第四話 ねる・ネル・寝る=3
六月初期の梅雨も間近に迫る中、明日から雨が連続するらしいと天気予報、インターネットなどでも伝えられていた。
外は昨日も雨だったためか、湿気ているのか異様にジメジメしている。なので仕方なく本日、土曜は仕方なく屋敷内で遊ぶことにしようとヒメが暇そうに告げていた。
とはいえ、やはり二人では暇らしくヒメは床でゴロゴロしている。
「雨で濡れる男って萌えますわね」
「突然なに言ってんだよ」
寝っ転がったまま意味不なことをぬかすヒメ。
「だから、濡れ男は萌えると言ってますの」
「それはもうわかった。なぜそうなったのか聞いてんだよ!」
「というわけで雨に打たれてきてちょうだい! ヨルよ」
「どんなわけだよ! しないからな、絶対に」
しつこく聞き分けのないヒメの追求に断固拒否する。
「私も濡れますから!」
「いいよ、風邪ひいて困るのはこっちだし」
「あら心配してくださるの、ではやめてあげますから早く濡れ男になってちょうだいな」
ソファーに座っている僕を上目使いでお願いをされる。
「暇なんだな、じゃーなにかしようか」
「察しがいいようで、では皆さんを呼びましょうか」
「もうこれがパターンなのか?」
「なんのことです~?」
とっさに目を逸らし、とぼけているが絶対わかってるよな……この嬢さんは……。
「なにするの?」
雨が凄いながら、合羽を着てまで遊びにきてくれた冬葉がさっそくヒメに尋ねる。
「ちょっとお待ちになって、冬葉」
「あ、うん……」
「それで莉乃と南雲はどうしましたの?」
尋ねている冬葉を保留し、ヒメが僕に耳打ちしてくる。
ちなみにまだゴロ寝体勢。
「二人は買い物に行っているから、今日は無理だそうだ。わかったか?」
「あらそうですの、ならば今日は三人で遊びましょうか」
「姫夏ちゃん。で~なにするの?」
改めて尋ねてくる冬葉。
「では今日はこれについて話しましょうか」
するとヒメはどこからか知らんが、枕を取り出してきた。
「それって確か、このまえ買った低反発枕……だっけ?」
「そうですの。今日の議題は『睡眠』ですわ」
「そういえば姫夏ちゃんの目の下すこし黒いけど、寝不足なの?」
ヒメは冬葉にそう指摘されるとわかりやすく体がビクッと動いた。
まあ図星なんだろうな。
「ヒメ、寝てないのか?」
「………………」
下にうつむき、無反応なのでもう一回聞く。
「寝てないんだな? そうなのか?」
「……て……ないわよ……」
言葉をこぼしたが、声が小さすぎて聞き取れない。
「なんて言ったんだ?」
「だ・か・ら!! 眠れないんですぅー!!!」
キレたように大声を吐きだし、こっちに飛びついてくる。
逆にうるさいな。
「わかったから落ち着け!」
ムキー! とかサルみたいに暴れるヒメを冬葉と二人でどうにか落ち着かせた。
「なに? 悩みでもあるのか?」
しょぼんとして反省している。
「なにもないと……思いますわ……」
「本当になにもないの?」
冬葉の質問にコクンと頷いた。
「だからお二人にコツを教えてほしいんですの」
僕と冬葉の手を取り、握りしめてくる。
「寝るのにコツなんてあるのか?」
「ですから~寝つくまえにこんなことを考えてる~とかですわ」
「冬葉、なにか提案ある?」
「わたしは~今日あった出来事を振り返ったりするかな」
この答えにはヒメは気難しい顔つきになった。どうやらピンとこないらしい。
「ヨルはなにかありませんの?」
「僕か? これといったことは考えないが………………これはダメか」
意味深に答えを濁すと気になるようで、僕の言葉に食いつく。
「なにかありますの!」
「いやこれは……なんというかその……あの……だな……」
「勿体ぶらずに仰りなさい!」
「わたしも知りたいな。夜夏くんの寝つきの方法」
天使のような笑顔をしている冬葉に心の根が折れました。こりゃもうぽっきりとね。
「……エロいこと……考えてます…………」
「「………………」」
しばしの無言が続いた。一分ぐらいだったかな。僕には三時間ぐらいに感じたさ、ははは。
「お、男の子だからしょうがないよね! うん……」
両手を合わせ、微笑みながらにフォローしてくれる冬葉。
なんかありがたいような、心苦しいような。微妙なラインを彷徨う。
「まあ参考にしましょうか。じゃ次は寝るまえにすることを教えてくれませんか?」
この問いには冬葉がすぐに答える。
「わたしは、小説を読むよ」
「それはいいかもしれませんわね。参考にさせてもらいますわ」
さっきから意見をノートにペンを走らせ、書き込んでいる。
「僕には聞かないのか?」
「いいですわ、どうせソロ活動でしょ?」
「してねえよ!? さっきので僕の印象はそっちにいったのかよ!?」
「ねえ夜夏くん、ソロ活動って歌でも練習してるの?」
眩しく純粋な瞳をした冬葉が僕に疑問符のソーラービームを撃ってきた。
もちろん純粋な心を汚す権限は、僕にまったくもってないので。
「いや歌ではないんだが、二人用ゲームを一人でやってるんだ(半分嘘)」
自分で想像したが、めっちゃ寂しいやつだな。
誤解はしないでくれ皆さん。僕は夜に一人用ゲームをやっているので、ありからず。
「へーそうなんだ。わたし、てっきり歌手を目指してるのかな~と勘違いしちゃった」
きみのためなら歌手でも総理大臣にでもなろう、いいや僕はなるぜ。
まあならないが……。
「で、ヨルはなにをしてますの?」
「興味ないんじゃなかったのか?」
「とりあえず聞くだけならタダでしょ?」
「じゃー金とっていいの?」
「お金、いりますの?」
「いや、いらないが……」
真顔で返されたらどうしていいかわからないんだが、仕方ないから正直に答える。
「僕も冬葉と変わらないがたまに勉強したり、小説読んだりが主だな。」
「あら面白くありませんわね」
「ならなにが面白いんだよ」
聞き返すと少しだけ目線を上にあげ、考えてから続ける。
「せめて夜な夜な悪党共を倒す正義の使者! ぐらい!」
「実際いないだろ! そんな奴ら」
「じゃー逆に夜な夜な怪盗に変装してお宝を拝借するというのはどうでしょー!」
「どうでしょー! って言われても困るし、今からなれってか!」
「夜夏くんなら怪盗キ○ドも夢じゃないよ!」
まさかの冬葉も乱入。しかも無駄に期待の眼差しを向けて。
「いや犯罪者になりたくないし、勘弁しろって、つか今はヒメの寝不足の話だろ!?」
それを聞いて二人とも「あ~」と納得と思い出したような顔をしていた。
「勉強は私しませんし、次の質問に移させてもらいますわ」
ちらりとテーブルに置いてあるノートを覗くと「怪盗」などとまったく睡眠と関係ないものまで書き込んでいた。
嘆息を挟み、路線がぶれたことを生かしつつ。
「ならば安眠グッズについて話しましょうか」
「それはつまり今ヒメが持っている低反発枕とかそんなのか?」
「そうですわ!」
ヒメは力強く頷く。
それに続くように冬葉が話す。
「わたしは足を少し高い位置に乗せて寝てるよ」
「たしか足の血行にいいんだっけ?」
「そうですの?」
「わたしは特に意識してないんだけど、昔からやってるから習慣みたいになってるの」
親がやってるのをマネした感じなのかな。
そしてそれが当たり前のように毎日やってるだけ。
「私もやってみようかしら」
猫の手も借りたいようでどんどんアイデアを取り入れるヒメ。
どんだけ寝てないんだよ……。
「いっそのことプ○ンかピ○ピにうたってもらったら? 絶対寝るし」
「どうしましたヨル? 眠いんですの?」
「いや眠くないが」
「無理はよくないよ夜夏くん!」
「だから眠くないって」
「ヨルがジョークを仰るなんて……お医者さんに」
「うん! それがいいかも」
「すまねーな! 面白くなくて! 所詮ツッコミ係さ僕は!」
「さて続けましょうか」
切り替えの速さにツッコミたいが、今はこの好意に甘えることにする。
「本当に大丈夫なの?」
ヒメはスルーしたが、冬葉は真剣に心配していたので「まじでへこむからやめてくれ」と苦し紛れに言うと冬葉も退いた。
ボケを口に出すのはよそう……スベるし。
「なにか提案はないですか?」
このままやってても終わりの目処が立たないし、疑心暗鬼でもいいから実行したほうが早そうだ。
「なら今から試したらどうだ?」
「私が今から寝ろと?」
「ダメなのか? 眠いんだろ?」
「まあいいですけど、なら私の部屋に行きましょうか」
アイデア帳と枕を持ってヒメの部屋のある二階に向かう。
階段上がり左側の奥がヒメの部屋で真逆の奥が僕の部屋である。あいだの部屋は後日に回させてもらう。
「うわぁ~ここ入るのわたし、久しぶりです!」
冬葉がヒメの部屋に入るや否や興奮していた。さらに。
「あっ! これ『ワルい娘スキャンダル』のすみれちゃんのフィギュアだー! こっちにはわたるくんがー!」
部屋のショーケースの中に飾ってあるフィギュアに、食いつきながら眺めている。まさにその姿は「オタク」そのものだった。
高校二年生の趣味としては、どうなんだろうと考える。
「あの~冬葉ーさん? それはあとでも……」
「あら! 冬葉お目が高いですわね、それはおととい届いた100体限定フィギュアですのよ!」
「な、なんだってー!?」
「あの~お二人さん? そろそろ本題に……」
「「ちょっと待ちなさい(待って)!!」」
「…………はい」
お熱い雑談を止めることは、僕には到底無理でした。
どうやら睡魔をふっ飛ばし、眠りにつかずに先に魂のほうに火がついたようです。
二人はそのまま三十分ほど、たっぷりと僕を気にもせず語っていた。
「気がすんだ?」
「「すいません」」
「では本題に移ろうか。じゃっヒメはさっさと布団に潜れ」
「わかりました」
ダブルベッドに素直に潜るヒメ。
ダブルベッドを一人で使うとは贅沢な!? という文句は受けつけていませんのであしからず。
「夜夏くん……」
横から冬葉が声をかけてくる。
「なに?」
「えっとそのー…………」
なにやらはっきりしない冬葉にしばし「?」を浮かばせていると――。
「きゅ~」
「「………………」」
冬葉のお腹から妙に面白い虫が鳴った。
反応としては「そういうことかー」と苦笑いにごまかす。
「うん……お腹減ったの……」
「私もお昼食べたいですわ!」
目をムッと開き、飛び起きてそのまま一人で一階に行ってしまった。
強制的に一時休戦になった。
「じゃーまたあとで来るね?」
「いやお昼ここで食べたら? 外まだ雨が凄いし」
冬葉は窓から外の様子を伺うと「ごちそうになるね」と帰宅を諦めた。
「冬葉は和食とカップめんどっちがいい?」
大概の人なら和食を選ぶだろう。だから冬葉も「わしょ……」と和食を言いかけた。なぜ止めたのか。その真実は、これだ……1、2、3。
「カップめーん、カップめーん……」
冬葉の横から念を送るように囁いているヒメに恐怖を覚えていたからだ。
「普通に選ばせてやれ」
軽くヒメの頭をどつく。
「せっかく朝に届きました特製ラーメンを味わっていただこうと思いましたのに」
それが効いたのか「特製……」と呟くと喉を鳴らしていた。
「冬葉は結局どっちにするんだ?」
手を揃えて、画面に向かって。
さああなたの真実は――。
「カップラーメンにーしようかな」
それを聞いて、ヒメは冬葉にキラキラな眼差しで見つめていた。
さっさと用意を済まし、テーブルに座る。
「じゃーいただきます」
続いて二人も手をあわせて「いただきます」で食べだした。
シュールな光景だ。目の前二人がカップめんに一人は和食のフルコースを食している。
冬葉はこちらをチラチラ見ながら定価157円のラーメンをすすっていた。
「じゃー食事も済んだし、ヒメの問題の続きを~」
「これは微妙でしたわね~明日はこっちにしましょ」
「フルコース……」
冬葉は選択を誤り、後悔したことに嘆いていた。
それはされおき、再びヒメの部屋に行き、ヒメは布団に潜り、一個目を試す。
「じゃー『本を読む』から試そうか」
「わかりましたわ」
ヒメは体を起こし横に置いてあった本を読み出す。
もちろんライトノベル。
「それもやはり本の類いに入るのか?」
「違いますの?」
「ノベルだから本だと思うよ」
確かに数ページに挿絵が存在するが僕は本だと認識はしていた。だが世間がこれを本と認識しない人もいることだろう
「それもそうだな」
「今日は『セキュリティーハンター』を読みますわ」
「あっ! わたしもそれもよん……むぅ」
「いい加減進ませてくれ」
さっきの流れに進みそうだったので冬葉の口をつまんだ。
「ごめんなさい……」
三十分が経過。
「まだか?」
「…………」
「おーい? 聞いてるのか?」
耳元で呼びかける。
「…………」
夢中でこっちの声が入ってないようだった。
「ダメか」
効果なしを先読みしてヒメから本を取りあげる。
「なっ!? なにしますの! 良いところですのに!」
「いまは……読書をマジ読みする時間じゃねー!」
ヒメの眼は読む前より冴えているだった。
「寝る気ないならやめるぞ?」
「そうでしたわね、なら手本を見せてくださいな」
「手本? どうやって」
「ヨルが手本で寝てみてください」
「それ意味ある?」
「やってみなくてはわかりませんわよ!」
「わかったよ、なら代われよ」
交代してヒメのベッドに潜る。
かすかに残っているヒメの香りと温もりが――じゃなくて。
「じゃ寝る」
「おやすみなさいまし」
「おやすみ夜夏くん」
どれくらい経っただろう。意識が戻り、眼を開く。
「あれ? 僕、何時間ぐらい寝てた? あれ?」
体を起こすと隣にいた二人はいなかった。
「どこ行ったんだ?」
ベッドから下り、一階に向かおうと廊下に出ると二人が歩いてきた。
「あらやっと起きましたか。二時間は寝てましたわよ」
「疲れてたんだね夜夏くん」
そんなにぐっすり寝てたのか……。
「それはともかく参考になったのか?」
「ふむ、もう一回お願いしますわ」
人差し指を頬に当て、そう追加注文してくる。
「また寝れってか」
「お願いしますわ」
「は~……わかったよ」
ヒメの部屋に行き、ベッドに潜り、二度目の眠りにつく。
案外寝つけるものだ。
…………。
「うん? あれ、またいな……」
「でーこっちが……」
「起こせよー!!!」
僕を放って、二人は隅にあるヒメの机で雑談していた。
「気持ちよさそうでしたんで」
この返しには冬葉もうんうんと頷く。
「寝る気ある?」
「ありますわ」
「ホントに?」
「私に二言はありませんわ、だからあと一回だけお願いします」
「あと一回だけだからな」
「ありがとうございます」
本日の三度目の眠り、そろそろ限界が来そうだ。
「ヨル起きなさい」
「うん……どうだ? 参考になったか?」
体を起こし、ヒメに尋ねる。
「よく考えれば他人のを見て参考になんかなりませんわよね」
ピキッ。
「やっと気づいたか……」
「ヨル。他に案はありません?」
「そうだなー」
僕の顔に異変を察知したのか、ヒメの顔は少し後ずさっていた。
「眠ればいいと思うよ」
「は、は、は……はいー!」
すぐさま僕と交代し、ヒメはベッドに潜り込み、眼をつぶった。
「夜夏くん怖い……」
横で聞いていた冬葉もこちらじっと見て、恐怖で硬直していた。
「すまん、頂点に達したんだ」
埒が明かないし、堪忍袋も限界にきていたのがついに顔に出てしまったが、別に怒ったつもりでもなく、ただ……。
「あれ? 姫夏ちゃん寝たみたいだよ」
ヒメのほうを見ると確かに寝息を立てていた。
恐怖で夢の世界に逃げたようだ。
「じゃここにいたら邪魔だし」
「そうだね」
起こさないようにそのままヒメの部屋を退室した。
最初のはまったく参考にならず結局、力業でねじ伏せることになったが結果オーライだな。
このままヒメは朝まで起きなかったのは予想通り。
この結果、僕は逆に四時まで寝つけなかったのも予想通り。




