表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

 母が死んだ日

 投稿フォルムになれるための小手調べです。

 作者の傾向がわかるように書きました。

 商品は棚の手前に古いものが並べられる。

 

 新しく仕入れた知識をひけらかそうと、私は母の買い物についていって、奥から引っ張り出した商品を買い物かごに入れた。


「母ちゃん、こういう店って奥のほうが新しいんだろ」


 もちろん当時はそんな言葉は使われていなかったが、おそらく私は見事なドヤ顔を母に向けたのではなかったか。

 それに対し母は、私の頭にゲンコツを落とした。

 痛みと不満を漏らした私に、母は『アホか』と吐き捨て、諭すように説明してくれた。

 冷蔵庫に牛乳が2本あったら、古い方から飲むやろ?

 皆が皆、考えなしに奥から奥からモノ持っていったら、残ったモンはどうなる?

 こういうんはな、すぐには使わんけど安売りしてるから買っておく、みたいなモンでやるこっちゃ。

 今日や明日に使う商品でそんなことしても意味ないやろ?

 物事にはなんでも段取りがあって、それを考えずにただ新しいもんだけ買うんは考えなしのアホや。

 ……などなど。


 3人兄弟の末っ子で、幼児期の『なんで?どうして?星人』をこじらせ、理屈っぽいところのあった私は、この時『ウチの母ちゃん、なんだかスゲエ』と、思ってしまったのだ。

 まあ子供は、自分なり、身内を特別と思い込むところがあるものだが、今考えても、母の言い分はなかなかに理性的だと私は思う。

 何やら、タイトルに対して盛大に話がずれた感があるが……この出来事によって、私は『母はなんか頭がいい』と思い込んだという話である。


 それから数年、私が中学生の頃のこと。

 人は考える葦であり、死ぬまで成長を続けることができる。

 そう、40を過ぎた母は、見事に成長を続けていたのだが、その成長に抗おうと、母は、食卓の上にゆで卵を並べていた。

 

 ゆで卵ダイエット(第一次)である。


 父と息子3人を前に、妙に早口で言葉を連ねる母。

 ゆで卵は、消化に悪い。

 ゆで卵1個を消化するためには、ゆで卵1個分のカロリーよりも多くのカロリーを必要とする。

 つまり、ゆで卵をいくら食べても太らないのだ。


 ちなみに、2000年以降のゆで卵ダイエットは、理由が異なるために第二次と私は区別している。


 母は、念仏を唱えるように、わけのわからないことをしゃべり続けている。

 父は、新聞を広げて無視していた。

 上の兄は、テレビを眺めていた。

 真ん中の兄が、虫を見るような目で母を見ていた。

 私の中の母は、この日、死んだ。


 その後も母は、飽きることなく、こんにゃくステーキや野菜スティック、その他いろんなものを食卓に並べて、私の前で何度も何度も死に続けてくれた。

 最初はショックだったが、人間という生き物はなんでも慣れる。

 私は、母が死ぬことに慣れたはずだった。


「……痩せたなあ」

 私のつぶやきに、母は笑った。

「アホか。金もゼイ肉もあの世には持っていけんわ」

 こんなとこは、昔のままだ。

 母の背を支える私の手のひらに、悲しいほどくい込むのは背骨の感触か。

 なあ母ちゃん、あのムッチムチの、みっちみちの、生命力に溢れかえったぜい肉はどこに行った。

 今日明日のことではないが、その日は近いうちに訪れるだろう。

 もちろん私だって、明日どうなっているかもわからない。

 人は簡単に死ぬ。

 それでもなあ……と思わずにいられない。

 あれだけ何度も何度も死んだのに、まだ死ぬのか、母ちゃん。


「……もっと昔に、そこに気づいてたら、無駄なダイエットせんですんだのになあ」

「うるさいわ」


 あと何度、こんな会話を交わせるだろうか。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ