第十四話 カルテット・マジック
ホワイトローズの目の前に広がっていたのは驚愕の光景であった。
「・・・太陽?」
メンバーの一人がそういってしまったのも無理はない。空には太陽のような巨大で燃え上がる塊があったのだ。しかも、それは今まさにホワイトローズへと落下を始めていた。
「みんな!散れ!!!」
見上げていたメンバーにトッドが声を荒らげ指示を飛ばす。しかし、それはもう遅かったのだ。ここまでの流れを止められなかった以上、もうこの太陽は避けられない。
がきん!!
鎧が見えないなにかにぶち当たる音がした。逃げようとしても、もうだめなのだ。周りには見えにくいが氷で作られた障害物が無数に立ち並んでいる。『氷樹』という名のこの魔法は見えづらい棘つきの氷の樹を無数に作り出す足止め用の魔法。先程までの水と風の壁によって時間を稼いでいる間にミアが作り出したのだ。
そして、ホワイトローズへ最後の時が迫る。
「これで決まりだああああ!!」
高く飛び上がった風雅。太陽のような巨大な炎の塊に向かって全力の突風をぶち込む。ただの風の生成ではあるが、調整によってパワーは段違いになっている。とはいっても、効果としてはただ強い風が送れるだけ。しかし、それだけで十分だった。
巨大な炎の塊は凄まじい加速を受けてホワイトローズへと降り注ぐ。
「カルテット・マジック!『メテオコンボ!!!』」
風雅の叫びと同時に逃げる事が出来ないホワイトローズへと炎の塊が直撃する。
そして、闘技場にはクレーターとぼろぼろになって倒れたホワイトローズの面々が残されていた。
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ここで、何があったのかを少しだけ振り返ってみよう。
そもそも、カルテット・マジックとはなにか。これこそが風雅が考えた対ホワイトローズ用の秘策。ぶっちゃけてしまうと合体魔法であった。
ほとんどの魔法使いは一緒のパーティーを組むことはなく、なぜか多少いがみ合っている関係にあることに目を付けた風雅は、初級の簡単な魔法でも組み合わせることでとんでもない効果を作り出せるのではないかということに気が付いた。しかも、この方法は研究されていないのだから、格上の相手にも通じる可能性が高く、ホワイトローズ対策にはうってつけだったのだ。
まず、試してみたのは炎の魔法に酸素をイメージした風の生成をぶつけてみるとどうなるか。
「おぉ、こりゃすげえな。」
「炎が青くなりましたね。」
「でも・・・これ凄い熱さを感じますよ。」
結果としてはお互いの魔法はちゃんと科学的な反応も見せることが判明。これにより風によって炎を強化することが可能になった。
さらに可燃性のガスなんかが作れないかとやってみたが、そこまでは出来なかった。そもそも、そこまでくると『風』の生成ではないのでやむなしである。今後に期待するということで風雅はあきらめた。
その後色々と組み合わせを試してみたところ、一番破壊力が出た組み合わせが、火球+石の礫による隕石であった。石の礫を最大サイズで作り、それを空中で準備。そこへ火球も最大パワーでぶちこみ石、というか岩を加熱して地面へと落とす。他の魔法の追随を許さない程の高火力魔法が出来上がった。
しかし、ここで問題が発生する。石の礫を最大サイズにするにも時間がかかれば、それを火球で加熱するにも時間がかかる。しかも、そのサイズの石の礫となれば早く落とすことは不可能になり、当たりそうな気配がなかったのだ。
そこで、風雅は絶対にこれを当てる一連の流れを考えだし、それを全員で組み上げていった。これこそが、最初の合体魔法カルテット・マジック『メテオコンボ』となったのである。
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その後の闘技場は大変な騒ぎとなっていた。当然といえば当然なのだが、ホワイトローズの身代わり人形くんは全部粉々になった。あんな威力の魔法がぶつかって無事なわけはなかったのだ。
そして、メテオコンボを見ていた勝ち残っていた出場者は全組棄権してしまった。
「あんなものが使える魔法使いのパーティーに勝てるわけないだろ!いい加減にしろ!!」
と全員が切れ気味に辞退していったらしい。
その結果、マジシャン・カルテットには思いがけないピンチが訪れようとしていた。
「えー、只今よりマジシャン・カルテットへの審問会を行いたいと思います。四人ともここからは嘘偽りのない受け答えをするように。」
「はーい。」
「はいよ。」
「あわわわわ・・・・」
「かしこまりました。」
ミアだけはテンパっていたが残りの三人はわりかし落ち着いてた。だって、悪い事してないのは知ってるし、といった感じである。まぁ、実際問題していないのだから当然ではあるが。
「まず、状況の確認です。あなたたちには今経歴詐称による賞金の強奪疑惑がかけられていますが、これについて反論はありますか?」
「私たちは生粋のGランク冒険者でーす。」
「ふむ、虚偽に反応する魔道具にも反応なし。本当のようですね。他の三人はどうですか?」
風雅があっけらかんと答えると査問員はオーブのような魔道具を確認していた。嘘をつくとあれが反応するらしい。
「俺は剣士としてなら修行していた経験があるな。ただ、まだ見習い期間だぞ。魔法についてはそこで加護があるってわかって破門されてから使いだした。まだ、数ヶ月ってところだ。」
オーブに反応はない。白である。
「ふむふむ、これも虚偽はなしと。それでは次の者。」
「私も実家で体は散々鍛えましたが、魔法についてはまだ未熟だと思っています。」
これもオーブは反応しなかった。しかし、これには査問員からの異議が挟まれた。
「未熟であるというだけなら何年修行しても未熟と考えるものもいます。具体的な日数は答えられませんか?」
「50日も経っていないはずですが、具体的といわれると思い出せません。」
「ふむ、なるほど。いえ、これで大丈夫です。その言い方でしたら、オーブは虚偽を読み取るでしょう。あなたも問題ありません。それでは最後の方。」
なぜかミアはすごいテンパっていた。あわあわしていた。そして、しずしずと答えた。
「魔法の修行でしたら・・・もう十年以上はやっています・・・」
オーブは反応しなかった。そして、会場はにわかにざわつきはじめる。
「どういうことか詳しく教えてください。場合によってはあなたたちは重罪に問われますよ。」
ミアは泣き出しそうになっていた。そして、しばし時間があってから答え出した。
「私、ずっと神官になりたいって思っていたんです。ですから、物心がついたときからずっと聖神様の魔法を使うための練習をしていました・・・」
「ふむふむ。続けてください。」
「両親は有名な神官で、子供の私に期待をかけていてくれたんです。立派な神官になりなさいと。魔法が使える両親から生まれる子供は高い確率で魔法が使えます。普通ならば、自分に合わない魔法でも鍛練を積めば使えるようになりますよね。だから、うまく聖神様の魔法が発動できなくても練習し続けたんです。」
「普通はそうなります。もちろん、才能がある魔法を使う様に普通は勝手になっていくものでしょうが、そういった親の期待によって違う魔法を強引に覚えたという話は確かに聞いたことがありますね。」
「・・・でも、私はそうならなかったんです。十年経っても、初級の魔法すら発動しません。魔法を使えないわけじゃないのはわかっていました。魔力は操作できましたから。でも、治癒の一つも発動しないんです。」
「そんなことあるわけがないはずですが・・・反応しませんね。嘘ではないようです。」
「それで両親がもしやと思い、私の身分証を作ってくれたんです。そこには・・・そこには水の女神様の加護が・・・ぐすっ、ぐすっ・・・水の女神様の加護があるって書いてあって、私には神官になれないって。」
「あ、なるほど。それは無理ですね。加護がある人は他の魔法が使えませんから・・・あれ?ということは、あなたが修行していたというのは聖神様の魔法?」
「あい・・・ぐすっ。」
ミアはその体験が余程ショックな出来事だったのだろう。涙をぽろぽろ流しながら話していた。会場からももらい泣きが聞こえてくる。しかし、査問員は冷静だった。
「違う違う違う。そうじゃないそうじゃない。それならその経験全く意味ありませんから。水の女神様の魔法はどのくらい練習しているのですか?」
「ふぇ?まだ、一か月くらいですけど・・・」
オーブは反応しなかった。
「はい、それでしたら結構です。それではもう一つ、あなたたちは具体的な魔法の修練は積んでいませんでしたが、魔法の研究などはしていませんでしたか?」
「ノー。」
「以前は剣にしか興味なかったな、いいえだ。」
「私もそのようなことはしていませんね。」
「それも十年くらいは・・・」
「はい、聖神様のですよね。水の女神様の魔法はどうですか?」
査問員はすっかりミアの扱いに慣れていた。
「それならありません。」
「はぁ・・・そうですか。」
オーブは一度も反応を見せなかった。
「それでは最後に一つ、なにか秘密にしていることはありませんか?」
「あるわ。」
風雅の一言にオーブは反応しなかった。一気に怪訝になる査問員の表情。
「それはどういう意味でしょうか?」
「言ってはいけない秘密の一つや二つあるわよ。その質問は卑怯だわ。」
「・・・なるほど。それでは質問を変えましょう。この闘技大会を勝ち抜くに必要なことに関して秘密はありますか?」
この質問にはガリュー、ミア、シャイアスは困った顔を見せてしまった。なにせ、四人には女神様から助言をもらっているという秘密があるのだから。これに対して、風雅は即断で答えを出した。
「もちろんあるわ。こんな強力な魔法を使っていて秘密がありませんってわけないじゃない。そうね、はっきりいってあげる。この大会で不正は働いていない。これでどう?」
オーブは沈黙を保ったままであった。
「いえ、それでは皆が納得できません。それに不正をしていないというのはあくまでもあなたの主観に・・・」
「風の刃。」
突然のことに多くのものが反応できなかった。風雅は右手を地面に向け、最大パワーで風の刃を発動させたのだ。凄まじい風が舞い、地面には幅三十センチ、長さ三メートルほどのごっそりとした切れ込みが出来上がっていた。
「これを見せた方が早いわ。これが私が使える風の刃。そして見なさい、風の刃。」
今度は五十メートルは離れたところに転がっていた岩に高速の刃が飛んでいく。そして、本来はほとんど効果がないはずの風の刃が岩を削り取っていった。
「私たちはこういう訓練を大会までの五日間練習しただけ。私たちは魔法の調整って呼んでる。魔法は発動させるときのイメージで効果を多少変えられるのよ。」
「そんな方法が・・・オーブにも反応なし。そ、それについて詳しく教えてください。これは魔法の常識を書き換えるような発見ですよ。」
この時点で会場はかなりざわざわとしてきていた。
「詳しくも何もいったとおりよ。さっきのメテオも石の礫を最大サイズで作成して、火球の最大パワーで威力を増しただけ。そのままじゃ推進力がゼロになっているから、私が風の生成の最大パワーで押し出したの。」
「な、なるほど。つまりカルテット・マジックと呼んでいたのは協力して放つ魔法ということですか?」
「違うわ。カルテットは四人でって意味よ。私の里の言葉で四重奏って意味だから。」
「そういうことでしたか。いや、魔法使いでパーティーを組みことにこんな意味があるとは思いませんでした。」
「それで、その魔法の調整とやらはどうやって知ったのだ?」
突然後ろからかけられた声に振り向くと、そこには鎧を纏った騎士が立っていた。
「き、騎士団長。どうしてこのようなところに?」
「報告を聞いて興味を持ってな。このサラーサの街の守護を総括している騎士団長のジェイルという。魔法を合わせてみる、それくらいならば確かに魔法使い四人のパーティーだ。そういった発想も出るだろう。しかし、魔法そのものをいじってみようなどという発想は容易には出まい。」
「そうね。」
「だから、聞きたいのだ。その方法は思いついたのではなく誰かに聞いたのであろう。」
「うーん、ま、そうなるわね。」
そこまで話すとジェイルは腰に下げていた剣を抜き放った。
「それならば答えてもらおうか。私はそれが魔族ではないかと疑っている。魔族の放つ魔法はどれも強力無比。その魔法の神髄を教わったのではないか?さぁ、答えてみるが良い。」
緊張で気絶しそうなミアを後目に余裕綽々な風雅は迷わずに答えた。




