幸せの妖精
柚木と優希の過去編突入です
ため息を一回つくと、幸せの妖精が七人死ぬんだって。
そう言ったのは誰だったかな。
柚木は雑談に花を咲かせる教師に目をやって、持っていたシャープペンシルをことりと置いた。
最近はため息ばかりついている気がする。
それというのも優希がやたらと柚木に構ってくるからなのだが、一体どうしたものだろう…。
今日は優希とは会わないし、妖精を殺さずに済みそうだ。
ホッと息をついて、黒板に視線を移す。
何故か全然授業に関係ない単語が、上下式の黒板のうち一枚を埋め尽くしていた。
…もしかして、コイツはこれだけで授業を終わらせる気か?
柚木は眉をひそめて、時計を見た。
授業終了20分前。コイツならやりかねない。
周りを見渡すと、誰一人として教師の話を聞いているものはいない。
寝ているやつが多いが、起きているやつも別授業のレポートや予習をしている。
仕方ない。
俺が最後の傍聴者になってやるか。
黒板には数式の数々。
教師はそれを指差しながら、まだ学会では発表されてないんですよね。だからいつか言ってやろうと…等と言っている。
正直柚木にはどこが凄いのか分からない。
肘をついて重たくなってきた瞼を、柚木は無理矢理こじ開けた。
ヤバい、もういっそ寝ちゃおうかな…。
口を割る欠伸を噛み殺し、目をぱちぱちと数回瞬きする。
教師を見ると、教師は未だ授業をする気がなさそうだ。
柚木はそれだけを確認すると、腕を枕に突っ伏した。
教壇から聞こえてくる教師の声をBGMに、柚木は眠りの世界へと落ちて行った。
◇◇
柔らかな日差しが入り込む教室。
小さな机と小さな椅子を、これまた小さな部屋に閉じ込めて作られた空間。
そんな小学校低学年の教室で、一人の少女が皆の注目を一身に集めていた。
「佐久間優希です。よろしくお願いします」
ぺこりと下げた頭が上を向くと、そこには精巧に作りこまれた人形のような、美しい顔があった。
顎のラインに沿った髪の毛が、さらりと風に踊る。
教室の誰もが目を見張る中、優希は先生に指定された席へと移動した。
「よろしくね」
そう言って優希が腰かけた席は柚木の隣。
不覚にもドキリとしてしまった柚木は、顔を赤らめながら、
「よ、よろしく…」
と消え入るような弱々しい声で答えた。
ゆうきちゃん、て言うんだ…
ちらりと隣に視線をやると、ほんのりとピンクに染まった膝小僧が、ショートパンツから覗き、その少年のような姿が、また更に柚木をドキリとさせた。
女の子…だよね?
同じクラスの女子は皆髪を伸ばし、三つ編やポニーテールをして着飾っている。
しかし優希はそんな飾りさえ必要ないほど、可憐で、可愛らしく見えた。
(ねぇ、優希ちゃん、可愛くね?)
ざわざわと騒がしい教室に、ぽつりと落とされた声に、柚木はぴくりと反応した。
首を回してそちらを見ると、二人の男子がこそこそと優希を盗み見ている。
(今までにないタイプだよなぁ)
もう一人の男子も優希にちらちらと視線を走らせる。
同年齢とは思えないほど整った容姿に、やけにこざっぱりとした飾らない格好。
普通小学校低学年だと、大抵の女の子はスカートを履きたがるものである。
やたらとヒラヒラするそれは、服としての機能を果たしていないときもしばしば。
しかし優希は、そんな『普通の女の子』とは、明らかに何かが違っていた。
柚木は教室を見渡して、そんな女子たちを確認すると、もう一度優希に視線を戻した。
うん、やっぱり何か違う。
そこには他にはない、凛とした空気が佇んでいるようだった。
「ん?どうかした?」
不思議そうな顔をして、ふいに優希が振り返り、あまりに驚いて、柚木は目を丸くしたまま、びくりと固まった。
さらさらと風に舞う髪が残像のように優希を追いかけ、柚木の真正面で留まる。
光を反射した影がぴたりと止まると、柚木ははっと優希に焦点を合わせた。
「な、なんでもないよっ」
首を傾げる優希にカァッと顔を赤面させ、柚木はぶんぶんと首を振った。
優希は、そう?と呟くと、また正面を向く。
丹精な横顔は、何か難しいことでも考えているみたいに、僅かに眉を寄せている。
未だドギマギする心臓を手で押さえ、柚木はふひぃ、と情けない声を上げた。
わぁ、びっくりしたぁ。
優希と目が合うだけでも、体温が上がるような感覚がする。
きっと顔、真っ赤になってるんだろうなぁ。
柚木は自分の手のひらを頬にあて、そのひんやりした感触にうっすらと目を閉じた。
バクバクが止まんない…
情けないな、男なのに。
うぅ、と呻くと柚木も優希にならって正面を向いた。
緑色の板に、白い粉が文字を書いている。
あれ?
黒板の隅っこに、「ゆずき なおふみ」という文字を見つけて、柚木は小さく首を傾げた。
ぽつん、と書かれたその上には、「日直」の文字。
あ!
途端現実に戻された頭に衝撃を受けて、柚木はバカバカバカ、と自分の頭をポカンと殴った。
そうだ、忘れてた。今日日直じゃないか!
すっかり忘れていた事実に驚愕して、柚木はさらにもう一度頭を殴った。
学級委員長がしっかりしなくて、どうするんだ!
別に自分から立候補してなったわけではないのだが、普段忘れかけている学級委員長の役割を再度思い出し、顔をキリリと引き締めた。
一応クラス代表だし!
ふんっと鼻息荒く姿勢を正すと、視界の端に優希が映った。
愛らしく微笑んだ彼女は、どうやら柚木を見ているようだ。
柚木が疑問に思って、そっと首をそちらに振ると、
「君、おもしろいね」
くすり、と優希の桜色の唇がほころび、柔らかな光を湛えた瞳がゆっくりと細められた。
色素の薄い茶色の目は柚木を真正面にとらえ、その視界いっぱいに自分の顔が写りこんでいるのを見て、柚木はボッと顔を赤くする。
ほ、褒められた!?
高鳴る心臓に手を押し当てて、柚木はスーハーと深く息を吸い込む。
何だかやたら心臓がうるさい。
これじゃあ優希ちゃんの声がちゃんと聞こえないじゃないか!
「あ、ありがと…」
赤い顔を見られないよう、ほんの少しうつむいて、上目づかいに優希を見る。
優希はそんな柚木を見て、にっこりと笑うと、
「学級委員長、頑張ってね」
と、きゅっと柚木の手を握った。
「う、うん!」
慌てて握られた手をもう片方の手で握り締めて、柚木は大きく首を縦に振った。
過去編早すぎだってば!
なんて言わないでください;;
柚木を休ませたいんです…(女装美人とゴスロリータに追われ続けるって辛いと思うんですorz
三話ほど過去編が続きますが、今後の物語にもかかわってきますので、気長にお付き合いくださいませ^^