執行部のゴスロリータ
まったくどうしてあいつは…。
ぶつぶつと口の中で毒づきながら、柚木はどこか一人になれそうなところを探し始める。
図書館もカフェも、優希にはすぐ見つかってしまう。
いつも行かないところってどこだろう。
「あーもう…」
柚木はくしゃくしゃと髪を掻き回し、談笑スペースの空いた席にどさりと腰かけた。
別に優希が悪い訳じゃない。悪いわけじゃないけど、どうしてこんなにもムシャクシャするんだろう。
そんなことを考えて、ぎゅっと目を閉じ、自分の世界に閉じこもる。
こうしていれば少しは気が楽…。
「あ、柚木先輩?」
ぱたぱたと軽い足音がして、偶然目を開いた柚木の目の前に、ぬっと別の顔が現れた。
「わぁぁ!」
ぐきっ
「うぉぉぉ…」
一人驚いて呻く柚木を見て、赤いラウンドトゥを履いた少女が目を丸くして柚木の肩に手を触れた。
「だ、大丈夫ですかっ、先輩!」
肩が強く揺さぶられ、今しがた捻った首がずきずきと痛みだす。
う…そんなに揺すらないでくれないか…ちょっとこれ、大丈夫じゃないかも…。
「く…」
問答無用に揺さぶられる体と、そこから繋がる首への痛みを堪え、辛うじてそれだけを口にする。
「く…?」
黒髪に赤いカチューシャを嵌めた少女はどこかゴスロリチックだ。いや、チックじゃなくてそのものかも。
柚木はうぅん、と唸ると肩にかけられた指に、そっと手を載せ、きゅっと握った。
「首捻った…」
「えっ!」
ぱっと揺さぶる手を離す少女。
いやもう遅いよ、君…。
未だグラグラする世界に柚木はぐったりと椅子にもたれかかる。
世界が回ってる…。
「わ、わ、ごめんなさいっ!えっと、こういうときどうしたらっ」
「いや…大丈夫だから、そこまで心配しなくていいよ」
ほんとは少し、いやだいぶ痛いんだけどね。女の子困らせても仕方ない。
「そ…そうなんですか…?あ、あの、じゃあ一緒にここにいてもいいですか」
そう言いながら、返事も待たず少女は向かい側の空いた席に腰かける。
まだ返事してないけど…まぁいいか。
柚木はふぅっと小さく溜息をつくと、捻った首に手を添えて、少女に真正面から向き合った。
心なしか彼女の顔が赤い気がするのは…たぶん気のせい。
「君、名前なんていうの?執行部?」
別に名前なんてどうでもいいのだけれど、さっき自分の名前が呼ばれたことを思い出し、柚木はそう聞いてみることにした。
「あ、はい、執行部一年の雪、といいます」
ゆるく巻かれた黒髪に童顔の顔。
服はボリュームたっぷりのフリルで見事な黒染め。
首からかけてるのは十字架?
「へえ」
一通り雪を観察し終えて、柚木は雪にそう呟いた。
会ったことあったかなぁ。
柚木は記憶を反芻するように、雪に再度視線を巡らせる。
こんなゴスロリ着てる子が同じ部屋にいたら覚えてるはずだけどなぁ…
うーむ、と呟いて首を傾げていると、突然雪がばっと顔を手で覆った。
「わ、私の顔に何かっ!」
叫ぶと同時に顔を真赤に染める少女に驚いて、柚木は慌てて首を振…ろうとして失敗した。
「あ、あたた…」
全くどうしてこんなことになってるんだっけ?
はぁ、と溜息をつくと、思い出せないことを正直に話すことに決め、柚木はゆっくりと雪の目を見つめた。
「ごめん、どうしても思い出せなくて…」
そう言った瞬間、一瞬少女の釣り目がかった目が見開かれて、そのすぐ後に小さく噴き出す声が聞こえてきた。
え、何か変なこと言った?
柚木は困惑した視線を雪に向ける。
「あ、すみません、笑ったりして…。私昨日も会いましたよ」
くすくすと手を口に添えて笑う仕草が様になっている。
優希とは別タイプの女王様だ。
「え?」
柚木は昨日会った女生徒のリストを頭から引っ張り出す。
しかしその中にはゴスロリ少女は見当たらない。
昨日会った…?
未だ首を傾げ続ける柚木に、雪がじれたように唇を尖らせ、赤い靴をぷらぷらと前後に振る。
レースがふんだんに使われた服が、足の動きに合わせてふわふわと揺れた。
「昨日先輩に優希先輩について聞きました」
ぷぅっと膨れた顔のまま、雪がぼそりと呟いた。
「あぁ、もしかして!」
柚木は昨日優希との関係について質問してきた執行部の女生徒を思い浮かべた。
あまり覚えてはいないが、確かに今目の前にいる少女と似ている気がする。
でも確か昨日は―…
「昨日は、ゴスロリ着てませんでしたもんね」
ふぅっと頭に付けられた赤い大きなリボンを揺らし、ゴスロリ少女雪は溜息をついた。
「私ゴスロリはこれしか持ってないんです。高いんですよね」
「へ、へぇ…」
そんな金銭事情話されても困る。
柚木は少女を思い出せなかった気まずさと手伝って、聞き流せずに曖昧に答える。
だけどゴスロリ着てたら、ゴスロリの子をまず思い出そうとするだろう?
雪は机に顎を乗せ、足をぶらつかせている。
拗ねてるのだろうか。
あーぁ、と声を上げる少女の声はどこか幼い。
一年だと言っていたから、柚木とは二つ違い。
子供っぽい態度と幼い顔立ちを、さらにゴスロリが協調しているようだ。
何だか優希並みに変わった子に会っちゃったなぁ…。
変人は優希基準で考えるのか、と誰かに突っ込まれそうな文句を一人つぶやく。
目の前の少女は、優希の同年代を刺激する悩殺美女とは違い、明らかにオタク…いやオジサン世代を喜ばせそうな背格好。
しかしよく見れば少し高飛車な印象は受けるものの、十人中八人は美人だと答えるような少女である。
雪は大きな黒い瞳をくるりと回して、ぽってりとグロスを塗った唇を持ち上げる。
うん、人形みたいだ。
大人っぽい女性イメージの優希とは違い、人形のような少女雪。
これから先、このふたりの柚木争奪戦が始まることになろうとは
柚木はまだ知る由もなかった。