004 ボイコット
アップルフォンが鳴っている。いや、既に五分程鳴り続けていた。
「クロ~まだ鳴ってる~?」
「鳴ってる。どうする?」
「電源切って放置~休んだ後でお詫びの電話入れるから出ないでね~」
枕に顔を埋めて耳を塞ぐリナの指示を受けて、彼女に飼われている元ホームレスの青年、クロはアップルフォンの電源を素早く切った。
その後、うつ伏せに寝転がっているリナの背中を指圧し、凝りを解す作業に戻った。
「あ~きもちい~」
「年寄りっぽいよ。その言い方」
しかしここは自宅で、見ているのはマッサージをしているペットだけ、今のリナにとって外聞を気にする必要はなかった。現に服装も簡素なスポブラとセットのショーツ姿だ。
「いい人だし、金払いもいいんだけどね。流石にほぼ毎日はないわ~おまけに固定客の相手もしなきゃだし、もう休んでる暇がないわ~」
「お疲れ様。今日くらいはゆっくり休んでて」
軽く手を振って応えるリナ。
枕元には煙草と灰皿の喫煙セット、そしてカクテル缶がおいてあり、冷蔵庫の中にはクロ特製のプリンがある。もう完全に自堕落モードに入っていた。
マッサージも終わり、寝転がったまま煙草を咥えて火を点けると、リナはファッション雑誌を手元に引き寄せ、枕元に広げて読み始めた。
「にしてもなんで、ワタシなんだろうね~あんだけ金払いがいいなら、けっこういい職業に就いてると思うのにね~」
なんとなしに発言したリナだが、クロは割と真面目に返してきた。
「単純に、寂しいんじゃないかな?」
「あんだけ美人でお金持ってるのに~?」
しかし、リナは軽口で疑問を返した。それでもクロは、言葉を選んで会話を続けた。
「例えばだけど、もし俺が女子高生に欲情する変態だったら、拾って飼ってた?」
「飼わな~い。むしろ置いて逃げる~」
「そういうことだよ」
そこでリナは、首を回してクロの方を見た。彼も咥えられた煙草の灰が落ちないかと見つめた。
「要するに、誰でもいいわけじゃないんだよ。周囲に人がたくさんいても、本当にいて欲しい数人がいないと、人によっては結構寂しがったりすることがあるんだって。……まあ、これは受け売りだけどね」
「にしても詳しくない、クロ」
「物覚えがいいだけだよ。……無駄にね」
差し出されたプリンに、リナは煙草を灰皿に追いやってから口を付けた。クロも煙草の灰皿が落ちていないか布団を見やっている。問題ないと判断してか、出したままの自分の布団の上に腰掛けた。
「ま、人が変わるなんてよくある話だしね。気長に待つしかないよ」
「そうだよね~ということはクロも何かの拍子に変わったりして?」
「……変態に?」
「変態に」
「それはやだな~」
煙草を嗜みつつペットと一緒にプリンを食べる。
そんな休日をリナはまったりと楽しんだ。