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平凡男子の憂鬱

「おはよ、柚っち!」


僅かに座席が弾んで、柚木は外界と聴覚を妨げていたイヤホンを耳から引っこ抜いた。


「おはよ」


優希は耳に髪を引っ掛けて、ぴったりと柚木に寄り添うように座席に腰掛けた。


女を意識しているのか足はぴったりと揃えられ、小さなスペースに行儀よく収まっている。


「ね、ね、今日どっか遊びに行こ?」


小さな子供みたいに目をキラキラさせて、優希は柚木の足に手を乗せた。


綺麗に整えられた爪には控え目にネイルが施されていて、細部にまで余念がない。


「どっか…って…」


今から授業なのに?


と眉をひそめて優希を見やると、優希はこくこくと首を縦に振った。


「昼は何もないじゃん。だから授業終わったら遊びに行こ。久々に執行部ないし」


んーっと伸びをすると、優希はにっこりと笑った。


伸びをしたせいで涙が目に溜まっているのが、泣き笑いのように見えて色っぽい。


一瞬周りから突き刺さるような視線が柚木に集中したが、もう慣れっこだ。


どんだけコイツと付き合ってると思ってるんだ。


柚木は、ふんっと鼻を鳴らすと周りを冷めた目で一瞥する。


柚木の視線から逃げ遅れた一人の青年がひっと小さな声を上げてそっぽを向いた。


まったく、こいつは男だっつってんだろ。


別に直接言ったことはないのだが、柚木はムッと唇をひいて座席にふんぞり返った。


優希も優希だ。


もっと男らしくしたらどうなんだ?


柚木ははぁっと深いため息をこぼすと、隣で柚木の顔を見上げてくる優希の額をぱしん、と叩いた。


「あだっ」


最近益々女っぽくなった優希は柚木の悩みを理解しているのだろうか。


少しは周りの目も気にしろよ…


周りからは男女のじゃれあいみたいに見えるかもしれないが、こっちは気が気でない。


優希は常に好奇の目に晒されているし、男とは言えやはり心配だ。


……あくまでも友人として、だけど。


暴走し始めた自分の思考に、ぼそりとそう付け加えると、ふいに電車が揺れてガタンと扉が開いた。


大学の最寄り駅より2つ前の駅だ。


「あ…」


たくさんの人ごみに押されるようにして入ってきたのは、ゴスロリとは違う、黒づくめの格好をした雪だった。


雪は一瞬大きく目を見開くと、小さな体を人と人との間に割り込ませるようにして、器用に二人の元へ近付いてきた。


「おはようございます」


軽くぺこりと頭を下げると、今日はリボンまで黒い。


ふわふわと緩く巻かれた黒髪を揺らして、雪は柚木と優希の前に立った。


全身黒づくめのせいか、短いスカートとニーハイソックスの間から覗く白い太ももがやけに眩しい。


しかし雪はそんなことを気にした風もなく、ひょいと背伸びをして、吊革にぶら下がるように掴った。


どうやら少し吊革の位置が高いらしい。全く腕が余っていない。


そんな雪を見て、柚木はほんの僅かに腰を浮かせると、


「ここ座る?」


と自分の膝をぽんぽんと叩いた。


「え!?」


雪が黒くて大きな瞳をさらに大きくして、顔を真赤にした。


途端雪の膝ががくんと崩れ落ち、体が大きく揺れる。


「な、な、な、何言ってんの、柚っち!」


隣からは口をあわあわと開閉させながら、同じく顔を真赤にした優希が口を挟んできた。


「膝に座らせるなんて、絶対俺が許さないから!」


柚っちに俺より先に座るなんて、絶対絶対許さねぇ。そう呟く声が、隣から微かな怒りと共に聞こえてきて、おいおい、お前は間違えても乗せねぇよ、と柚木は軽く顔をしかめた。


「違うって、膝じゃなくて、この席に」


柚木は微かな溜息と共にそう呟くと、腰を上げて雪の腕を軽く引っ張った。


「腕、疲れるでしょ」


すとん、と導かれるままに席に腰を下ろし、少女はぽかんと口を開ける。


何だかいつも澄ましたような顔をしているから、こんな表情を見たのは初めてだ。


柚木は少し新鮮な気分で雪を上から見つめ、にこりと笑った。


すると、それに気付いたのか、雪はきゅっと小さな手を膝の上で握りしめ、


「あ、ありがと…」


と顔を俯けた。


俯いた顔が真っ赤に染まっている。


可愛い。


くすっと小さく笑って、柚木は隣の優希に視線を向けた。


車窓から入り込んできた光を背に受けて、優希はどこかむっとした表情で、雪を見つめている。


そのどこか険しい顔は、最近見慣れない男のものだったが、化粧のせいかドラマとかでよく見る、嫉妬に狂った女のようにも見えた。


優希はぐっと口を引き結ぶと、突然何を思ったか、


「俺も立つ!」


と勢いよく席を立ち上がり、柚木の隣の吊革に掴った。


「はぁ?お前も座ってろよ」


自分よりほんの少し下に位置する優希の顔を見ると、何だかやけに不機嫌顔だ。


何、俺何かした?


思い当たる節もなく、仕方なく正面を向くと、雪がじっと上目づかいで二人を眺めている。


人形のような小さく整った顔が、ほんの僅かに赤い唇を開けて、上を見つめている。


うわ…上目づかいって反則じゃね…?


どこに視線を持っていこうかと、適当に彷徨わせていると、先ほど睨みつけてやった青年がまたこちらを見ていた。


…あぁ、この状況って、他人から見たら最悪…?


両手に花、とか思われてんのかなぁ。


そんなことを思いながら、また溜息をつき、目のやり場もなく、窓の外へ視線を向けた。


窓に映る優希の顔はまだ膨れていて、何だか悔しそうに雪の頭を見ている。


眉間に皺まで寄せて、それではせっかくの女装も台無しだ。


何してんだか。


ふぅっと今日何度目になるかわからない溜息を吐きだすと、賑やかな車内に、大学前のアナウンスが入った。


「お忘れ物のないように〜…」


毎度毎度同じことを繰り返すアナウンスに、これ幸いと柚木は扉にそれとなく近づいていく。


がやがやと大学で降りる人が立ち上がる気配がして、あっという間に扉周辺に人だかりができた。


そして扉が開くと同時に、柚木は電車の外へと飛び出した。


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