プロローグ -入国-
歩いて来たのは、花の無い道だった。
吹き荒ぶ砂風に塗り潰されたようなボロの外套に、物を容れるためだけの皮の鞄。ズボンは黒くて夜の色。荒地を踏むのは灰の靴。
どこを取っても味気なく、みすぼらしいとの言葉が似合。……自分のことを「セン」と呼ぶ少年に対する第一印象は、この国の誰をとっても概ねそのようなものになることだろう。
「何処から来た某だ。出自を申せ」
入国を取り締まる兵士が、少年の前に槍を翳して問う。それに交差させるように、もう一本の槍を翳した兵士が続けた。
「出自の分らぬ不審者を我が国に入れる訳にはいかぬ。ましてや貴様のような恰好の者は、特に」
年季の入った厳しい顔は、ともすれば家庭に帰ってもそのままではないのかとさえ思われる。
しかし、目の前の少年の怖じた様子がないのに、もしかしたら自分の顔はそんなに怖くないのではないかと、この兵士はバカげた希望を浮かべた。
「……そんなに怖い顔をなさらなくても。僕はヘンリース領からやって参りました、センという者です。財務大臣殿宛の書簡を持って参りました、エリシャ・ヘンリース卿の使いです」
すぐに打ち砕かれた希望を心の墓に埋めながら、厳つい兵士は驚いたような顔を浮かべた。
彼の驚きを代弁するように、並び立つ若い兵士が言葉を上げた。こちらは、得心のいったような顔で。
「――ああ、なるほど。お前さんのことだったか、魔法卿の愚痴係ってぇのは」
「……僕は別にそんな風には思ってないのですけど」
苦笑いを浮かべる少年をよそに、兵士たちは槍と頭を潔く下げた。別に敵意があったわけでもなし、自分たちが他所の国の使者に礼を欠いたのは理解していた。厳つい男が代表して詫びる。
「失礼した、使者殿。改めて、貴方の入国を許可しよう。
楽園国エリシラ、その中央へ。……ようこそ、いらっしゃった」
敬礼する兵士たちの背後から風が吹く。
砂漠の大気に、複雑で壮麗な花々の香りを溶かす風が。
初めて作品を投稿します。鷺野由紀です。
小説自体は同人方面で別名義で書いてました。
わからないことも多いので、不備や問題点あればご教示くださいませ。