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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

委員長のゲンちゃん

作者: 新藤広釈


 1話 静かな教室


 クラス内は静まり返っていた。

 初めこそ、友達ができるだろうか?

 ここに未来の恋人がいるかもしれない!

 そんな期待と不安の入り混じるこそばゆい空気に包まれていたが、一人の生徒がクラスに入ってきて空気が固まった。

 どう見ても二十代、いや三十代のオッサンだ。

四角い顔、アゴが割れていて青髭、華奢で背も低いが、掌はチンパンジーのように太く立派な体毛に覆われている。ただ瞳は一子相伝の暗殺者のように鋭く悲しみに満ちていた。

「マジで同級生か? なんか1歳とか2歳差じゃねぇよな、あれ」

 大屋牧人は横目で見ながら冷や汗を流す。同じ学生服を着ているので同じ学生のはずだ。他の生徒も声をかけてもいいものか、口を閉ざした。

 重苦しい空気の中、チャイムが鳴り担任が入ってきた。

 古文の先生らしくしゃっきり爺さんで、灰色のストライプ背広を着こなしたロマンスグレイだ。よく声の通る声で入学おめでとうから始まり、長々と学校生活はどうたらこうたらと話し始めた。

「あ~、いかんいかん、話しすぎちゃったなぁ。クラス委員を決めなきゃいかんのだわ。とりあえず立候補あるか?」

 スッ

 クラス全員が息をのむ。

 そう、あのゴリラが手を上げたのだ。

「あたし、委員長に立候補するわ!」

 オカマかいっ!

 新学期早々、クラスの生徒たちの心が一つになった瞬間だった。




 2話 委員長の減さん


 6時間目が終わり、やっと帰れるとほんのわずかな解放感に包まれる教室。

 牧人の周りに男子たちが集まってきた。

「オレらのクラス、美人多いよな」

 三浦正治は早速制服を着崩して、赤いシャツを見せている。毛先が金色で、さっそく先生に注意を受けていた奴だ。

「國本紬とかさ、笹木知子とかさ、結構イケてるよな」

「わかる」

 牧人もそれに頷いた。

 美人で長い黒髪の國本紬、明るくクラスのマスコット笹木知子。それ以外にも地味だが整った顔の女子たちばかりだ。

「ゲンちゃん! 大すき!」

「もう、トモちゃんったら!」

 その可愛い女子たち女子たちの中心にいるのは、あのゴリラのようなオカマだ。

 関場源太。

 こう見えて普通に同級生だそうで、そうそうにカミングアウトしてきた。

 体はオッサン、心は乙女。

 とても信用できない話だが、女子たちはあっさりと受け入れてしまった。

 彼女(?)は見た目と違って社交的で、クラス委員にあっさり決定した。男子たちもそのことについては、別段問題ないと思っているぐらいだ。

「もう、ダメでしょ、トモちゃん。もう高校生難からお淑やかにしないと!」

 低い声を無理やり甲高くした声に、男子一同うんざりとした。

「どうせ女子にモテようとしてウソ言ってんだぜ」

 牧人が思わず愚痴っぽくつぶやくと、三浦は「ありそうだな」とのってきた。

 そうすると男子たちが集まってきて「あの顔で心は女子とか信じられねぇよな」「つーか年齢ごまかしてるぜ」と、みんな同じことを思っていたのだろう、ひそひそ声で源太の悪口を言い始めた。醜い男の嫉妬だ。

「はーい、着席」

 間違いなく誰よりも気だるそうな担任が入ってきて、特に報告することもなかったのだろうすぐに解散を告げた。

 部活動や帰宅部が教室から出ていく。そんな中で掃除当番は残らないといけない。

「ったくよ、高校になっても掃除とかすんのかよ」

「野球部掃除免除だってよ、オレも野球部に入ろうかな」

 三浦はホウキをバッド代わりにぶんっと振った。

「ちょっと男子! ちゃんと掃除しなさいよ!」

 おめーも男だろ!

 牧人と三浦は思わず心の中でツッコみを入れてしまう。

 國本と笹木の「そーだ! そーだ!」という瞳を受け、二人はしょうがなく体を動かす。椅子と机を後ろに下げて、適当にゴミを集めて捨てるだけだ。中学生の頃と違って簡単な掃除なので少人数でも苦にはならない。

「あん! ヤダ重い!」

 オッサンの喘ぎ声に二人してずっこけそうになる。

 國本は机の中を見て、男子に不満そうな目を向ける。

「男子って学校に教科書置いて帰るわよね。勉強する気あるのかしら?」

「俺は持って帰ってるよ」

「ははは」

 三浦は笑いながら視線を逸らした。

「委員長、それ俺が運ぶよ。軽い机下げろよ」

「やっぱ男子って頼れる!」

 源太は肘で牧人の腕をつつく。

 その時、牧人の鼻孔にファンデの優しいにおいが入ってきた。

「あ、委員長髪伸ばしてるんだ」

 見事な剛毛、伸ばせばきっと綺麗なロングヘア―になるだろう。




 3話 委員長のいる景色


 一か月も経つと、男子たちも源太が乙女の心を持った女子であることは認めざる得なくなっていた。

 こういうものは感覚でわかるものだと牧人は反省していた。

「俺が最初に煽ったもんだから、男子と溝ができちまったよなぁ」

 当たり前だが源太は女子よりも男子と一緒になることが多い。男女で別れる時は当然男子側だし、体育の着替えなど気まずくてしょうがない。

「なんとかしないとなぁ」

 考え込み、牧人は少し一人になりたくて授業合間のトイレ休憩に一階にある自動販売機に向かった。

 さすがに5分休憩でジュース買いに来ている生徒は少ないようだったが、販売機の陰に誰かいるみたいだ。

「なんなんだテメー、調子乗ってんじゃねぇぞ」

「目障りなんだよ、お前はよ」

 牧人は驚き息を詰まらせる。

 男子に絡まれているのは、源太だった。

 ゴリラのような顔で肩を萎め、震えている。

「おい」

 牧人は連中に向かって声をかけた。

 男子たちも見覚えがある。國本に告白して断られた上級生だ。源太と仲良くしている姿を見て因縁をつけているのだろう。

「うちの委員長に何やってんだ」

「なんだてめぇ?」

「クラスの生徒だよ」

 睨み付けてくるが、別に因縁付けることなく舌打ちして離れていく。そりゃ女子にフラれてイラついてたから絡んだとか、ダサすぎて言えんだろう。

「大丈夫か、委員長」

「う、うん」

 よほど怖かったのだろう、源太はその場で座り込んでしまった。

「あ、ありがとうね、大屋くん」

「あいつら、いつ頃からつっかかってきたんだ?」

「うんん、今日が初めてよ」

 手を差し出して、彼女を立ち上がらせる。

 ごつごつとした職人のような手をした、男が憧れる手をしている。

「なんかあんなら、すぐに言えよ。あんな連中クラス全員でかかったら敵じゃねぇんだから」

「うん!」

 牧人はすぐ隣の販売機から自分用のパックの甘いコーヒーを買い、その隣にあったパックのイチゴ牛乳を買って、源太に投げて渡した。

「あ、ありがとう。今お金出すわね」

「けち臭いこと言うなよ」

 牧人は少し照れながら、言葉を続ける。

「女子に金出させるわけにゃいかんだろ」

「大屋、くん」

 源太はこぼれそうな涙を太い指で拭い、頬を染めながら微笑んだ。




 4話 大和撫子?


 昼休み、クラス内は賑わっていた。

 食堂は狭いので食べたらすぐに追い出され、校外に出るのは言語道断。グラウンドに体育館、クラブ棟も利用できない。となると、結局自分のクラスから出ることができないわけだ。

「案外不自由だよなぁ」

「クラブ棟は利用できたらしいんだけどさ、卒業した先輩が入り浸ってゲームしたりラブホテル代わりに利用してむちゃくちゃしたらしんだ。だから教師連中が厳しくしたみたいだぜ」

 野球部の、坊主頭をした友人が訳知り顔で言ってきた。

「そんなの俺らにゃ関係ぇねぇじゃん」

「だよな」

 だらけた男子に、だらけた女子が教室に茹だっていた。

 男子がいるにもかかわらず、女子は机の上に座って生足を見せびらかすように投げ出していた。パンツが見えそうでドキドキする男子たちをしり目に、彼女はアルコールの匂いを漂わせながらマニュキアを塗っている。

「ねぇねぇゲンちゃん、これどうかな?」

 塗ったばかりの爪を、ほかの女子たちとファッション誌を見ていた源太に見せてきた。大きな手で掴んで、うーんと唸る。

「ムラサキの色ちょっと濃いすぎじゃない? あっちゃん可愛いんだから、ピンクとかファンシー系の方が絶対似合うって」

「うっそ、わたしかわいい系だったの? カッコいい系がいいんだけど」

「だったらなおさらよ! ファンシーでも自信を持ってやってる子ってかっこいいわ。ほらこれ見てよ、ほとんどコスプレだけどカッコいいでしょ?」

「ああ、この子好き! そうよね、冷静に見たらコスプレよね」

 きゃいのきゃいの言いながら源太を中心に女子軍団ができていた。その様子を、男子たちは眉をひそめながら眺めていた。

「サイアクだぜ、オレ今日だけで3回パンチラ見たよ」

 三浦が顔をしかめながら愚痴ってくる。

「いつから日本の女子ってあんなに下品になったんだ?」

 ありがてぇ話じゃないかと思うが、牧人は口を出さないことにした。

「で? 大屋は誰が好みよ」

「まだ何ともな。三浦はどうなのよ」

「ぱっとしねぇなぁ。オレの好みはやっぱ大和撫子だからなぁ、このクラスはキッツいな」

 集まった男子たちの表情は、なんとも微妙なものになった。

 大和撫子、風の女の子はいる。國本だ。

 長い黒髪の美少女。今どき珍しい学校のアイドルと言っていいだろう。彼女を狙ってるのはここのメンツでも沢山いるはずだ。

「典型的な清楚系ビッチはいるかもな」

 男子たちは「うっ」と言葉を詰まらせる。

「べ、別にそれでもいいだろ」

「むしろそれがいいだろ」

 やはり彼らも気づいているのだろう。

 奇麗な長い黒髪は他の女子と違い、キラキラと輝いている。禁止されている美容院に行っているのは間違いないだろう。ほんのりと化粧もしているのがわかるし、スカート丈も明らかに短い。

 ちらちら男子に視線を送っているのはクラスの男子は全員知っているし、男子に気さくに話しかけてくるのは人当たりがいいからじゃないことを聡い男子は気が付いている。

「オレ、委員長と仲良くなりたかったんだけどなぁ」

「お、お前・・・」

「変な意味じゃねぇからな!?」

 妙に焦りながら否定してくる。

「オレってチビだろ? 中学の頃マジのヤンキーに絡まれて軽くイジめられててさ、渋い男とか憧れてんだよ。委員長男気ありそうだろ?」

 ああなるほどと、みんな素直に頷いた。

 見た目だけならばまさにおとこ、少女マンガに出てくる美形に憧れはするが、やはりアニキに憧れる心は隠せない。

「ああいう男になりたいなぁってさ」

「気持ちはわかる」

「野球部の先輩全員オッサン顔ばっかりだけどさ、委員長にはかてねぇな」

 ゲラゲラ笑っていると、パトスを持て余しはしゃいでいた男子がヨロけて窓ガラスに寄り掛かる様に手を差し出した。

 丈夫そうに見えたすりガラスは容易く砕け、ガラスが勢いよく飛び散る!

「動くんじゃねぇっ!」

 源太の怒声に、背中からガラスに突っ込んだ男子すら動きを止める。源太は風のよう駆け寄り、突っ込んだ男子の怪我はないか調べ始めた。

「って」

 三浦はいきなり服を脱ぎだすと、腕をむき出しにする。そこからゆっくりと赤い線が浮かび上がり、血が流れ落ちた。

「おい大屋! お前ホホから血が出てるぞ」

 驚いて触ると、ぬるりとした感触と鋭い痛みが走った。三浦もそうだが、大屋もあまり深い傷ではないようだ。

「二人とも! 怪我したのっ!?」

 源太はすぐさまこちらにやってきた。突っ込んだクラスメイトの方は怪我がなかったようだ。

「大丈夫、たいした怪我じゃないよ」

「ええ、本当ね。男の子なら絆創膏で十分だわ。でも傷が広いから保健室に行ってきて」

「うっす」

 源太から渡されたピンク色のハンカチで傷口を抑えながら二人して保健室へ向かった。

 案の定傷口は浅く、大きな絆創膏を貼られてガーゼで覆って終わりだった。教室に帰ってくると割れた窓は外され掃除も終わっていた。

「はい、三浦くん。切れてた制服、とりあえず仮縫いしておいたわ。ちゃんと補修してもらった方がいいわよ」

 上着を受け取り穴があった場所を調べる。わかりやすいように白い糸でとても丁寧に縫われていた。

「委員長、縫い物とかできるんだ」

「自分で服とか作っちゃうんだから」

 チャーミングにウィンクして女子グループの元へと帰っていった。

 三浦は何故か委員長に目を向けたまま、受け取った制服を抱きしめた。

「しっかりしろっ! 相手は男だぞ!」

 牧人は慌てて友人の肩を揺さぶった。




 5話 ある日


「あー、もうカレシほし~」

 國本の愚痴に、周囲の男子たちが耳をそばだてる。彼女はいつものように委員長と一緒にお喋りをしながら、枝毛を探していた。

「独り身が寂しいわ」

「もう、下品よツムギちゃん」

「私さ、中学の頃真面目でしたから、男子とお付き合いしたことないのよね。だから興味津々なの」

 あれは間違いなく周りの男子に聞かせている。しかし、牧人でさえドキドキしてしまう男子の悲しいサガだ。

「トモちゃんもそうでしょ?」

「わ、わたし!? わたしは、うん、欲しいけどさ」

 クラスのマスコット笹木知子は恥ずかしそうに俯いた。

 可愛い!

 男女関係なく思わず握りこぶしを握ってしまう。

「ああもう! 別にわたしはいいでしょ! あ、そうだ!」

 笹木は源太に抱きつく。

「ゲンちゃんが彼氏になってよ!」

「何言ってんのよ、トモちゃん可愛いんだからすぐカレシできるわよ!」

「やーだーっ! ゲンちゃんがいいの!」

 逞しい手を掴んで左右に振り回す笹木。そうしているとスマホをいじっていた女子たちも集まってくる。

「委員長はわたしの嫁だからダメぇ」

「はぁ? ゲンちゃんとは私とデキてるんですけど?」

 オッサン顔の青髭男をクラスの女子たちは奪い合いが始まった。源太はやれやれとため息をついた。

「あたしにだって選ぶ権利はあるわ」

「キーッ! 生意気!」

 きゃきゃと騒ぐ女子たちに、妙な敗北感覚える男子たちだった。

 牧人は少し迷ったが、委員長の周りから女子がいなくなることはないだろうと諦め立ち上がる。内心ガタガタと震えながら女子グループに近づいた。

「委員長、これ」

 ラッピングされた袋を源太に差し出した。

「ハンカチ。血が取れなかったから、新しい奴」

「やだ、別にいいのに」

 委員長はどこかはにかみながら微笑んだ。

 ・・・・・・少し可愛いと思った事に泣きたい気分にさせられた。

「えーヤダー! ゲンちゃんもう彼氏いるのぉ!?」

「ゆるせなーい!」

 想定した通り女子からヤジが上がった。

「ち、ちがうわよ! 大屋君困ってるでしょ!」

 慌てる源太に、牧人はさっさ背を向けて後を任せる。

 國本は不満げに、牧人の背中を睨み付けた。

「はぁ、疲れた」

 ひどく憔悴して三浦のもとに帰ってくると、何故か睨みつけてきた。

「ここまで堂々と抜け駆けしてくるとは思ってもなかったぜ」

「しっかりしろ!」

 友人はもうだめかもしれん。




 6話「お手を、お姫様」


「この後マイムマイムの練習があるから! 体育館に集まってね!」

 毎日忙しそうに動き回っていた源太がプリントを配りながら声を上げた。

 プリントに目を通すと、夏休み前に体育祭をするらしく最後にはマイムマイムで締めるらしい。

「い、いまどきマイムマイムかよ」

「すっごくダサくない?」

 男女とも微妙な表情を浮かべるも、互いに意識した視線を送る。

 あーあ、だりぃとか言いながら、黙々と体育館に向かう。

「なるほど、クラブ棟がヤリ部屋になるのはこういう理由からなのか」

 牧人は合点した。

 体育館には一年生が集まり、輪になって座らせると中心には何と担任のお爺ちゃん先生が立った。白いシューズを履いて、ふくよかな数学の先生と聞き覚えのある曲で楽し気にダンスの講習が始まった。とりあえず男女別れてやってみることになる。

 問題はそこで起きた。

 委員長が女子グループに入ろうとしたとき、別のクラスの女子たちが難色を示したのだ。冷静に考えれば当たり前の事なのだが、牧人のクラスはその当たり前がすっぽりと抜けていた。

「別に委員長が女子の列に入ってもいいだろ!」

 息まく三浦に少し、いやドン引きしながらも頷く。クラスの女子に囲まれ抗議する女子たちを、源太は止めた。

「いいのよ。変な事言ってるのはあたしの方なんですもの」

「だけどさぁ!」

「お祭りは楽しく! ね?」

 源太に言われ、女子とクラスの面々も渋々納得した。

「・・・」

 委員長には後ろめたさがある。

 ハンデキャップがる中で、自分を卑下することなく頑張っている人に陰口をたたいて傷つけてしまった。

 なんとか、罪を償わなければいけない。

 覚悟を決めてとぼとぼと男子グループにやってくる委員長の前に立つ。

「お手を、お姫様」

 イギリス紳士のように手を差し出し、頭を下げた。

 源太は驚きながらも大きな手を合わせた。牧人は恭しく男子のグループにエスコートすると、意図が分かったのだろう男子たちは手を叩いたり頭を下げたりして向かい入れた。

 自分たちにできることと言えば、委員長を女子として男子グループに受け入れたという事を示すことぐらいだ。

「ありがとう、牧人くん」

 やべぇ、名前呼びに格上げされてしまったと、戦々恐々としてしまう。

が、嬉しそうな表情に、仕方ないと諦めた。




 7話 國本さん


 しばらく静かな時間が過ぎていた。

 夏休み、そしてテストが近いこともあるだろう。

 だけどそれ以上に、クラスに委員長の姿がないからだ。

 体育祭の準備のために、クラス委員は放課後集まって準備をしているのだ。委員会という部活動を行っているようなものだ。

「やっと普通の学校になったみたいだ」

 牧人はホッとしていた。

 やっと普通の学校生活が始まったような、どこか怠惰で不完全燃焼な日々。

 その日、牧人は学食にパンを買いに行っていた。

 グラウンドには、生徒会や委員長たちが集まりお喋りをしながら食事をしている。紙花で彩られたゲートが壁に立てかけられ、白いラインも引き直されている。

 さすが学校紹介パンフレットでイベント事には全力を尽くしますと書かれてあるだけあって、かなり手間がかかっているみたいだ。

「大屋くん?」

「國本さん」

 偶然階段から降りてきた彼女と出会った。

 彼女は牧人の目を見て微笑み、その真っ直ぐな視線に思わず顔をそむけてしまう。

「二人っきりって初めてですね」

「うん」

「掃除当番一緒だけど、あんまり話さないですしね」

 國本どころか女子と二人っきりってことがない。

 ドギマギしている牧人と違い、彼女は積極的に話しかけてきた。

「今日はパンなんだね」

「お、おお」

「いつもはお弁当だよね、どうしたの?」

「これからは学食に変えようと思って」

「そうなんだ」

 ふーんと上目使いで近寄ってきて、思わず身を引いてしまう。

 近くで顔を見ると、思っていた以上に幼く見える。まるで中学生、美人というより可愛らしい。言動で身構えていたところはあるが、男子たちが魅了されるのもしょうがないほどだ。

 すると、彼女はくすくすと笑いだした。

「案外度胸ないですね」

「な、なんだよ」

 ムッとするも、実際直視もできない体たらく、偉そうなことは言えない。

「だってさ、ドリンクコーナーでゲンちゃん守って上級生の男子追い払ってた」

 驚いて國本に顔を向けると、やっと目があったと微笑んだ。

「カッコよかったじゃん」

 彼女は、元々一緒に廊下でしゃべっていたところに二人の男子がやってきて、源太を連れて行ったらしいのだ。助けを呼ぼうとした時に、牧人が通りかかって、そのまま追い払うのを見ていたらしいのだ。

「マイムマイムの練習のときだってカッコよかったし、もっとがつがつ来る人かと思ってました」

「普通だって」

「だったらさ、今日から普通の人が好みですって言おうかな」

 いたずらっ子のような笑みを浮かべる彼女に、頬が熱くなっていくのがわかる。

 間違いなくあざとい。

 だけどそれでもすごく可愛い。

「あ、ゲンちゃん!」

 國本はグランドを駆ける源太を見つけ大きく手を振る。

 委員長はこちらに気が付くとパタパタと走りながらこちらに来た。

「あら、珍しい二人組ね!」

「そこで会っただけ、取らないって!」

 ゾッとするようなことを言って國本は源太の腕にしがみついた。居心地が悪くなり、早々に離れたい気持ちになってきた。

「忙しいみたいだけど、試験勉強とか丈夫なの?」

 気持ちとは裏腹に、思わず尋ねてしまった。

 源太は嬉しそうに頷く。

「心配してくれてありがとう! でも大丈夫、委員会の中で勉強会があってね、そこでみんなで勉強するの! 上級生ばかりだからいっぱい教えてもらえたわ!」

 微笑みが絶えない委員長に、何故か國本が不機嫌そうな表情を浮かべる。

「ゲンちゃんは私たちといるより生徒会の方が楽しいんだ」

「あらやだ! あたしはツムギちゃんと親友よ!」

「本当?」

 キャーっ! と抱き合う二人。

 オッサンと美少女が抱き合う絵は、なかなか犯罪的だ。

「あっ、源さん、ここにいた!」

「もう! 手伝ってよ!」

 グラウンドから見知らぬ生徒が委員長に話しかけてきた。

「ヤダ、ごめんなさい! ごめんね、もう行くわね!」

 源太は見知らぬ生徒たちのもとに向かってしまう。

 すぐに沢山の生徒に囲まれ、ここでも中心になっているみたいだ。オッサン顔だから頼りになるように見えるのか、2年や3年の生徒も源太の指示に従順にしたがっている。

「なによ、ゲンちゃんは私たちの委員長なのに」

「・・・・・・」

 激しく動揺した。

 ふてくされた國本の愚痴に、賛同する気持ちになったからだ。




 8話 竹馬の友


 試験は終わり、体育祭が始まった。

 体育祭はお祭りのようで、大きなゲートに一般客席が用意されていて、家族だけでなく近所の人たちも多く集まっている。

「なんか、こういうのいいな」

 シートが敷かれ早くも食事をしている人や、カメラを回す父親らしき人もいる。ひとつだけだが露店も出ていて、すでに人だかりになっていた。さすがに普段は見ない警備員も巡回しているようだ。

「よ、大屋」

「おお、篠田。なんか久しぶりだな」

 声をかけてきたのは、中学の頃の友人だ。

 クラスが違ってしまったので随分久しぶりに顔を合わせた。

「なんかお前印象変わったよな、眼鏡取ったんだ」

「お、おお」

 篠田は中学の頃は間違いなく一番頭がよく、大きな眼鏡をかけている印象があった。だが今は日に焼け、眼鏡を取り随分筋肉もついているように見える。

「俺、陸上部に入ったんだ」

「え」

 腰に手を当て、不愉快そうに息を吐く。

「高校じゃ通用しない。塾に通ってたわけじゃないし、頭のいい奴らばっかりだ。だから方向性変えたんだよ」

「そ、そうなんだ」

 牧人はショックを受けていた。篠原は大人しい部類の人間で、間違っても斜に構えた態度を取るような人間じゃなかったのだ。

「つーか体育祭とか面倒だよな。まるで小学校みたいで、幼稚だ」

「お、おお」

「クラスの連中もみんな文句言ってるよ、受験戦争はもう始まってんのに、何でこんなことして遊んでなきゃいけないんだってね」

「なんか殺伐としてるな」

 競技場から歓声が上がった。

 障害物競走で一等になったクラスが抱き合いながら喜んでいる。

「羨ましいよ、あんぐらい能天気でいたいね」

 篠田は鼻で笑うと、牧人に手を上げ離れて行った。

 牧人はその背を見送り、騒いでいたクラスに近づく。

「うっしっ! まずは一番だぜ!」

 三浦は嬉しそうに牧人の背中を叩き、自分の競技を確認し始めた。グラウンドでは一番になった生徒を源太が抱きしめている。

「おーし! やるぞ大屋! 燃えてきたぁ!」

 やたらとテンションが上がり始めた三浦に、ドン引きする牧人だった。




 9話「正しい選択」


 採点システムは妙に細かく、クラスごとに点数が入っている。最終的には総合優勝、学年別優勝、白対赤優勝の3部門で優勝が決定される。点数の加算は生徒会で細かな計算がなされているらしい。

 高校の体育祭だというのに盛り上がっているのは、祭りが終われば夏休みだという事でテンションが上がっているだけじゃなく、生徒会の細かな気配りも理由だろう。

 あとマイムマイム。

「ま、そうじゃないクラスもいるけどな」

 言わずもがな、篠田のクラスだ。

 よく言えば物静か、ありていに言えばやる気が全然ない。そのくせ、1年の得点トップをずっと維持している。

 篠田のクラスは成績のいい学生が集められた特進クラス。成績だけじゃなく、運動もお前ら落ちこぼれとは違うんだよというような言わんばかりの活躍だ。

 牧人のクラスは僅差で二位にどうにか食いついている。

「これ取れば一位だぜ」

「おう」

 三浦の言葉に、牧人も頷く。

 最終競技、クラス対抗リレー一年の部。

 団結力だけなら特進に負けていない。だが相手は、勉強ができるだけのクラスではない事は間違いない。

「あたしが出ていいのかしら」

 源太が申し訳なさそうに言ってきた。

 男女の数が決められていて、当然だが源太は男枠に登録されている。

 かなりの接戦、ここで男枠を一人女性に割り当てるのは結構ハンデだ。

「最後はやっぱり委員長が参加しないとな!」

 三浦の言葉に、女子たちはもちろん男子たちも頷いた。

 確かに接戦、だがそれ以上に源太には参加してもらいたい。そちらの方が大事だ。

「みんな・・・」

 源太は感動し目を潤ませ、大きな拳を固める。

「あたし、頑張る!」

 こうして、最後の種目が始まった。

 グラウンドにスタートの合図、銃声が鳴り響いた。

 一番手は女子、だがさすがは特進クラス、女子の足も速い。

 ぴゅーんと一気に一位に躍り出た。

「くそ、委員長、篠田と同じ走者かよ」

 ウォーミングアップをする篠田は、いち早くバトンを受け取ると、恐ろしいスピードで走り始めた。さすがは陸上部、昔のメガネ君とは人が違う。

「うおおおおおっ!」

「!」

 2位でバトンを受け取った源太は、いつものナヨナヨした走りではなく、勇ましい男の走りを見せた。まるで暴れ牛、信じられないスピードで篠田に迫っていく!

「行ける! いけ!」

「おいおい! 委員長どんだけ足早ぇんだよ!」

 コースのカーブ、まさに篠田を抜こうとした瞬間だった。

 源太は、地面に転げ倒れた。

 慌てて立ち上がるが、その横を別のクラスが通り抜けていく。

「篠田っ! やりやがったな!」

 コース内にいるリレーの選手だけわかった、篠田は源太のレーンに足を入れ、引っかけて倒したのだ。だからこそ、源太は激しく倒れこんだ。

「おい、三浦」

「おう」

 委員長はバトンを渡したが、今にも泣きそうな表情だ。

 そんな彼女を見て、男子一同頷いた。

「一番サード、予定の野田。行くぜ」

 坊主頭の野球部がレーンに入りバトンを受け取った。

 一番を任せられる足じゃないが、その気合はまさしく一番。

「國本さん!」

「おっけ!」

 髪を縛った國本は奥歯をかみしめ、女を捨てて走り出した。

「ダイエットで走りこんでる私を舐めんな!」

 その足は、女子の割には早かった!

 次に笹木にバトンが渡る。

「うちのゲンちゃん泣かせて! 許せない!」

 小動物のように、かなり早い。

「ぬおおお! みててくれ委員長!」

 結局帰宅部を続けている三浦も思いのほか足が速かった。

「大屋!」

「おう!」

 家が山の上にあり、小学生の頃夏祭りのビンゴ大会で当てたママチャリで登下校をしている間に足腰が丈夫になっていた牧人は、存分にその足を生かした。




 エピローグ


 怒涛の追い上げで次々と追い抜いていったが、とうとう特進クラスには届かなかった。

「ごめんね、みんな。あたしがこけちゃったから・・・」

 涙ぐむ委員長に、牧人はサムズアップで答える。

 そうしたら、リレーに参加したメンバーが全員サムズアップをして源太を迎えた。

 委員長はあれほど派手に転げたが怪我もなく、いきり立つ男子たちをなだめて篠田を許してやってくれと頭を下げられたので、拳を下げるしかなかった。

 当人の篠田は素知らぬ顔で、さすがに殺気立ってしまうが。

『みなさんお疲れさまでした! 最後はマイムマイムで終わりです! どうぞ一般来客の方々も参加してください!』

 話題を変えようと夏休みみんなで一緒に遊びに行きましょうと源太に誘われ、その話で盛り上がっている間にリレーも終わっていた。

 マイムマイムの曲が流れ始める。

「ったくよぉ、めんどくせぇよなぁ」

「子供じゃないんだからねぇ」

 そう言いながらそわそわが隠し切れない男女を、源太はくすくすと笑っている。

 牧人は、何となく声を上げて笑った。



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