002 交差
「えっとつまり……記憶をなくす前のワタシを知ってたってこと、クロ?」
「そこがよく分からないんだよね。最後の一つが、何年か経ってからその若頭との間に子供を作ったって聞いたことなんだけど、時期と年齢、そして顔立ちが似ているから多分そうだとは思う、んだけど……実際はどうだか…………」
似ていると気づいたのは、初めて出会った時にファーストフードで向かい合って食事をした時らしい。それでも一緒にいたのは、危険がないことと、灯台下暗しでしばらくは向こうも気づかないからだろうと考えてのことだと。
「でもそうなるとおかしいんだよね。……あの女が娘に関わっていない、いや存在に気づいていないとしか思えなくてさ」
「あ~どゆこと?」
話についていけなくなり、リナはまだ半分残っている煙草を灰皿に押し付けた。流石に暢気に煙を吹かしている場合ではないと考えてのことだ。
「いやだって、娘の現状を常に知っていたら、俺のことにもすぐに気づくでしょう。なのにいままで向こうから接触してくる気配がない。それってつまり、娘の現状をまったく知らないってことにならない?」
「あ~なるほど」
ようやく納得し、リナは頷いた。
「腹痛めて産んだくせに愛着がない、とかじゃないの?」
「だといいんだけど……死んだわけじゃないんだし、存在そのものを知らないはずはないんだけどな…………」
心配そうに虚空を見つめるクロ。
それを眺めていると、リナの中で、一つの疑問が生まれた。
「……ねえ、クロ」
「ん?」
座卓に頬杖をつき、リナは生まれたばかりの疑問を投げかけた。
「もしかして、ワタシのこと……」
……その言葉は続かなかった。
突然鳴り響いたアップルフォンの着信音に遮られたリナは、言葉にするのを中断してスワイプし、電話に出る。
「もしも」
『リナ逃げろっ!! あの通り魔の黒幕が報復に来やがったっ!!』
「えっ!?」
電話からはもう言葉が聞こえてこなかった。後に流れてくるのは車のエンジン音と子供の泣き声、そしてリナが聞き慣れているものとは違う破壊音……大口径の銃弾が鳴らす着弾音だった。
「……思ったより動きが早い」
「っ……!!」
クロの呟きにリナは思わず立ち上がり、そのまま胸倉を掴み上げた。そして、今ペットに手を上げても仕方ないと悟り、手を緩めた。
「もうこの生活は終わりだ。……俺は消える」
「…………」
無言で佇むリナに構わず、クロは事前にまとめていた荷物を手に取った。
「今までありがとう。……さようなら」
そのまま出ていこうとする青年の背中に、少女は小型の自動拳銃を構えて、銃口を向けた。
拳銃の発砲音がアパートの中に響く。