Act3.「スカイとワン、そしてミライ」
ゲームは1日1時間!
「想一…君ってば本当にすごいヤツだよ、期末テスト前だって言うのに授業中にあんなに派手に爆睡するなんて…よっぽど家で勉強しているんだねぇ」
堀田のイヤミったらしい言葉も全く気にならないほどに今日はしくじった。テスト直前の大事な授業を夢の国へとボイコットしてしまったとは…しかも寝ていると分かっていながら担任の芦沢は意地悪にも僕に回答の指名をし、ノアの大洪水レベルのヨダレでプリントを頬に貼り付けた姿をクラス中に披露するハメに…
「ボクが貸したコレクションで何をやっているのか知らないけど…その成果を是非今回のテストで見せ付けてほしいものだねぇ…」
わざわざこんなヤツからゲームステーションを借りなくても、ネット通販で中古を探せば安価でいくらでも手に入っただろうに…その場のテンションに任せて行動してしまったことにひどく後悔した。とにかくトイレにでも行って気持ちを切り替えよう。僕は逃げるように教室から出ようと席から立ち上がった、すると突然6歳くらいの子に思いっきり後頭部をゲンコツされた位の衝撃が走った。
「痛っ!」
「想一君、あなたの大事な教科書が食堂に放置されていましたよ」
担任の芦沢だった。なんたる非情!厚くて重い世界史の教科書で僕の後頭部に不意打ちしたのだ。
「す…すいませんでした…」
カップラーメンのフタを押さえる為に世界史の教科書を使ったことが間違いだった。
「もうすぐテストだぞ!もっと真面目になりなさい!」
またも大勢の目の前で情けない姿を晒すことに…それもこれも、例のRPG「ウセディクス」が原因である。大事な時期にも関わらず、昨晩は日を跨いでも眠ることが出来ずに徹夜をしてしまい、睡眠不足だ。要するに僕はみーちゃんオリジナルゲームにすっかりハマッてしまったのだ。
そのストーリー自体は単純なモノで、「ゲラ」と呼ばれる魔王がとある王国「ライズ」を支配しようと企んでいるが、主人公が仲間を集めてそれを阻止しようとするもの。
主人公は「スカイ」と言う名で、魔王の部下達によって滅ぼされた村から生き残った女の子だ。彼女は愛犬の「ミライ」と共に山へと逃げ込むと、そこには謎の男が倒れていた。介抱して意識を取り戻させると、なんと彼は記憶喪失になっていた。名前も思い出せなく困っていた男に、スカイは「ワン」という新たな名前をつける。犬のミライが倒れていた彼を見つけて、「ワン!ワン!」と吠えたからというなんとも適当な理由で。
スカイの明るくて元気な性格に初めは警戒していたワンもスグに心を許し、友達になった。そしてワンには不思議な力があった、その辺に落ちている木の枝や石を握るとそれらを槍や刀といった武器に変化させるという特殊能力だ。ワンはその力を使って村の生き残りであるスカイを追ってきた魔王ゲラの刺客「ショーサイ」という悪魔を蹴散らした。その時ワンは断片的な記憶を僅かに取り戻す。どうやら記憶を失う前のワンは魔王軍と戦っていたという過去があったらしい。
ワンは失った記憶の為、スカイの復讐の為、二人と一匹は魔王ゲラと共に戦うことを誓う。
といったキリのいいところで昨日(正確には本日午前3時頃)はゲームを終了させた。なぜそこまで時間が掛かってしまったかと言うと、このゲーム、十代の女の子が作ったとは思えないほどに細かいところまで作りこまれている。たとえば多くの仕掛けが施されているダンジョンやトレーディングカードを集めるミニゲーム要素までぬかりない、なんてことのない町の中に至るまでプレイヤーを飽きさせない要素が満載なのだ。みーちゃん、恐るべし。
僕は今日、授業中も、昼休み中も、今こうしてトイレで手を洗っている最中でさえ、ウセディクスのことばかり考えていた。
ああ…早く帰って続きをプレイしたい…
「なぁ想一」
堀田の姿が突然洗面所の鏡にヌッと映りこみ、背後から話しかけてきた。
「なッ…なんだよ?」
「何やらキミ、掘り出しモノの一品を見つけたようだねぇ?」
「は?」
「そのやや充血した瞳、睡眠不足、間違いないね、キミはゲームにハマっている」
さすがはレトロゲームマニア、その辺りの感覚はスルドイ。
「だからなんなんだよ?」
「それが原因で勉強に身が入っていないみたいじゃないか?それでもし何だったらボクがキミにテストでいい点が取れるように指導してあげてもいいんだぞ」
またも上から目線、イヤミな性格だけど全国模試で1位をとったことのあるほどに堀田は頭がいい。彼のアドバイスがあればテストで良い点がとれることは間違いないのだ。
「マジで?」
「マジさ、ただし条件がある」
堀田はあまり似合っていないアンダーリムの眼鏡を人差し指でクイッと持ち上げる。
「何だよ?その条件って」
「簡単さ、キミがはまっているゲームを是非とも貸して欲しい…」
「え?」
「疼くんだよ…今日キミと会ってから、ボクに備わるレアゲームセンサーの反応がビンビンにね…これは隠れた名作の匂いがするぞ!ってね」
相変わらず気持ちの悪いヤツだなぁ…そんなだから俺ぐらいしか友達がいないんだよ…堀田の交換条件に僕は即答した。
「ことわる」
「……なッ…なんだと?」
ウセディクスはただのゲームじゃない、心の友みーちゃんが僕の為だけに作ってくれた世界でただ一つのRPGなのだ。そうやすやすと他人の手に渡せるハズがない。このゲームをプレイすることはテストで良い成績を収めることより重要なのだ。
「そんじゃ」
僕は唖然とする堀田を尻目にトイレから飛び出した。
「…さすがだ…想一…そうこなくっちゃあ…キミもマニアの気質というモノが分かってきたじゃないか……フフフフ…」
堀田が何かつぶやいていたみたいだけど僕にはよく聞こえなかった。
世界史の教科書って厚くて重いイメージだったけど
実のところどうだったか定かではない。




