10年前が中学生じゃなくなって、私も少し大人びた。
桜吹雪の残り香の、落ちた花びらを踏みしめて歩く。
潰れて黒ずんで、熟れすぎて朽ちていく果実みたい。
後ろ手に提げたコンビニ袋。お尻ぶつかって、クシャクシャと揺れる。
星のない夜空と月。このままどこかの公園で、夜桜を楽しめばいいのかな。
楽しめたら、楽なのになあ。
「一度セックスしたくらいで、彼女面すんなよ……かあ。」
私って、重い女、なのかなぁ。
「あはは。ただいまー。」
って言ったら「お帰り。」って答えてくれる彼氏欲しいなあ。へへ、パンプスを脱ぐ解放感。脱ぎ散らかしても叱ってくれるお母さんもいない。
……はあ。最近、なにやってるのかな。
会社と自宅の往復ばかり。
気付いたら社会人3年目も終わって4年目に突入してた。
10年前が、中学生じゃなくなった。
その間に、色んな事が目まぐるしく起きてたんだなーって思った。
だってさ、そうでもなくっちゃコンビニでサッポロのビールと、焼き鳥のモモとカワだけ買って、テレビ見ながら黄昏れてるわけないじゃん。彼氏とデートとか、同棲とかしたいよ。そしたら料理だって頑張るし、インスタに可愛い晩ご飯も上げるし、ヨガとか行くよ。前の前にエッチしたのも半年くらい昔だし。
乙女でなくなったどころか、女ですらなくなっていく10年間。
新入社員で通用したのは去年度まで。最初の2年は先輩に連れられて、自分で使えるお金に浮かれて楽しかったなあ。バーとかそういうところに連れられて行って、知らない世界が開けていくのが楽しかった。あと高校とか大学の友達と一緒に、旅行とか行ったりしたし、オシャレなレストランとかも行った。
最近、それが少なくなった気がする。
いや、絶対少なくなった。みんな、何かに忙しくなってる。時間が合わなくなって、遊びに行く予定を立てなくなって、女子会も、忘年会とか新年会とかそういうのばっかり。
あーっ! もうヤダっ!
恋がしたい。疲れてないとき、感情に振り回されたい。
今は、泣くくらいでしか感情が動かない。あー今度、感動できるドラマとか見よう。
……はあ、これ食べたら資格試験の勉強しなきゃいけないし、明日の会議資料も読まないといけない。ドラマの中の恋愛は、私からすれば丸の内OLというファンタジーでしかない。
あんなの、ありえない!
――ワケじゃない。高校の同級生が、今まさにあんな感じの恋愛中なのを知っている。っていうかあの子、優等生キャラで通してたじゃん! それがなんで、って。むなしい。
鳥カワをチビチビと食べて、少し抵抗している気分に浸る。
そして、バラエティ番組に出ているイケメン俳優の、ドラマじゃ見られない顔にドキッとしたりする。
そんな毎日。
こんなハズじゃ、無かったんだけどな。
OLってさ。ドラマじゃもっと、こう、なんていうかさ。
少なくとも、平日のど真ん中から背中丸めてビールと焼き鳥を、美味しくいただくような存在じゃ、なかったと思うのよ。
いや焼き鳥に罪は無いのよ? すごく美味しいよ。帰ってから一人分の料理を作るなんて、まっぴらな私の支えなのよ? でもね。
独りっきりは、寂しいよ。
任せられる仕事の量が増えていくごとに、自分の能力の限界が見えてきて。それを超えられないこともわかってきた。こういうところが、勉強だけじゃないんだなって思う一方で、勉強してたらもっと出来たのかなって、理想のOLであるところの先輩が、脳内で語りかけてくる。なあなあでどうにかなった大学のゼミじゃない。
誰に見せる為なのかわからなくなったお化粧は、落とすときのサッパリ感を味わうためのデコレーション。明らかに、肌が疲れてきてる。
仕事に疲れて、会社の人間関係に疲れて、悪口ばかりの会社の女子会にも疲れて、ひとりでバーで飲むのは億劫だ。
私は、何がしたくて働いているんだろう。
イヤだイヤだ。形のない焦りばかりが、ずっと心に住み続けてる。
そのうち婚活とか、し始めるのかな。
きっと第一印象で良い人かどうかなんて決められないから、私だってスペックを見てしまうのだろう。ワイドショーで馬鹿にされる女になってしまうんだ。
はあ。5月半ばまでの新人研修が終わったら、すぐにOJTだって、私に後輩が付くんだって。
私も誰かの先輩になるんだってさ。
頼りがいのある先輩……じゃ、ないよね。
私も先輩みたいに出来る女オーラとか、出ないかな。ムリだろうな。
先輩は、どうやって頑張ったんだろう。
……いつの間にかイケメンの彼氏と結婚して寿退社しやがって!
きっと、いまだにピークがJKのころだと思ってるから、女性になれないんだろうな。入学祝でもらった3万くらいの腕時計をキレイなまま使い倒して卒業して、使い古しの腕時計をつけて大学生になって。
背伸びのファッションが、ようやくシックリしてきて数年経ったらイタイ若作り。
女でいるにはお金がかかるじゃん。
つら。
え、かっこいい先輩たちとか、本当に努力の塊じゃんか。ただ、女でいるだけで女子力求められすぎない? それでどこかに粗があれば、直ぐにボロが出たって噂話じゃん。
え、つら。
うん。まあね。だから、あれだけ熱心に遊びに誘ってくれて、お姉さんファッションを教えてくれたんだって、今ならわかるよね。
でもさあ。
私は甘えたいんだよ! もっとゆるくて可愛くなりたかったよーっ!
しかも、そんなイメージばっかりついて、取り返せない!
キャパオーバーだって何度言ったらわかるんだ!
痴漢されたことはあっても、セクハラを受けたことなど一度も無い! しろよ!
私の人生じゃ強くてニューゲーム出来やしない! パリピだったことなんて強引に誘われたハロウィンのコスプレくらいだ! そんな私が今のステータスを引き継いだって来世が上手く行くなんて到底思えない!
あーもーやだー。課長死ねー。
週一のパックが毎日に必要になったらどうしようって恐怖がわかるのか!?
ある日、厚塗りのファンデが割れる夢を見るんだぞ!?
夏の化粧が恐怖でしかないんだ! もう海には入りたくないんだよ!
もうやだよ。誰か慰めろよ……。
イケメン……。
はぁ……。
あ、時間だテレビ見よ。
ピッ。
「きゃーっ♡」
~fin~