チェリー、16歳没(1)
いつのまに眠ってしまったんだろうか。私は揺さぶるような微かな振動で目を覚ました。
え、振動? 不審に思ってあわてて周りを見回す。誰かが掛けてくれたのだろうか、体にやわらかな毛布が掛かっている。
一体ここはどこだろう。どうして私はここにいるんだろう。目を覚ます前にあったことを思い出そうとしたとき、「あら、気が付いた?」と優しい女性の声が左側から聞こえた。
私は声のしたほうを向く。そこには、声のイメージと同じ、ふんわりと温かい笑顔が特徴的な見知らぬ女性がいた。
全然知らない人だけど、不思議と怖いとか怪しそうとかは思わなかった。今さっき見た笑顔のせいだけでなく、なんだか全体的な雰囲気がとても和やかで落ち着いていたから。
女性は、おそらく歳は20代後半くらい? いや、ここは何だか薄暗くて細かいところはよく見えないから、実はもっと歳がいってるかもしれない。
この薄暗い中でも、窓から入るわずかな光に照らされるおかげで髪が茶色いのは分かる。そのツヤツヤした髪は胸ちかくまで伸びていて、下のほうが少しウェーブがかっている。
窓。そう、ここには窓がある。そして私のちょうど前の席には静かにハンドルを握っている男の人がいる。
つまり、ここは車の中。それも、運転手の男性がキリリとしたスーツ姿なところや、座席に純白のレースが掛けられているところを見ると、この車はタクシー、なんだろうか。
けれども私はタクシーに乗った覚えなんかないし、それになぜか真横には知らないオバサン。
私はちょっと怖くなって、オバサンから遠ざかるように身を引いた。すると、私が怪しく思っていることに気付いたのか、オバサンは私を安心させるかのように一層やさしそうな笑みを浮かべた。
「大丈夫。わたしたちはあなたを誘拐とか、そういうことをしようとしているんじゃないの」
オバサンの言葉を無視して、私は前方にあるメーターの下に表示されたデジタル時計を見た。午後8時10分。ずいぶん長く眠っていたと思ったのに、信号待ちをしていたときからそんなに時間は経っていない。
……そういえば、私はあの信号が青になったあと、どうしたんだっけ。
私の頭の中に夜景や信号の色とりどりの光が思い出されたとき、となりのオバサンが再び口を開いた。
「染井良乃ちゃん。あなたは自分の身に何が起こったか分かってる?」
今度はさっきみたいな優しい口調じゃない。学校で担任の先生が何か重要なことを伝えるときみたいに、真剣で重々しい声だった。
けれど、私にはその声音よりももっと気がかりなことがある。