september 5
東京帰りに投稿
(すみません。疲れています。疲れているので、適当に書いています。でも、何か書きたい気分で。
疲れている時だからこそ、何か書いて、誰かに伝えたいのだと思います。書いたものを実際に送ってしまうのは問題ですが・・・)
こんばんは。この手紙はただ弱音を吐くためだけに書かせてもらってます。うーむ。すみません。長くは書かないので、ご容赦ください。
未来が、未来の自分が信じられない時期に来ています。
なぜ、信じられないのか、自己分析してみたいのですが、仕事に明け暮れており体力的に難しく、はがゆいところです。
鬱ではないです。鬱は、なんとなく、克服法わかりました。僕の場合、ひたすら本を読んでたら、治るようです。
仮に、僕の鬱が、所詮自力で治せる程度の軽度の鬱であったとしても、ありがたいことです。
読書会、やばいです。
まあ、実質僕ともう一方の二人でやり取りしているのですが、この頃その相方が、本性?現して来て、びびっています。
彼女の知性がどんどん花開けば、と。
鞄工場を営まれている方と意見交流中です。
色々謎な人物です。こちらの問いかけに百二十パーセントの誠意で応えてくれるのですが、どういう経緯で鞄職人になったのかも謎だし、こちらの問いにあれこれ応えてくれることがさらに謎です。
人と人とが信頼するために、文章はとても役立つのではないか、と思っています。何故なのかはわかりませんが、少なくとも僕は、文章から、ともて個人的なにおいを感じてしまいます。
文章には、立場主義を超える何かがある気がします。職業だったり、家庭での役割だったり個々人がそれぞれ持つ立場とは別に、率直な思いが伝わるような気がします。願望の投影かもしれませんが。
色々散発的に考えているのですが、退屈、について考えています。
そして退屈を癒す方法。
何故だかわからないのですが、僕は退屈を感じると、生命を削られている感覚がします。限られた人生時間が刻々と削られていることを強く意識して怖くなります。
退屈を癒す、というか、時間の流れを意識しながら、その感覚に恐怖したり、苦しんだりするのが退屈だとすると、時間の流れを意識しながら、その流れを心地よく感じる感覚は安心なのかな、と思っています。
なんだかよくわからない説明です。
単に、退屈で退屈で苦しい時、この退屈さが解消された状態を想像したら、安心、が思い浮かんだだけです。
心の底から安心すると、頭の中が真っ白になります。その感じがすごく好きで、だれもがあの感じを味わえれば良いのに、と思っています。でも、きっと、ほとんどの人は安心感になど興味もなく、鬱憤やら、怒りやら、形式的な友好関係やらで満たされています。
誰もが幸せなら、この世界はそれでいいはずなのですが、誰もが幸せという状況が思い描けません。
色々とうんざりしてしまいます。誰もが幸せならそれだけでいいはずで、それはそんなに難しそうなことに思えないのに、何故か現実はそうでないように感じられる。
夢物語ですが、誰もが、家族のようになれたらよいのに、と感じます。支配関係のない家族です。
将来実現するつもり(でも自信はない。未来が信じられない)のことに、日本各地に民営の図書館を生み出すというものがあります。大したアイデアじゃありません。日本各地にいる本好きの人本集めが好きな人たちと協力しあって、日本各地に民家兼図書館をつくりたいです。つくりたい、というかそういう社会になれたらいいな、と。
正直、お金のために働くことがきらいです。もっといえば、働くことそのものがあんまり好きじゃないです。人間そんなに働かなくても生きていけるのに、どうしてお金の論理ばかり振り回されるのだろう、としんどくなります。お金なんてただの紙くずなのに。
テーマある読書を多くの人々と共に取り組めたらと思っています。
神話について学ぶことで、人間が現状維持に固執する仕組みが学べる気がするし、
マルクスを読めば、お金の呪縛から自由になれるだろうし、
いくつかの自伝などを通して、自分らしく生きる方法を模索したいです。僕一人がそれをするのではなく、より多くの人たちと共に学んでいきたいです。
誰もが心の底から満足を感じられる未来が良いです。少なくとも、まだその未来はたどり着いていません。
誰もかれもが幸せになれば良い、と思いながら、きっとそれは無理なんだ、と思います。あるいは、もうすでに、今あるこの世界の中で幸せを感じてしまっている人たちはダメなんじゃないか、という偏見があります。
多くの点でおかしいことだらけの、この世界で、すでに幸せを感じているのは、あほなんじゃないか。これでいいと満足している人は変なんじゃないか。変なのは僕の方なのだろうとも思います。幸せの意味が全くよくわからないでいます。
楽しいこと嬉しいことは山のようにあるのに、幸せが感じられない。
たぶん、一人で学んでいたって、きっと、誰の救いにもならない気がします。より多くの人と、共に学ぶことができたら。みんなが幸せになるために、より多くの人たちと少しずつ少しずつ多くの人々とともに学べたら、
きっと、うまくいくと信じているのですが、目に見えない壁を感じています。きっと、すべてが、うまくいくと信じていますが。
こんな時期もあった。俯瞰。




