ゴスロリータと平凡男子
今回はちょい早めの投稿
「頭いてぇ…」
柚木はずきずきと鈍い痛みを訴えてくる頭を抱え、のっそりと腰を降ろした。
大学構内にあるカフェ。言うなれば学食と言うもの。
先ほど自販機で買ってきた紙コップ入りのコーヒーを、ゆっくりとすする。
一瞬コーヒーによって緩和された頭痛は、香りが通り過ぎるとともに再度復活した。
昨日授業中に寝たのが悪かったかな。
思いがけず熟睡してしまった授業を思い出し、柚木は渋面を作った。
梅雨によってじめじめと蒸し暑い教室内は、いつも以上にクーラーが効いていた。
薄着をしていた上にぐっすり20分も寝てしまったせいで、どうやら風邪をひいたらしい。
もうすぐテストだってのに。
はぁ…とひとつため息をついて、深く椅子にもたれかかる。
こうでもしていないと、頭痛で重くなった頭を支えられそうにない。
今日は誰にも会いたくないなー…。
「柚木先輩!?」
…カフェに来るのは間違いだった…
仕方なく首を回して後ろを振り返ると、そこには高い位置で髪をひとつに結んだ雪が、白い肌をさらに白く、寧ろ真っ青にして立っていた。
「どどど、どうしたんですか!?」
いつかのように隣の席を確保して、雪は柚木を覗き込んでくる。
あー頭に響くから叫ばないで…。
「ちょっと頭痛が…」
「失礼しますっ!」
言葉を言い切る前に、突然雪が柚木に顔を近づけてきた。
えっ、ちょ…っ!
あまりに唐突で声も出せず、抵抗も出来ず、柚木は目を見開いたまま至近距離で雪を見つめる。
顔が今までないほどにドアップになる瞬間、思わず耐え切れずに目を閉じると、額にこんっと何か冷たい物が当たる感触がした。
「…熱…はないようですね…」
ほっと安堵の息を落とすのが、耳元に聞こえてきて、柚木はやっと解かれた呪縛から、同様に安堵の息を吐き出した。
どうやら熱を測るために額を当てたかったらしい。
「えーっと…雪ちゃん…?」
片足膝を柚木の座る椅子に乗せる形で動かない雪に、柚木がためらいがちに声をかけた。
このままじゃ俺が雪ちゃんに襲われてるみたいじゃないか。
雪はしばらく、ぽかん、と柚木を眺め、ゆっくりと現在地を確認するため視線を下へと移動させた。
「うわぁあっ!すみませんっ!」
一瞬至近距離で見つめあった後、慌てて柚木から離れる雪。
そんな雪に、柚木は微苦笑を漏らしながら、のけ反ったままの姿勢を元に戻した。
視界の端に映る雪は見る間に赤く染まり、今では耳の先まで真っ赤だ。
今日はいつもと違って髪を上げているから、耳が真っ赤になっているのもよく見える。
何だか可愛いなぁー。
くすりと笑いを漏らし、雪に再度向き直ると、雪はきょろきょろと落ち着きなく視線を動かしている。
…照れてる?
「そそそのっ、熱はないみたいなんですがっ、念のために休まれた方がっ!」
語尾全部に「っ」が入っちゃってるよ、雪ちゃん。
孫を見る老人の如く、ほのぼのと雪を眺めて、柚木は胸中でおいおいと突っ込んだ。
「雪ちゃん、落ち着いて」
仕舞いにはパニックに陥ってバタバタと手を振り始めた雪を軽く制し、柚木はくすりと笑った。
「大丈夫だから、ね、ほら」
にこりと笑って見せながら、軽く雪に首を傾げる。
これはいつも優希を説得するときに使うんだけど…雪ちゃんにも効くかな?
「いぇっ!私が大丈夫じゃないんですっ!」
正直者だな、おい。
そんな軽い突っ込みを受けながら、雪は更に暴走を始めた。
うん、効果ないみたい。
柚木は少々げんなりした。
「柚木先輩に何かあったら私…いいえ!そんなのどうでもいいんです!あの…頭痛、大丈夫ですか?」
柚木の前にしゃがみ込む様にして、雪が見つめてくる。
うわ…、凄い上目遣いだ。
そのポジションは意図的なのか?無意識なら凄いぞ。
何だか雪に別の才能を見出し始めた自分に苦笑し、柚木はいや、と小さく口を割った。
「いや、大丈夫だよ。うん、さっきよりマシになったよ。ありがとね」
事実あまりにバタバタしたせいで頭痛のことなどすっかり忘れていた。
先ほどまでの倦怠感はどこへやら、今ではもうピンピンしている。
「ほんとですか?よかった」
ぽわっと幸せそうな笑みを浮かべて、雪は嬉しそうに笑った。
大きな黒い瞳が僅かに弓形に細められ、子どもっぽい容姿には似合わない、どこか大人びた笑みが浮かぶ。
こんな表情も出来るんだな…。
思わずそんな雪を見つめながら、柚木は未だ下に位置する顔に微笑みかけた。
優希の場合、容姿が大人なのに中身が子供だからな。
あいつが妖艶な笑みを浮かべるときは、大抵何か企んでるときだ。
ふーむ、と低く唸り声をあげ、柚木は顎に手を添えた。
美人は美人でも全然違うな。
ま、性別がそもそも違うけど。
そんなことを考えていると、雪が小さく「あ」と声を上げた。
「あ、でも…」
なにやらもごもごと口の中で呟いた雪に、柚木は首を傾げる。
「ん?何か言った?」
「えっ!いっいえ!何も!!」
やっと戻った顔を再度上気させ、雪が手をぶんぶんと振った。
そしてそのままの勢いで、まるで手をプロペラ機のように振りながら後退する。
目を白黒させている様は、漫画だったら瞳がぐるぐるしてるに違いない。
「雪ちゃん?」
あまりの慌てぶりに雪の手をつかもうとすると、それに気づいたのか、雪は凄い勢いで手をひっこめた。
え…軽くショックなんですけど…?
「す、すみませんっ!あの、その、授業始まっちゃうので、これで失礼します!」
くるりとスカートを翻し、雪はぱたぱたと黒いラウンドトゥを響かせ走っていった。
高く結いあげた髪がふわふわと揺れて、カフェの扉に消えていく。
柚木はそんな雪をぽかんと見送ると、先ほど雪が小さく呟いた言葉に苦笑をもらした。
「…看病してみたかったな、てなんだよ」
何だか照れくさくなって、鼻の下をこすると、柚木はよいしょ、と腰を上げた。
耳まで真っ赤に染まった雪が呟いたのは、『看病してみたかったな…』
美少女にそんな言葉を言われたら、どんな男でもイチコロだろう。
聞こえてたのに、聞き直す俺も達が悪い。
空になった紙コップを軽く潰して、入口近くのゴミ箱に放る。
ナイスシュート。
さてと、授業行くか。
教科書で膨れたカバンを肩にかけ、カフェの扉に手をかける。
初夏の日差しが眩しい。
梅雨明けも、もうすぐそこまで来ていた。
何だか雪のキャラが壊れつつある…
柚木には弱いんです!