第十六話 冒険者はじめました!
サラーサの街の郊外に広がる平野。ここのほとんどの場所は騎士が管理する安全地帯であり、人にあだなす魔物はほとんどが討伐されている。
その安全地帯からほんの少しだけ外に出た草原をマジシャン・カルテットの四人は冒険していた。冒険している・・・といってしまえば冒険しているのだが、実際にはほとんどピクニックのような状態が続いている。
というのも、サラーサの街の周りにはそもそもそれほど強い魔物が発生することがない。魔物とは野生動物の変異体であるわけだが、そもそもサラーサの街の周りには危険とされる野生動物がいないのだ。そのため、初心者の冒険者には優しい土地ではあるものの、冒険という感じはだいぶ薄れてしまうのである。
しかし、マジシャン・カルテットの四人はそんな状況をすこぶる楽しんでいた。
「今日も平和ねー。いやー、でもこんなことでちゃんと生活していけてるんだから大したものだわ。」
「そうですね、今日も依頼は達成できてますし、たくさん副産物も収集できました。」
「食材もたんまり取れたし、今日も良い料理ができそうだぜ。」
「それではそろそろ帰りましょうか。」
どうして大した冒険をせずに楽しんでいたかというと、その理由はシンプルである。冒険者としてはちゃんと生活ができるようになったからだ。
四人はいつも荷車を引いて危険地域へ出ていた。そこで、採集を依頼されたものを探しながら、自分達で使うもの、またはサラーサの街で売却できるものを見つけて持って帰る。これを毎日繰り返し、きちんとした生活基盤を作り上げていた。
今日の依頼であれば、お祝いの席に飾るためのとある花を探してくる依頼を受けている。早々に目的の花を見つけ出した四人は、残りの時間でミアが薬草となる植物を、ガリューが食材となるものを、シャイアスが価値のある鉱石などを探して歩きまわった。そして、たまーに出会う魔物は魔法の練習台として、みんなで討伐する。
そんなゆるーい冒険者生活ではあるが、ゆるーいおかげもあって順風満帆そのもの。四人はFランク冒険者としては堅実な実績を積み上げている状態であり、それなりの収入も得ることが出来るところまできていたのだ。
「なによりありがてえのはやっぱり宿代がかかんないことだわな。」
「その通りですね。サラーサの街ではそれが一番の悩みの種になります。」
「フーガさんのおかげで私たち大助かりですね。」
「ま、代わりに私は収集の役には立たんけどねー。」
このお互いの得意分野が被らないことが非常に良いバランスも生み出していた。お互いに良い所を学び合い、頼り合って、補い合う。Fランクにあがってから1か月。四人は冒険者としては最高のスタートをきっていたのである。
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「はい、確かに依頼の品の納品を確認させていただきました。本日もありがとうございます。」
「こちらこそー。明日も良い依頼があったら教えてちょうだいね。」
冒険者ギルドに戻り依頼の品を納品したら、その後は食堂で宴会か家に帰って宴会をする。まぁ、結局は四人のうち三人が飲むのだから毎日宴会にはなる。それは仕方の無い事なのだ。
「おー、ウワバミの姉さん方!今日はどうされるんで?」
「うむ!今日は・・・どうしてほしいかー!!」
「もちろん・・・一緒に飲みたいでーす!」
「よし、よくいった!今日はここで宴会じゃー!!」
「「「いえーい!!!!」」」
「はいはい、じゃ、俺は厨房を借りてくるわ。なんか食いたいもんのリクエストは?」
「じゃ、唐揚げでもお願い。」
「あ、私は今日取って来たきのこ食べてみたいです。」
「ほいほい、じゃあいってくるわ。・・・無駄だとは思うけど、ほどほどにな。」
「わかってるってー。」
ひらひらと手を振ってガリューは厨房へと向かっていく。これもいつもの流れである。割と早い時間に戻ってきてしまい、人がまだまばらなら家に帰る。人がいて引き留められたらギルドで飲み明かす。大体確率的には1対9くらいでギルドで宴会になるので、こっちの方がいつもの事だと言えるだろう。
この宴会は最初こそ地獄絵図ではあったものの、今では一種のお祭り騒ぎになっている。その大きな要因がミアが作れる酔い覚ましの水。これの効果は既にギルドで酒を飲むほとんどのものに伝わっており、これがあれば翌日にはお酒が残らない。この酔い覚ましの水のおかげでウワバミの狂乱はこのギルドの名物ともいえるものへと変貌していた。
その副産物がギルドの食堂の収益向上、ギルドの治安向上、さらにギルドのイメージアップの三つである。
収益向上は説明するまでもないだろう。多くの冒険者はこのギルドの食堂で飲食をするようになった。元々安い金額設定に加えて、それなりに美人の若い女性とお酒が飲める。さらに、ガリューの気分次第の料理が出てくるとはいえ、そんじょそこらのレストランでは味わえない最高の料理が食える。冒険者にとってこれほどありがたいことはなかったのだ。
治安については完全な偶然である。この冒険者たちにとって非常にありがたい状態は、言ってしまえばマジシャン・カルテットによってもたらされているものである。このうち二人は女性。一緒になって馬鹿騒ぎして、お酒を飲んでくれるとはいえ、まだうら若き乙女二人なのである。その二人を含めたマジシャン・カルテットがサラーサの街に家を持っていることは多くの人が知っており、別にマジシャン・カルテットはここでお酒を飲んでいく必要性は全くないことも多くの人が知っていた。要するに、風雅とミアにとって居心地が良いギルドを維持することは、この宴会を楽しむ者にとってはなんとしても必要なことだったのだ。その結果、冒険者ギルド内でのいざこざは激減した。さらに、ウワバミの狂乱自体がストレスの良いはけ口になり、さらにいざこざは減っていくというスパイラルをもたらしたのだ。
そして、最後はこれらの結果が合わさって起きた相乗効果だ。冒険者ギルドの食堂は儲かっているので、サービスがよくなる。そうなると、一般のお客さんまで増える。そして、今までは冒険者ギルド特有の空気の重さや雰囲気の悪さが治安の向上に努めようとする冒険者たちによって消えていく。すると、さらに一般のお客さんが増える。その他にも今まではガラが悪い連中に絡まれるのを嫌厭して、寄り付かなかった女性冒険者も利用が増えていく。最終的には、サラーサの冒険者ギルドはかつてないほどの盛り上がりを見せるようになっていったのである。
ここでなによりもありがたいのは、こんな毎日宴会が起きても、ミアがいる限りは翌日に酔いつぶれて動けないものは出ないこと。これがなければ毎日のように起きる宴会をリーナが許可するわけはなかった。そう、この宴会はギルド長リーナのお墨付きなのだ。
「これはこれはマジシャン・カルテットの皆様。今日もうちのギルドをご利用いただきありがとうございますー。」
ニコニコ顔のリーナが風雅へと声をかける。一か月前では考えられないことではあるが最近では結構こんな感じであった。
「おぉ、リーナさんこんばんは。どう?今日は一緒に飲もうよー。」
「いいんですか?じゃあ、私もご一緒しちゃおうかな。」
「やったぜ!おらー、ギルド長様が来たぞ。みんな盛り上がれー!!」
「「「うおおおぉぉぉおおーー!!!」」」
「かんぱーい!!」
「かんぱーい!!」
もうそろそろ飽きてきたとは思うがリーナは完全におかしくなっていた。おかしくなっていたものの、以前よりはギルド職員からの評判は良くなったので良い事だったんだろう。うん、きっとそうなのだ。
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そんな中、ちょっと離れたところで飲んでいたシャイアス。その前には筋骨隆々の女戦士たちが座っている。Bランクパーティー『アマゾネス』そのリーダーであるガラリアに気に入られたシャイアスは最近よく一緒に飲むようになっていた。
「はっはっは!良い飲みっぷりだな、シャイアス。それでこそ男だ。」
「ありがとうございます。みなさんも本当に良く飲みますね。」
「そりゃあ、このために生きてるってもんだ。当然のことだよ。」
イケメンのシャイアスに野性味あふれる女性たちの格上パーティー。これだけ見ると、シャイアスが絡まれているようにも見てとれる。しかし、実はそういうわけでなかった。
実際、アマゾネスと知り合う前は治安が良くなったせいで増えた女性冒険者や一般の女性客にシャイアスはとにかく絡まれた。
「ねぇ、一緒に飲みましょう。」
「あー、私酔っちゃったかもー。」
「あんなパーティー抜けて、私たちと冒険しない?」
そんな調子で毎日のように絡まれたのである。いや、それでも最初にサラーサの冒険者ギルドに来た時に比べれば絶対に減ってはいた。それはシャイアスの狙い通りで、風雅とミアのおかげだったのであろう。
しかし、そんなのおかまいなしの女というのもいるわけで、結果としてはうざい女がしつこく声をかけてくるという最悪の状況におちいってしまった。
風雅やミアは守ろうとする冒険者たちもシャイアスは割とほったらかしだった。むしろ、冒険者のみなさんからすればうらやましいくらいの状況なのだから、まさか本人が困っているとは微塵も感じなかったのだ。
その様子を見かねて、声をかけてくれたのがガラリアだったというわけである。
「おう、イケメン。そんなに女と飲むのが好きなら俺と飲もうぜ。」
普通ならば先に声をかけていた女性たちが文句を言うだろう。しかし、アマゾネスはBランクという高ランクのパーティー。さらにいうなら、姉妹であるガレイア、ガルーアがCランクの上位ほどの実力故にパーティーとしてはBランクであるが、リーダーのガラリア自身はAランクの冒険者をも凌駕するといわれた最高クラスの戦士。文句を言える女性はいなかったのである。
「あのときは、正直驚きました。まさか、Bランクパーティーの方に声をかけてもらえるとは思ってませんでしたので。」
「俺も関わるつもりなかったんだがな。そうだな、あまりにもお人好しが過ぎる様子を見ていて滑稽だった。それでついな。はっはっは!」
「こういうのが良くないっていうのはわかってんだぜ。だけど、あんまりに酷かったし。」
「ま、こっちとしてもイケメンと酒を飲めるのは目の保養になるっす。」
「それくらいならいいが、うちの坊ちゃんを誘惑は勘弁してくれよ。ほら、つまみだぜ。」
そういって、ガリューが4人の前に料理を並べていく。
「おう、ガリュー!お前も一緒にどうだ。お前も良い男だから目の保養になる。」
「嫌なこった。それくらいなら俺は料理をしてる方がましだ。」
「そういうな、たまにはいいだろ。」
そういって、ガラリアに無理やり座らされたガリューだったが嫌な顔ではない。出会ってから2週間程。もうすっかり仲良くなっていたので、こういったスキンシップも日常茶飯事なのだ。
「強引だな。ま、いいか。でも、あんたらみたいに俺は飲めねーからな。」
「それは知ってるっすよ。」
「よーし、シャイアス。俺達は新しい良い男を手に入れた。お前はもういいぞ。」
「はは、用済みとは酷いですね。今日もありがとうございました。」
そういって、シャイアスはミアがいるグループの方へ飲みにいった。女性客が減ってくるといつもこんな感じで適当な理由をつけてシャイアスを解放するのがいつものことだ。
「ほんとにいつもすまねえな。」
「なに、目の保養はほんとのことだ。それにお前の作った料理という十分な報酬もある。」
「それならいいんだけどな。」
「まぁ、それにフーガやミアも気に入ってるんだ。前にも忠告したが最初は無茶だけはするんじゃないぞ。命は一個しかないんだ。」
「あぁ、それはみんなで相談してそうしてるつもりだ。」
「それならいい。お前らは恵まれた環境にある。無理して毎日稼ぎを作る必要もない。焦らずに進め、困った時は俺達を頼っても良い。お前らの頼みなら格安で依頼を受けてやる。」
「そこはただにしてくれよ。」
「はっはっは!それは甘え過ぎだな。」
「だよな。冗談だ。」
そんなたわいのない会話で夜も更けていく。それがマジシャン・カルテットの日常。
この一か月でマジシャン・カルテットは色々な意味で最も有名で、人気のあるFランク冒険者パーティーという地位を確立したと言って過言ではなかった。
戒厳令が引かれた件を見ていて、興味を持ったものもいただろう。しかし、今はそれだけではない。一緒にいると楽しくて、しっかりと仕事をこなし、武道大会で優勝するほどの実力をもっていても謙虚な姿。それらを兼ね備えた四人は今、サラーサの街のある意味での中心的冒険者になったのだ。
しかし、それを全員が喜んでいるというわけでもなかったのだが。




