講義をただで貰えるなど、どれほどありがたいことかわかっているのかな?」
「はっきりいうとぜっんぜんわかってない。」
「そうだろうね。その反応を見る限りそうとしか思えない。つまりこれはあれだな。君たちはそもそも吾輩が一体どこの誰で、一体何をしに来たのかも全くわかっていない。そういうことだろう。違うかね?」
「違わねぇな。」
「素直で大変によろしい。無知であることは恥ずべきことではあるが、取り返しのつかない失態というわけではない。知らぬであれば、これから学べばよいだけなのだから。そう、吾輩のように様々な知識を君たちも身に着け、今の愚かさを後になくすことができれば御の字だろうとも。」
「あの・・・それで結局あなたはいったいどなたなんですか?」
「これは失礼。どうにも勢いがつくと止まらないところがあるのでね。私は魔法学の研究者。名前はドク。世間ではドクターというあだ名で呼ばれているようだ。この名はさすがに誰か一人くらいは聞いたことがあるのではないかね?」
「王都の特別研究院で働いていらっしゃるという魔法学研究者として有名なドクター氏ですか?」
「その通りだ。鎧の君は知っているようだが、残りのお三方はどうかな?いや、大丈夫だ。どうせ知らないだろう。知っているのであればそこの彼のような反応になるのが普通だ。しかし、そんな反応がないところを見ればもうそれは一目瞭然。まずは私のことを説明させていただこうではないか。」
魔法研究者ドク、通称ドクター。彼は王国が経営している特別研究院で、魔法学と呼ばれる魔法についての学問を研究する研究者とのことだった。彼の名を一躍有名にしたのが完全魔法論という研究。これにより彼は王国から勲章を授与され、魔法学研究の第一人者と言われる程の超有名人である。
「要するに、魔法そのものを研究している偉い人ってことでいい?」
「そうだな。おおよそは間違っていない。しかし、偉い人というのは間違っているな。別段吾輩は偉くはない。あくまでも一介の研究者に過ぎん。そもそも権力などというものにのまれると碌なことにはならんぞ。話がそれたな。そう表現するならば、魔法そのものを研究している凄い人、が正確だ。」
「うん、了解。その魔法そのものを研究している凄い人が一体私たちみたいな駆け出し冒険者になんの用事があるっていうのよ。」
「なにをとぼけたことを言っているのかね?君たちが発見したのだろう。あの調整魔法とかいう厄介者を。あれのおかげでこちらの仕事は増える一方だ。直接顔を見て、文句の一つも言いたいではないか。」
ここに来てようやく四人はドクターがわざわざサラーサの街までやってきた理由を理解できた。それと同時にすっかり忘れていたことがあったことを後悔した。
(そういえば、私たちが発見したって『伝えなくてもいい』って言ったけど、『伝えてもいい』かどうかは聞かれてないわ。)
ジェイルは真面目な男だった。女神様が教えてくださった技術を広めてよいと言われれば何が何でも広める為に努力を欠かさなかった。そして、ジェイルは真面目過ぎた。それを自分の手柄になどできようはずはないのだ。しっかりと、発見したものの欄に風雅の名前を書き、サラーサの街で新人冒険者が偶然に発見したものを実践し、法則を見つけ出したという内容で論文を提出。王都ではその真偽性が疑問視されたが、その後効果がはっきりと確認されたこともあり、王都の魔法学研究では今この調整魔法は一大ムーブメントとなっていた。
「と、まぁそういうことだ。これは私の完全魔法論の障害にしかならん。ちなみに完全魔法とはなにかは知っているか?」
「それは聞いたことがあるな。魔法の威力や性能の基本となるものだろ。」
「その認識では65点というところだな。完全魔法とは最も効率的に発動させた魔法の完成系のことだ。例えば、君たちが訓練場で使っていた基本的な攻撃魔法は威力がバラバラで、その結果速度や使われる魔力もバラバラだっただろう。これを最も適した形で使うのが完全魔法だ。」
「ごめん、いまいちわかってない。」
「そうか、それでは仕方ない。もう少し本格的に講義してやろう。」
火球を例にしてみよう。魔法使いが使う火球は全て同じ威力、同じ速度、同じ魔力で発動するのか。答えはNOである。魔法は使う人間によって多少の個人差が生じる。その個人差は特に初心者では強くなり、威力や速度が目に見えて違うということも起こり得る。
そこで、魔法学では最も威力、速度、魔力のバランスの取れた火球を探し出すということを行った。様々な魔法使いに火球を使わせ、その中で最も優れていたものをお手本とする。それを魔法の基本と認定し、魔法使いたちはそれを模倣し習得していく。この最も優れた魔法が完全魔法というわけだ。今では魔法を習得したということはこの完全魔法が使えるようになったことを意味する。そのため、魔法の基本という表現は間違ってはいないということだ。
「それが調整魔法という君たちの意見によって大変な混乱が起きている。魔法はもっと自由で良いのではないかという論調が高まった。それを論じること自体は構わない。しかし、そんなものはとっくに結論の出ている話なのだよ。」
「と、言われてもよくわかってないんですが?」
「吾輩たちのような研究者の中では魔法の個人差が出ることなどわかりきっていることだったのだよ。しかし、それを統一しないのは非常に問題が多い。だから、わざわざ最も効率の良いところを研究し、広めているのを君たちの何の考えも無い発表によって、いい迷惑を被っているというわけだ。」
「いや、そんなこと言われたって困るわよ。それにさ、私たちは少なくともこれを有効に利用しているわ。」
「そうだろうね。そうだろうとも。たしかに、君たちはそうなのだろう。たしかに魔法は自分の意思で調整できるとなればそれは一般の魔法使いでも魅力的に見えるだろうし、君たちほど柔和に魔法を調節できるなら価値は高い。そもそも、魔法学でも加護持ちではどうなるのか、なんて研究はない。それはそうだろう。加護持ちの魔法使いなぞ教会が囲い入れてしまうのが普通だ。それだけで一生なにも困らない生活が約束されるというのに、誰がわざわざそんな無駄なことするかね。だから、君たちの意見は強い発言力を持ったということだ。わかるかね?」
「なるほど、ようやくわかったわ。つまり、加護持ちの魔法使いが調整した方が良いといっているのであれば、今までの完全魔法は本当に完全、本当に効率の良い魔法なのかに疑問を持たれたってことだ。」
「そういうことだ!いや、君はがさつに見えたが理解力が高い。中々素晴らしいじゃないか。」
「いや、でもそれについて文句を言われてもな。」
「うむ、それはそうだろう。それにだ。どのみち既にこの議論は吾輩としては過ぎたもの。どうせ結果が変わらないことは理解している。だが、面倒が増えたことについて文句くらいは言いたいだろう。まぁ、簡単にいってしまえば、私のストレス発散の儀式だと思いたまえ。あぁ、勿論そんなことのためだけに来たわけではないぞ。ちゃんと来た理由はある。これを君たちに渡そうと思ってね。」
そう言ってドクターが差し出してきたのは数枚の紙の束と袋に入ったお金であった。
「これは・・・なんですかね?」
「せっかくサラーサの街に来たのだ。ここにはなかなか魔法学校のようなしっかりした魔法の基礎を学んだというものは少ないだろう。ついでに多くのものに吾輩の知識を教え込んでやろうと思ってね。そこで君たちもゲストとして是非ともその講習会に来てほしいのだよ。その金はその依頼料だ。ゲストに呼ぶのだから当然金銭が必要だろう?」
四人は受け取った袋をのぞき込むと、そこには結構な量の硬貨が入っている。ざっと数えても五十枚はあるだろう。たしかにそれなりのお金ではあるが、講習会は絶対に面倒なことになる。そう悟った風雅は断りを入れようかと思ったのだが・・・よくよく見るとそれは一般的に使われている硬貨ではなかった。
「これはまさか特別金貨?これを五十枚とは一体私たちにどのようなことをさせるおつもりですか?」
珍しく声を荒らげるシャイアス。特別金貨?聞き馴染みはないがどうやら凄いものなのだろう。
「これは一体どういうものなんだ?」
「はい、これ一枚で通常の金貨百枚分の価値があります。これだけで一財産なのは間違いありません。」
「よーし、そこまでしてくれるのであれば喜んでこの講習会のゲストを引き受けようじゃないか。」
「話が早くて助かるね。それでは細かい事は渡した紙に書いてある。君たちにも魔法を披露してもらうからそのつもりでいてくれ。それでは長々と失礼した。」
そうしてドクターは夜の闇へと消えていった。
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家に帰って来た四人だが、風雅以外はちょっと暗い顔であった。
「おい、いいのか。あいつ絶対になにか企んでるぞ。しかも碌でもないにおいがする。」
「それに関しては私もそう思うわ。でも、そんなものを気にしてられないくらいの収入よ、これは。」
「でも、今後の冒険に支障とか出ませんかね?」
「別にやましい事をするんじゃないんだから堂々としていればいいのよ。あんなクレーマーに負けてたまるもんですか。」
「たしかにいちゃもんっていったらそうだろうけどよ。」
ただ、風雅にはちょっとした疑問もあった。
「ちょっと気になっているのはさ、あの人あんまり調整魔法について驚いているって感じ無かった気がしない?なんか不機嫌な感じだけだったじゃん。」
「そういえば、たしかにそのような気もします。」
「シャイアスはドクターのこと知ってるんでしょ?」
「ええ、とても有名な方ですね。」
「そんなのがわざわざ文句言いにくるだけでもおかしいのに、どういうことかしらね?」
その疑問に答えたはガリューだった。
「調整できるってことは具体的にはわかってなくても、イメージはあったんだろうよ。だって、個人差は発生するんだから、その理由があるわけだ。」
「どういうことですか?」
「要するによ、なにかが作用するから魔法は個人差が出るわけだろ。ドクターにとってそれは何であろうが重要じゃなかったんだ。でも、なにかはあることはわかっていたはずだ。だから驚かないんじゃねえか。」
「結局は私たちがドクターにとってはどうでもいいことを突き止めちゃって、それが持論の邪魔だと。」
「そんな感じじゃねえの?」
「かぁーいい迷惑ね。」
「とりあえずはこの問題は後回しだな。講習会であいつがどんなことを狙っているのかも検討もつかないんじゃ対処の仕様がないだろ。」
「たしかにそうですよね。じゃあ、先にジェイルさんに売り込んだ例の件からですかね?」
「そうね。そうしましょうか。じゃあ、明日からはばんばん外に出て、ちゃきちゃきと進めていくわよ。」
そうして、今日は早く休むことになった。訓練場をぶち壊しお説教をもらったこともあるし、この日は流石に宴会をしようという雰囲気にはならなかったからだ。
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月が照らす道に一人の男が不気味に笑う。
「いやはや、吾輩の理論を邪魔した連中がどのようなものかと期待していたが、思っていた以上に素人のようだったな。いや、それも悪い事では無い。吾輩とて若いころから様々な理論を考え実行してきた。若さ故の未熟さ、自由さは評価するべきだろう。しかし、そうなるとこれから忙しくなる。準備はしてきたつもりであったが、これでは到底足りぬだろう。あの連中に自分の立場をしっかりとわからせてやらねばならぬ。くっくっく、あいつらが吾輩に頭を垂れる姿が目に浮かぶぞ。」
ドクターは笑う。その笑みは少々邪悪さを感じさせるものではある。
このドクターによって巻き起こされる騒動は今後のマジシャン・カルテットに大きな影響をもたらしていくことになるのだが、そのことはこの時には誰にもわからないことなのであった。




