第十七話 大失敗
翌朝、毎度のことながらギルドの食堂は死んだように眠る人々でごった返している。そんな中で、片づけの手伝いをやるのが日課になっているのはガリューだった。
「あの、これは私たちの仕事ですので、大丈夫ですよ。」
「あー、まあいいよ。どうせ、あいつらが起きるまでは暇だし。」
毎日のように手伝いをする様子を見て、ギルドの職員たちも気を遣うわけだが、ガリューとしてはやることもないので、いつも手伝うことにしていた。
そんなガリューに近寄る男が一人。お世辞にも良い体格とはいえないひょろっとした神官。彼こそがアマゾネスの最後の一人であるタダだ。アマゾネスというパーティー名で男がいるのは疑問かもしれないが、タダはアマゾネス三姉妹の末妹ガルーアの旦那さん。要はアマゾネスは家族パーティーなのだ。
「やあ、おはようガリュー君。」
「あ、おはようございます。みなさんならそっちの隅で寝てますよ。」
「いつもありがとうね。じゃあ、連れて帰るよ。」
アマゾネスの三人はいつもタダが迎えに来て帰っていく。なんでも、お酒が飲めない彼は家でいつも待機しているそうだ。これについては完全にマジシャン・カルテットのせいである。ギルドの食堂はお酒を飲む者には天国にはなったが、お酒を飲めないものには近寄りがたい魔境になってしまっているからだ。
「みんな起きて。朝ですよ、帰りましょう。」
「うーん、ダーリンだっこしてほしいっす・・・」
「はいはい、わかりました。」
残りの二人は寝ぼけ眼でなんとか起き上がり一緒に帰っていった。あんな様子ではあるが、タダはBランクの神官。この街にいる全部の神官の中でも彼ほどの力を持った神官はそうはいないレベルである。そんなタダだからこそ、アマゾネス三姉妹とも対等にやっていけるのだろう。
嫁を抱き上げながら、ちゃんと手を振って帰っていくタダに手を振り返すガリュー。
「ああいうのもいいもんだな。はぁー、あいつは元気にやってるんだろうか・・・」
ため息をつくガリューは、故郷においてきてしまった女性のことを考えて、ちょっと昔を思い出すのであった。
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今日は結局風雅が午後まで起きなかったので、仕事はお休みにして訓練場で魔法の練習をすることになった。大体一日位働いたら、一日は休む。マジシャン・カルテットはそんな感じでしっかり休みを取って趣味なども楽しむ余裕を作っていた。
しかし、たまーにだが、誰かがめんどくさいなとなったときもお休みすることにしている。この権利を使うのは今までに風雅しかないが、誰が使っても良い権利ということにはなっているので、何の問題も無い。そう、なんの問題もないのである。
「いや、あるだろ。そろそろ自重を覚えろや。」
「いやん、そんな責めないで。」
「はったおすぞ!このやろう!」
「まあまあ、ガリューさん。たまにはいいでしょう。最近は仕事もとても順調にいっていますし、蓄えは十分にあります。そこまで焦る必要もないですよ。」
「そうだそうだー。我々は働き過ぎているー。」
「はいはい、そうですね。まぁ、例の依頼が気になってるってだけなんだが。」
「ジェイルさんに売り込みした件ですか?」
「あぁ、こっちから提案したのにいつまでも出来ないじゃ困るだろ。」
「大丈夫じゃない?今まで誰もやってないっていうんだから。むしろ提案するだけですっごい喜ばれたわよ。」
「大丈夫ですよ。もう残りは一割ほどですし、ゆっくりやっても数日でしょう。」
「清書はミアがやってんのか?」
「はい、頑張って作りましたので喜んでもらえると嬉しいです。」
「ま、ここでグダグダ言ってても仕方ねえな。まぁ、休むにしても次はこの依頼を終わらせてからにしようぜ。」
「了解であります。じゃ、みんな今日はゆっくりと魔法の練習といきましょう。」
「はーい。」
「わかりました。」
「はいよ。」
こうして、魔法の練習に入った四人。魔法の練習といっても、四人はそれほど魔法の知識がない。そこでやっているのはそれぞれの基本魔法である生成の強化と調整。そして、攻撃手段である、風の刃、火球、水弾、石の礫の四つの強化と調整。これだけを繰り返している。
これには二つ理由があった。一つは、最も効果に違いが出る事。初歩の初歩とも呼べるこの二つの魔法は調整することで多種多様な使い方が出来た。そのため、これだけで充分な切り札になると判断。四人はまずこれを極める事から始めたのだ。
もう一つが、魔力の効率である。初歩の初歩であるこれらの魔法であれば、まだ魔力が育っていない四人でもそれなり連発もできる。むやみやたらに強力な新魔法を覚えるよりも、こっちの方が効率が良いのではないかと結論付けた。
まぁ、これらの理由も真実ではあるのだが、新しい魔法を覚えようとしなかったわけは別にあるっちゃあある。
それが、
「えー、めんどくさーい。」
「いや、命に関わることだぞ。めんどうでもちゃんと勉強に行った方がいいだろ。」
「うーん・・・じゃあこうしよう。お金も相当かかるでしょ。だから、蓄えができたときに必要そうなら行く、とかどう?」
「たしかに私たちはそんなに蓄えありませんもんね。」
「少なくともフーガは持っているけどな。」
「みんなで行きたいじゃないの。ね、そうしましょ。」
「仕方ねえな。じゃあ、それでいこう。」
ということである。
魔法を覚えるのであれば、手っ取り早いのは誰かに習うことになる。書物で調べてもいいが、実際の魔法を見ることができるのと、書物で文字を見ただけでは雲泥の差が生まれて叱り。魔法の訓練をしてくれる施設を利用するか、それぞれの教会にいって習うか。
どちらにしても授業料やお布施が必要になるため、お金がかかるのは間違いない。時間をかけてしっかり基礎を学ぶのであれば、学校という選択肢もあるのだが、冒険者を始めてしまった四人には少し難しい選択肢になってしまっている。それに、二つに比べれば割安でもこちらもそれなりにお金はかかるのだ。そのため、風雅の判断があながち的外れというわけでもない。
それにどこで習うべきなのかという選択も結構難しい。そこにいる講師となる人間がどの程度の魔法使いなのかによって習えることは大きく変わる。そのあたりの下調べもどうしても必要になってくる。
結局は、それらの問題からすぐに習うところを選ぶのも無理だろうということでガリューも納得した。
ついでにいうなら、加護持ちを相手にしてくれるかどうかもある。そういう意味だと教会に行く方が良いのかもしれないが、逆に他の魔法使いと組むのを良しとされないから困ってしまう。最悪、パーティーの解散を狙う様に教会がちょっかいをかけてくるようになるかもしれない。
マジシャン・カルテットはそういう意味では基本の練習くらいしかできることはなかったのだ。
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「そうだ、フーガさん。合体魔法って他には作ってみないんですか?」
しばらく訓練をしてお腹もすいたので、休憩がてら昼食をとっているときに、ミアがなんとなしに質問をなげかけてきた。
「うーん、一応考えているのはあるんだけどさ。あの威力を見た後だと、そこまで必要だったかな?ってなっちゃってるんだよね。」
「たしかに、メテオコンボは想像以上の威力になってましたね。」
「練習では相手がいないからな。本気でもやらなかったし。」
「そうなのよ。全力のメテオははっきりいってオーバーキルだわ。あ、でも単純なものならあるのよ。」
そういって、風雅はふっとい風の刃を作り出した。
「ま、これは見ての通りで推進力にまわすはずの魔力まで全部刃にしちゃってるから飛ばないんだけどさ。ガリュー、これを火球で貫いてみて。」
「了解。これでどうだ。」
それほど大した魔力が込められたわけではない火球。しかし、それが風の刃にあたると青白く燃え上がり、着弾した場所を大きくえぐる威力となっていた。
「おぉ、こりゃすげえ!」
「これって、メテオコンボのときにもやってた火力をあげる風の力ですか?」
「そうね。そういう調整をした風の刃を火の魔法を増幅させるだけのものとして使った感じ。」
風雅がイメージしたのは酸素である。とはいえ、別に風雅はそこまでの専門知識なんてものはない。なので、この刃を作っているのは、風雅がイメージした『酸素で火をパワーアップさせるような効果』がある気体、ということになる。しかし、効果さえ得られるのであれば、それはどうでもいいことなのだ。
もしも、風雅にもっと専門的な知識があれば、もっと強い魔法が作れたことだろう。しかし、そんな都合の良い話はない。例えば、水の魔法でも火の魔法を援護するために可燃性の液体、ガソリンとか作れたらどうだろうとか考えていた時もある。しかし、そもそもどういう風に作るのかを風雅は全く知らない。そのため、ミアにそれを教えることができなかった。
他にも、岩や金属を加工できるシャイアスに便利な道具を作ってもらえないかとか考えたが、ほとんどのものの詳しい構造がわからない。便利なものは知っている。便利なものの使い方も知っている。しかし、便利なものの作り方はわからないのだ。
「どっちかっていうとさ、こういう単純な連携魔法みたいのを増やした方が良いのかなって思ってる。」
「たしかに、四人が全員いないと使えない連係ばかりよりかはそっちの方が良いのかもしれません。」
「なるほど、こういうのは他にはないのか?」
「うーん、一個思いついたはあるんだけどさ。たぶん、危険。」
「でも、アイデアがあるなら一回やってみましょうよ。」
「じゃあ、ミアとガリューでこういうのやってみて。」
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そして、冒険者ギルドの魔法訓練場はしばらく使用不可能となった。魔法訓練場には外に被害を出さないために、結界が張られているのだが、風雅提案の合体魔法が強力過ぎたため結界が破損したのだ。幸い、外にまで衝撃は漏れなかったので、なんとか怪我人だけは出なかった。
しかし、もちろん御咎めなしというわけにはいかない。
「そうですね、事情を聞く限りわざとではなかったということで今回は大目にみます。結界もそろそろ貼り直しが必要な時期でしたし、こちらにはそれほどの問題はありません。」
「今回ばかりは本当に申し訳ないです。」
「素直に謝られると調子が狂いますね。しかし、今後合体魔法とやらは訓練場では使わないように。いいですね。」
「はい、女神様に誓って使わないと約束します。」
「よろしい。それでは今日はもう遅いので帰ってもらっていいですよ。」
珍しくちゃんと謝る風雅を見て、リーナは溜飲を下げた。実際にギルドは風雅たちのおかげで潤っているし、事情をきけばわざとやったわけではないとのこと。ギルド職員からは文句も多少は出たものの、今回は大目に見ることにしたのだ。
風雅が提案した合体魔法は水蒸気爆発。身の安全を確保するために、まず結界の外に出た四人。そこから、訓練場の中心に置いてきた最高加熱した火球。そこへ水の生成で大量の水を一気に押し込んだのだ。
ここで問題だったのは風雅の中途半端な知識。こうやったら水蒸気爆発が起こるということは知っていた。しかし、その威力までは全くの想定外だったのだ。
凄まじい轟音と衝撃。結界の外にいたにも関わらず四人は吹っ飛んだ。幸いほとんどの威力は結界が防いでくれたので怪我はしなかったが、四人は見事に全員気絶した。
その後、事情のわからないギルド職員たちは混乱に陥った。最悪、魔族による奇襲も考えてしまったほどだ。そのため、多くの冒険者たちを引き連れ地下の訓練場にやってきたのだが、そこにいたのはマジシャン・カルテットのみ。あー、なんかこいつらがまたなにかやらかしただけか、というお寒い空気が流れつつも一応調査はしたものの何も出てこない。結局は四人が起きるのを待ってリーナが事情聴取となったわけである。
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その後の帰り道、風雅は珍しく落ち込んでいた。
「フーガさん、元気出してください。誰にだってミスはありますよ。」
「うん、そうなんだけどさ。もしかしたら、多くの人が大怪我してかもしれないじゃん。そう思うと憂鬱なわけよ。」
「次からはもう少し規模の小さい実験をしてからやろうぜ。」
「そうね、そうしましょ。」
そうして家への道を歩いていると、突如道を塞ぐ男に出会った。妙にぎらついた眼をした男。その男は四人を見ると、いきなり近づいてきた。
「今日一日君たちの様子を観察させてもらったが、実に嘆かわしい。もう、その一言に尽きる。そもそも、君たちは魔法の基礎というものが全く身についていないようだ。いや、それも仕方がない。聞いたところによると全員が加護を貰っていると気が付いてから魔法を始めたそうだな。そのため、まだ長い者でも半年も経っていない。それでは十分な知識がないのもうなずける。しかし、問題なのはそこから知識を増やすことをやっている素振りが全くないことだ。どうだ図星だろう。君たちの魔法はあまりにも不完全な形しかない。それは基本の魔法を見せてもらえば・・・・」
四人の頭には同じことが浮かんでいた。こいつは誰だろうか?




