履歴ボックス
「心」が目に見える、少し変な話となっております。
ある日、宅配便が来た。
最近はインターネットで何か買った記憶もなかったので、てっきり親からの仕送りだろうと思った。
しかし、仕送りにしては箱がでかい。
届けられた箱は二つあって、一つは両手の平に乗るくらいの小さい箱なのだが、もう一つはやたらでかく、玄関から入れられるギリギリの大きさだった。
とりあえず、割れ物注意のシールが貼ってあるので、慎重に運び入れた。
六畳一間の部屋に箱を置き、一旦座る。
もしかしたら悪戯かもしれない。というか、こんなに大きい箱をこの狭い部屋に送ってくるだけで、すでに悪戯だよな。そんなことを考えながら、大きさの全く違う二つの箱を、マジマジと見つめる。
しかし見ていても、その箱が何なのか分かるワケが無い。
だから箱を開けることにした。まずは大きい方。
箱の中には、その箱とほぼ同程度の大きさの箱が入っていた。
中の箱を取り出すと、紙が一枚、引きずり上げられて出てきた。箱を置いてすぐ、俺はその紙を拾い上げる。
『この箱は、受心ボックスです。あなたが今まで受け取った、あなたに贈られた心が入っています』
紙にはそう書いてあった。
俺は、その紙を睨んだ。書いてあることの意味が理解できなかったからだ。受心ボックス?心が入っている?意味が分からない。
目線を紙から箱、紙の説明には受心ボックスだと書かれていたその箱に移す。疑いの眼差しで見ていたら、ある事に気付き、目を丸くする。箱には、『受心ボックス』と丁寧な字で書かれていた。
――箱に書いてあるからと言って、俺が信じるとでも思ったのか?
この箱を送ったヤツに呆れた。
俺は受心ボックスを開かず、受心ボックスの上に紙を置き、もう一方の箱を開けることにした。受心ボックスより、一回りも二回りも小さいその箱を。
――こっちが受心ボックスってことは……
そう思いながら箱を開けると、先ほどと同じく中に箱が入っていて、それを取り出すとやはり紙が出て来た。
取り出した箱には、『送心ボックス』と殴り書きされていた。何で殴り書きかは分からないが、俺の予想は当たった。
『この箱は、送心ボックスです。あなたが今までに送った心が入っています』
俺の予想を裏打ちするように、箱と一緒に出て来た紙にはそう書いてあった。
その紙も、送心ボックスの上に置いた。
箱から出て来た二つの履歴ボックスを並べ、俺はその前に座って腕を組む。座りながら箱を睨み、箱に書かれている字体の違いよりも何よりも、その大きさの違いが気になった。
たしか舌切スズメは、大きい方の箱がハズレだったな。そう思いながら、俺は大きい方の箱、受心ボックスに手を掛ける。どっちも開けるつもりだから、先に大きい方。俺は、楽しみは後にとって置く派だから。
箱に対する疑念は晴れないが、俺は受心ボックスを開けた。
受心ボックスの中には、心が入っていた。トランプのハートマークと同じ、心。俺は不思議と、それらが心ではないと疑うことはなかった。箱の中は、俺の知っているヤツの心、中には知らないヤツの心、数えきれない程たくさんの心が入っていて、不思議な温もりがあった。
俺は、受心ボックスを閉じた。
――嘘だろ
そう思ってすぐ、送心ボックスを開けた。
箱の中には、俺の心が数個、両手で充分数えられるくらい少ない心が入っていた。数が少ないせいか、それとも一個一個がそうなのか、またはそのどちらも原因なのか、理由は分からないが箱の中は冷えていて、俺は寂しさを覚えた。
――俺って、もらってばかりだったんだ。ちっとも返してない。
これが、俺が二つの箱を見て、率直に思った感想。
受心ボックスからは、その心の持ち主の気持ち、優しさを、厳しさを、想いを、俺は確かに感じた。そしてそれは身に覚えのあるモノだった。
送心ボックスからは、何でこんな物が、と思うような物しか出てこなかった。そして何より、俺は自分の心なのに、それらに身に覚えが無い。
自分自身にがっかりした。そして、それを俺に思い知らせた送心ボックスに八つ当たりしようとした。小さい箱を蹴り飛ばす為に見下ろすと、箱の上に置いていた紙には続きがあることに気付いた。さっきは上の方だけ読んですぐに置いたから気付かなかったが、説明には続きがあった。
『これらの箱の中身は、あなたと一緒に変化します。増減はもちろん、心一つ一つの質も変わります。くれぐれもお気を付けて』
そう書いてあった。
――俺と一緒に変化?心の質?
紙に書いてあることの意味を、俺はしばし考えた。
意味を考え、若干の推測は立てられたが、それはあくまで推測でしかない。だから、俺は自分の推測の一つ「想いを伝えれば、送心ボックスの中身が増える」を確認することにした。
ケータイを取り出し、最近告白され、何となく付き合い始めた彼女にメールを打った。「突然だけど、俺もキミのこと好きだよ」と書いた通り本当に突然過ぎる内容を。彼女には今まで一回も好きだと言ったことが無かったから、サプライズ的なモノだとでも思ってくれたらいい。
しばらく待っていたら、彼女から返信が来た。
『ホントに突然ですね。どうしたんですか?もしかして酔っ払ってます?ビックリしたけど、すごく嬉しい』
彼女からの返事を読み、気持ちを込めていないメールを送ってしまったことに、俺は胸を痛めた。
彼女には少し申し訳ないと感じたけど、それは一旦横に置こう。
俺は、二つの履歴ボックスを確認する。先に受心ボックスを開いて見たら、彼女の温かい心が一番上に乗っかっていた。次に送心ボックスを開いて見る。箱には新しい俺の心が追加されていたが、他のモノや彼女の心と比べると、色がくすんでいて、冷え切っていた。
どうやらこの不思議な箱は、本当に心の履歴ボックスであり、紙に書いてある通り変化もするらしい。自分の新たに追加された心に落ち込むことを代償として、そう確信を得た。
心が入っている二つの箱は、狭い部屋には邪魔だが、だからと言って捨てる気にはなれない。心が入っているんだから、捨てるなんて以ての外だ。大きい箱の受心ボックスは、押し入れに空きがあったので、そっちにしまった。送心ボックスは、邪魔にならないように部屋の片隅に置く。
送心ボックスを押し入れにしまわなかったのには、理由がある。
――こっちの箱も、送心ボックスも、受心ボックスみたいにしたいな
そう思ったから、いつでも中身を確認できるようにした。
送心ボックスも、受心ボックスみたいに心でいっぱいの、温かい箱にしたかった。
送心ボックスの中身を変化させることを決めたはいいが、どうすればいいのか分からなかった。一度質の悪い心を追加させる失敗をしたせいで、次を躊躇ってしまう。
送心ボックスを見る限り、今までの生活態度では増えることは無さそうだ。だからと言って、送心ボックスに質の良い心を追加するような、今までやらなかったことが何なのか、俺には見当もつかない。
最初から入っていた心も、俺には身に覚えの無いモノだったから、あれがどのような経緯で入ったモノなのか分からない。
――俺はその時、どういう気持ちで、何をやったんだろう?
考えてみても、全然思い出せなかった。
送心ボックスを変える為に何をすればいいのか分からないまま、俺は街に出た。
どうすればいいのか答え、とまではいかなくてもヒントくらいは見つけたいな、そんな甘い考えを持って街中を歩いている。
――バスや電車で、年寄りに席を譲ったりすれば良いのか?
通り過ぎるバスを見た時、そう考えた。
しかし、その考えはすぐに自分で打ち消した。
そんな目立つようなこと、恥ずかしいからしたくない。それに、普段そういう交通機関を利用するような生活をしていない。送心ボックスの為にわざわざ乗るのもバカ臭い。
何か別の方法を求め、俺は街を歩く。
当てもなく街を歩き続けていたら、泣いている子供を見かけた。
気になったので、俺は少し離れた位置で子供を見続けた。心配そうに見る人、迷惑そうな顔をする人、子供に気付いた人の反応は様々だが、誰も子供に声をかけようとしない。
――お節介も、親切になるのか?親切って、心か?
心の中で自問自答するが、答えは出ない。
いろんな事が良く分からないままだけど、そのままその場を立ち去ることも出来なかった。
――今までとは違う生き方をしてみようって決めただろ。だったら、目立って恥ずかしい思いの一つもしてみようぜ。
自分を鼓舞し、俺は子供に歩み寄った。
――不審者に思われたらどうしよう。もしかしたら。実は母親が近くに居て、叱られて泣いているだけだったら?でも、近くに母親らしき人はいないよな。
直前で怖気づいたが、足は止めなかった。
「どうした坊主?迷子か?」
子供の目線に合わせてしゃがみ、怖がらせないように優しくを心掛けて、子供に声をかけた。
子供は俺に気付き、目を合わせずに「ママが…、どっかに…」と泣きじゃくる。俺は、予想が当たったことに喜びはしなかった。が、少しホッとした。
「ママ探すの、手伝ってやろうか?」
俺は子供に訊いた。
「ホント?」
子供は赤く充血した目で、俺を見る。
「ああ。ママとはこの辺ではぐれたのか?」
「わかんない。……気付いたら、どっか行っちゃった」
鼻水をすすりながらも一生懸命話す子供に、どっか行っちゃったのはお前じゃないか、そう言いたかったが我慢した。
辺りに母親らしき人もいないし、どこではぐれたかも分からない。手掛かりもないから、地道に探すしかない。どうしようか考え、ある方法を思いついた。
「坊主。肩車って分かるよな?」俺が訊くと、子供は頷いた。「俺が肩車してやるから、高い位置からママを探せ。もしかしたら、ママの方が気付くかもしれない。…どうだ?」
「…うん」
「よし!」
子供に頷き返し、俺は頭を下げる。子供が俺の上に乗っかる。「危ないから、あんま動くなよ。落ちないように髪の毛でもいいから掴んでろ」「うん」子供の脚首を掴み、子供を持ち上げて、立つ。子供の体重は軽く、バランスを崩す心配もなさそうだった。
「どうだ?ママ居るか?」
「ううん」
あまり動き回るとすれ違うことも有り得ると思ったので、子供に出会った地点を中心に、短い半径を回るように歩いた。
「あ、ママ!」
子供が、指をさして叫んだ。それと同時に、この子供のモノだと思う名前を呼びながら、一人の女性が俺達の方に駆け寄ってきた。
母親が見つかったことに安堵し、「降ろすぞ」と子供に一声掛けてからしゃがんだ。
子供は俺から降りると、すぐに母親の方に駆け寄り、抱きついた。母親も、子供を抱きしめる。
その様子を見て満足したので、俺はこの場を立ち去ろうとした。
「お兄ちゃん!」
「ん?」
子供が呼んだので、俺は振り返る。
「ありがとぉ」
子供の隣で、母親も頭を下げていた。
「……おぉ」
俺は手を上げて応え、すぐにまた踵を返す。
やっぱりすっげぇ恥ずかしかった。照れ臭くなり、頭をくしゃくしゃとかきむしった。
――でも、悪くない、かも。
少しだけ、そう思った。
それ以上は何もする気になれず、逃げるように家に帰った。
家に着いたら、すぐにベッドの上に寝転がり、さっきの子供との出来事を振り返った。思い出すと恥ずかしくなり、考えることを止めた。
しばらく横になり、ふと送心ボックスのことが気になった。元々送心ボックスの為に外出していたのだから、帰ってすぐに確認すべきだったな、と苦笑いする。
送心ボックスには、俺の心が新たに追加されていた。さっきの心だ。最初に追加された心と比べると、だいぶ見た目も良いし、仄かに温かい。
嬉しかったが、素直に両手放しで喜べない。結果はどうあれ、すごく嫌々だったし、きっかけは自分の目的の為。心からあの子供を心配したワケでは無い。
コレで良いのか悩んだけど、参考にはなった。
あれからは生き方を少し変え、恥ずかしいと思っていたこともやるようになった。取り掛かりが鈍く、嫌々始めるのは相変わらずだが、それでも行動を起こす。そうしていると、自分は意外にお節介な性格なんじゃないか、そう思った。
コツは分からないままだけど、送心ボックスには少しずつ心が溜まり始めた。質が良いモノばかりじゃないけど、悪いモノばかりでもない。
質の悪い心でも取り除くことはせず、それも俺の心なんだと受け入れ、数が溜まってきたこと自体を喜んだ。
でも、やっぱり質は良くしたい。そう、前と少し矛盾することも思うようになった。
俺は欲張りで数を減らすことは考えないので、送心ボックスの中身は順調に溜まる。そしてある日、今のままの小さい箱でもまだ余裕はあったが、大きい箱に変えることにした。受心ボックスくらい大きい箱に変えて、その箱を質の良い、温かい心で埋めたくなった。
大きい箱を用意して、慎重に中身を入れ替える。自分で『送心ボックス』と箱に書いた。前と大差ない、汚い字だ。ついでにノリで、割れ物注意のシールも貼った。
そして不意に、サイズを同じにした箱を並べてみたくなった。入れっぱなしだった受心ボックスを久しぶりに出すか。そう思い、腰を上げる。
押し入れの戸を開けて、俺は言葉を失った。
受心ボックスは、いつの間にか心で溢れ返っていた。
すぐに大きい箱を用意しないと。そう思った時、彼女の心が足元に転がってきた。相変わらず温かい心。これに応えたくて、俺も彼女に自分の心を送った。少しずつ彼女のことを知り、彼女の魅力に触れ、前とは違って心から「好きだ」と言うことも出来るようになった。前とは違って、言うのにかなり躊躇ったし、言った後も恥ずかしかったが、言えて良かったと思っている。送った心の質も、以前とは比べ物にならないほど良い。
――そんな事より、箱変えないと。
彼女の心をそっと置き、俺は溢れ返った箱を見る。
「まだまだ追い付きそうにないな」
知らず知らず心を貰っていて、それに返せていない。また、知らないうちに心を贈っていることもある。
根は優しいのだが、それを上手に出せていない主人公。
そんなことを思い、イメージしながら書きました。
心が目に見える、とそんな変な設定ですみません。