Act8.みーちゃん と そーくん
ここまで読んでいただいて本当にありがとうございました!
これが最終章です!
3日間にも長きに渡って行われた1学期期末テストを終え、生徒は皆、戦いの疲れに身を落ち着かせて夏の雰囲気がかもし出す心を躍らせる空気を楽しんでいる放課後、わたくし明日想一は進路相談室にて一人、ある人物の到着を待ちわびていた。
人気の少ないこのこの部屋の壁の向こうを スッ スッ と上品な印象を受ける足音が近づいてくる。
ドアノブが回転し、戸がゆっくりと開く。ついにその人と顔を合わせる時がきた。僕の心臓は高鳴り、少しだけ緊張の脇汗をかいた。
「明日想一君…私があなたをここに呼んだ理由は、分かっていますよね?」
黒縁で厚めのレンズから除くその目、何度も見たことのあるその目。だけど普段は別の意味で緊張していて、じっくり見つめたことがなかったけど、見れば見るほど、あの子にそっくりだった。
「はい…」
「……遅すぎますよ」
「…すいません」
「私はとっくに気がついていました」
「…すいませんでした、芦沢先生…いえ…みーちゃん」
「そーくん…せめて先生をつけて」
芦沢先生のフルネームは「芦沢美空」。ウセディクスのスタッフロールの最後に表記される「Misora Ashizawa」と同じ名前だった。
みーちゃんの正体は自分のクラスの担任だったのだ。
「初めはホントに驚いたんだよ」
おもむろにみーちゃん先生はメガネを取り外した、するといつものキツイイメージが和らぎ、まさに僕の記憶の中の幼いみーちゃんを姿が重なった。
「昔一緒に遊んだそーくんが私のクラスにいるんだから、何度か そーくん って呼びかけてしまいそうになって焦った」
「教えてくれても良かったのに…」
思わず僕から顔をそらし、みーちゃん先生はため息をついた。
「それはそーくん!君があまりにもぐーたらで向上心がなくて情けなく変わっていたから!」
突然言いたい放題のけなし言葉、だけど一つも反論できなかった。まさに先週までの僕はその通りだったから。
「幼い頃の…10歳の頃の君は私にとってヒーローだったんだから…」
「へ?」
いきなりみーちゃん先生は席を立って西日を遮断するためのブラインドを少しあけ、夕焼けの赤い光がまぶしい外の景色を眺め始めた。
「あの時私は15歳だった。色々とデリケートな時期に両親の間に亀裂が入っちゃって、二人とも毎日ひどいどなり声で喧嘩してた」
「確か…そうだったよね」
そのことは僕もハッキリと覚えていた。そういえば、一時みーちゃんは眼帯をしていた頃があった、今になって思えばそれは家庭内で暴力を負わされた傷を隠すためだったのだろう。
「そんな現実から逃げるようにしてゲームに没頭したり、犬のミッキーを連れてあてもなく歩きまわったり…それで、ある日母の暴力に耐えられなくなって休日に近所の小学校に忍び込んで屋上へ上がったの」
なんのために屋上へ上がったかは言われなくても想像がついた。
「いつか誰かがこの世界から私をどこか遠くに連れて行ってくれたらいいのに、そんなことを思いながら私は屋上のフェンスに足を掛けた、そして…そこで君と出会ったの、フェンスをよじ登った時にポケットから携帯ゲーム機を落っことして…なぜ屋上にいたのかはわからなかったけどキミがそれを拾い上げてね…こう言ったの」
「 お姉ちゃん!このゲームちょっとやらせて! って」
「その一言で私は踏みとどまって、あなたと一緒にそのゲームで遊んだ、それがきっかけで私達は友達になった、覚えてる?」
…完全に思い出した!確かその日は日曜日で、今日みたいに空を赤く染めた夕方だった。でもなぜ僕がその場所にいたかというと、友達の誰かが言ったんだ、学校の屋上には布の面積の小さな服を着た女性の資料集が捨ててあるぞ!って、だから僕は一人で屋上に侵入してそれを探していて、それでたまたまみーちゃんと出会ったんだった。
「…うん、覚えてる」
詳しい事情は黙っておこう。
「あの頃の私は自暴自棄で、私なんてどうせ…が口癖で、それで何度も君に怒られたよ」
「怒られた?」
「そう、 自分で自分を傷つけちゃだめだよっ て」
僕は顔が熱くなって思わず席を立ち、みーちゃん先生と同じく窓の外の夕日を見つめた。何故みーちゃん先生がこうしたのか理由が分かった。
「そんなことを…僕が…?」
「そうだよ…君が励ましてくれたから…今の私がいるの………………なのに」
「なのに?」
みーちゃん先生は再びパイプ椅子に腰を落とし、頬杖をついて流し目でこちらを睨み付ける。その一連の仕草がちょっとかわいらしく見えてしまった。
「再会した君ときたら、私に気づかないうえに勉強にもスポーツにも部活にも、何一つがんばることが出来ない駄目人間に変わり果てて…だからあえてこっちからそーくんに昔の話はしなかったしキツくあたったの、それでも君は私の言うことには右から左でまったく進歩がなくて、教科書をその辺に置き去りにするし、授業中は居眠りするし…」
「ちょっと待ってください!」
僕はそこまで言われて思わず勢いよくみーちゃん先生の向かい側のパイプ椅子に座り、テーブルを挟んでまっすぐに目を合わせた。
「だから!だから僕は変わろうとしたんですよ!」
真剣な表情と声の僕の顔を見てみーちゃん先生は少しはにかみながらこう言った。
「そうだね…変わってくれたね…そーくん…」
みーちゃん先生は少しためらいながらも、プラスチック製の書類をまとめるための小さなケースを取り出して、今回の現代国後のテストの答案を取り出す。
「ホントはこういうことはしちゃいけないんだけど…今回の現国、君の点は学年で3位だったよ、おめでとう!」
僕は素直に驚き、喜んだ。しかし学年で3位の高順位にまで浮上するとは想定外だった。
「他の教科もがんばったね!周りの先生もみんな君が生まれ変わったって褒めてたんだよ!…………まぁ、一部でカンニング疑惑もでてるけど」
猛勉強の甲斐あって今回はどの教科もいつもの2倍以上の点数をたたき出していた。これも全て、みーちゃんが僕にゲームを通じてメッセージを送ってくれたおかげだ。
「それで…コレね…」
そして学年3位の誉れ高き点数以上に、この現国の答案には異常に目を引く箇所がある、僕は自分の名前を書く欄の少し上にこのような落書きを残していた。
「…イマジン…」
「先生に気が付いてもらえて良かったです」
「この文字を見たとき、私初めて寒い日意外に鳥肌がたった、この日がくることなんてほとんど諦めかけてたから」
僕はみーちゃんの正体の確信に迫るため、芦沢美空という同姓同名の別人でないことを確かめるため、ワザと目に付くところにゲームをクリアした者しか分からない「イマジン」の四文字を書き残しておいた。そしたら案の定テスト最終日のこの日、「放課後に進路相談室に来るように!」と本人からお呼びがかかったのだ。
「…………それで……そーくん?」
「はい?」
「…ど…どうだった?…この、ゲーム…」
「え、はい、面白かったです!スゴク!丁寧な作りこみに個性的なキャラクター、最後まで気を許させないストーリー展開!そしてなにより、スカイ達と共に戦いを制していくうちに、自分に何が足りないのか…何が必要なのかを気が付かせてくれたんです!」
「…あ…そうなの……あ…りがとう」
なぜだかみーちゃん先生はここまで僕がウセディクスを高評価しているのにも関わらず、なにか小骨が引っかかっているようなあいまいな反応を示した。
「お世辞じゃないですよ!ここ最近発売されたゲームにも劣らない面白さがありました!本当に古くても良い物というのを味わった気分で…」
「…違うの!…他に…他に何か気が付かなかった?」
「え~と…そういえば高値の武器が無料で何個も手に入るバグはありましたけど…」
「…………わかった…ありがとう、いや…なんでもないの…」
どう見ても「なんでもない」という表情ではないみーちゃん先生、一体どんなことを聞けばよかったのだろうか?
「それじゃあ…そーくん…明日、ウ、ウセディクスのデータが入ったメモリーカードを返してくれる…かな?」
「え?…なんで?」
「…いいから!……明日、絶対ね!」
明らかにおかしな態度をとるみーちゃん先生、さっきからひっきりなしにメガネを掛けたりはずしたりしている。意味の分からない行動だけど動揺していることは確かだ。
ん?…意味の分からない…そうか!
「そういえば!先生!聞いていい!?」
「は…何?」
「ウセディクスってどういう意味なんですか?」
その言葉を聞いた瞬間、みーちゃん先生は酔っ払ったかのように顔を真っ赤に染め上げた。窓に近づいて西日でごまかそうとしたけど日がちょうどいい具合にささなくなって効力がなかった。だから両手で顔を覆ってしまった。
「うぅ……そーくん!それは…家でゆっくり!ゆっくり考えなさい!出来ればもう忘れなさい!」
「え?何で…」
「い い か ら !」
何故みーちゃん先生がそんな態度をとるのか理解出来なかった。しかしちょうどこの進路相談室にはおあつらえ向きのホワイトボードとマーカーが用意してあったので、僕は我慢できずにこの場でウセディクスの謎を解くことにした。
「えーと、U S E D…」
僕は8つのキーワードを再び検証するためにマーカーを走らせ、文字を順番に書き出した。
「あ゛ッー!そーくん!ちょっと!何してんの!」
「何って?ウセディクスの謎を…」
「家でやれって言ったでしょ!ホント君は言うこと全部右から左なん…だ…から…」
右から左!そうか!このアルファベットは普通に左から読めば「ウセディクス」だけど右から読んだ時に隠された意味が分かるって寸法なんだな!僕は8つのキーワードを逆から書き直してみた。
「えーと S U K I D E S U …………ス…キ…デ………………あ」
ウセディクスの本当の意味…うっかり僕は右手のマーカーを床に落としてしまった。そして今、全てを理解した。なぜ気がつかなったのだろうか…スカイは「空」で『美空』…ミライは「未来」で「ミキ」になって『ミッキー』…イマジンは[想像]、ワンは[一]で『想一』…そして…スカイがワンに向けて放った言葉…ウセディクス…これって!…これって!まさか…!
恐る恐る振り返るとそこには顔を突っ伏して泣きそうになりながら座り込んでしまったみーちゃん先生の姿があった…そしてその姿を見ていつもの3倍くらいのスピードで心臓を脈打たせている自分がいた。二人ともしばらく石化したかのように動かなくなって気まずい沈黙空間が生まれた。
「う゛っ…だから…だからメモリーカードを返せって言ったのに…」
そして僕は今、非常に重大な過ちを犯してしまったことに気が付いてしまった。
「ご…ゴメン…せんせぇ…あのゲームとメモリーカード…」
「どうしたの…? メモリーカードを ど う し た の !?」
「堀田に貸しちゃった…」
「バ…………バ カ ヤ ロ ぉーーーーーッ!!!!」
僕は土曜日、ウセディクスをクリアした直後、みーちゃん先生の気持ちに答えるため、大急ぎで堀田の元を訪れ、このゲームを貸すという件と引き換えに二日間に及ぶ徹夜の熱血指導を申し込んだのだった。ウセディクスを手に入れた経緯とその内容に激しく興味を持った堀田は喜んで引き受けてくれた。加えてコントローラーを壊してしまったペナルティとして、ウセディクスについての記事をブログに掲載することも許可してしまったのだ。
「なんで!なんでそんなことするの!よりにもよってあの堀田君だなんて!彼ならすぐに暗号に気が付くじゃない!」
「え…えーと…どうしよう先生!あいつなら多分試験期間中も余裕だったからゲーム進めてるよもう!」
「3日も経ってるの!?ヤバイ!早く!早く取り返して!いや、電話して今すぐカードを叩き割るように伝えて!爆弾が仕掛けられてるとかなんか言ってとにかく!」
「いや、先生!むちゃくちゃですよ!」
「早く電話!電話して!」
「ハイッ!…やばい!先生ッ!電池切れです!」
「あ゛あー!もうなにやってるのよ!じゃ私の携帯使って!」
急いでポケットから携帯を取り出そうとするもストラップが引っかかって取り出せない。
「ちょっとそーくん!これ引っ張って!」
言われるがままに携帯を引っ張る為、みーちゃん先生とかなり密着する体制になった、この状況に血流が乱れて動揺してしまった僕は先ほど足元に落としたマーカーの存在をすっかり忘れていた。
「うわっ!」
「そーくん!!」
僕はマーカーの上に足を乗せてしまい、滑る。そして携帯を引っ張る手をそのまま離さずにいたため、みーちゃん先生も一緒に、ひっくり返った。
放課後の静寂に似使わないあわただしい物音が進路相談室とその周囲に響き渡り、僕は今、とんでもない状態にあることを温かい感触と共にハッキリと理解した。
「え~と…先生…」
「いっつぅ~…そーくん、大丈夫?」
「…大丈夫です…それより先生…この体勢はヤバイです…」
「あ゛ッちょっ…待って…ストラップが…どういうわけかそーくんのズボンとからまって…」
みーちゃん先生は今、血なまぐさい例えで言うとちょうど僕をマウントポジションの体制で押さえ込んでいるカタチになっていた。
「…せ…先生!落ち着いて!あんまり動かないでください!」
自分はなぜかこんな状況で、ワンが復活した際に生み出した鉄の巨木のイメージを浮かべてしまった。
「そーくん!とにかく早く立って!」
「先生が乗ってるから起き上がれないんですよ!」
そんなやりとりをしていると廊下を誰かが歩いている気配を感じとり僕と多分みーちゃん先生も、とてつもなく嫌な予感を察知した。
「あ」
嫌な予感は大的中し、この部屋に誰かが入ってきてしまった。しかも…よりにもよって…
「堀田…」
「堀田君…」
一番見つかりたくない相手が…あの学力と性格が反比例している堀田がゆっくりとドアを開けて、獲物を狙う爬虫類の目でこちらを凝視している。
「え~と…フフ……何といっていいのやら…」
僕とみーちゃん先生は水槽に工業排水を垂れ流された金魚の気分だった。
「まぁとにかく……芦沢先生…いやぁ、ありがとう、とても面白いゲームでしたよ」
「ど…どうもありがとう…」
「まぁ…、まさかとは思って君たちを探して見れば…うん…………このゲームの通りだったとは…フフフフ」
「いや…その…」
間違いなく堀田はすでにゲームをクリアしていて、さらにスタッフロールから芦沢美空の名前を見つけだし、またさらにウセディクスがシャイだった幼きみーちゃんが僕に宛てた、とてつもなく回りくどいラブレターだったということを突き止めている口ぶりだった。やはり学力の高いマニアほど恐ろしい者はいない。
「お邪魔みたいだから…もう失礼するよ、フフッ…ソフトとメモリーカード、ここに置いときますね」
「堀田君!これは…」
「いえいえいいんですよぉ…ところで…どっちが先に言ったんですか?…………ウ セ デ ィ ク ス !ってェ!!ひゃはーーーーはっはっはっはあ!!」
堀田は奇声を上げながら廊下を走り去って行った。進路相談室にはマウントポジションの攻防を繰り広げている男女が二人、静寂の空気の中でたたずんでいる。
「そーくん…」
「は…はい…」
「君が派手に転んだから……誤解…されちゃったじゃない…」
ほとんど泣きそうになっているみーちゃん先生。さっきまで真っ赤に染め上げた顔が今では逆にどんよりと青ざめているように見えた、まるでリトマス試験紙だ。そしてそんなみーちゃん先生を、最終決戦の直前で弱音を吐いたスカイの姿と重ねてしまった。ここは僕がワンの代わりになって守ってあげなければ…妙な使命感が僕の口を勝手に動かした。
「…そんじゃ…とにかく」
「…………とにかく…?」
「…………どこか遠くに行きますか?ずっとずっと…どこか遠くに…」
ショックを和らげるためのちょっとした冗談のつもりだった、でもそれがいけなかった。この選択は間違っていたのだ。
「バ カ ヤ ロ ぉーーーーーッ!!!!」
想一達の行く先に待ち構えているのは輝かしい幸せなのか、それとも新たなる困難が待ち構えているのか?その答えは誰にも分からない、ただ一つだけ言えることは、早く堀田を追わないとウセディクスの記事をブログに晒されてしまうということ。
小さな一つの失敗が取り返しの付かない誤解を生む、輝かしい未来を犠牲にして…
彼らの冒険はこれからも続く!
終わり
この作品を完読していただき、まことにありがとうございました。改めて感謝いたします。
「ウセディクス」はとある動画にて、「中古屋で買ったRPGツクールに残ったデータを実況プレイする」という企画が催されていてそれがとても面白かったことから発案いたしました。
どこかの誰かが作った、たった一つのRPG。そのRPGはどんな思いをこめて、誰を楽しませるために作ったのか…?ロマンがありますよね。
もしもご意見やご感想があればどしどし承っていますのでどうぞお気軽にお申し付けください。
最後にもう一度、ありがとうございました。




