チェリー、16歳 (7)
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夜になってから見る風景と昼間見る風景は、まったく表情がちがう。
お店やビルのネオンが飴玉みたいにきらきら光って、朝学校に行くときに見た街並みとは全然ちがうように見える。昼間の街並みももちろん大好きだけれど、夜に見る地元の街はなんだかちょっと幻想的で、もっと好き。
国道では今日もたくさんの車が家へ、仕事場へとせわしなく行き交っている。
私も早く帰ろう。ちょっとだけ足を速めた。
駅からしばらく歩いたところにある横断歩道で歩みを止めた。赤信号が街のネオンと混じって、陽の光に照らされたルビーのように輝いている。
周りには私と同じような女子高生やおそらく仕事帰りであろうサラリーマン、塾帰りの小学生……いろいろな人々が信号が変わるのを待っていた。私のようにこれから家へ帰る人、まだまだ仕事の人、これからが一日のはじまりって人。いろんな人がいる。
近くのレストランから、ふんわりとハンバーグのような匂いが夜風に乗って私のもとへ届いた。そういえばお腹すいたな、と私は思い出した。
今日のご飯は何だろう。今流れてきているのと同じ香りのハンバーグ? それともオムライス? 和風な気分で焼き魚とか?
そんなことを考えていてお腹がぐぅーっと鳴りそうになったとき、ちょうど制服のスカートのポケットに入れていた携帯電話が小さな音を立てて震えた。ポケットから取り出してピンク色のスライド式携帯の画面をつけると、メールが1件届いていた。
あ、もしかして。私はメールをすぐさま開く。やっぱり。私は画面に映るその姿にほうっと見惚れそうになった。送信主はマリア。さっき約束したソー先輩の写真をさっそく送ってくれたのだ。
画面いっぱいに映るソー先輩の一生懸命な顔。これはたぶんラケットを振っているときのソー先輩だ。
私はソー先輩を、テニスをしているときか廊下を歩いているときしか見たことがないのだけど、この表情は、私やレンがテニス部のコートの外から見ていたラリー中のソー先輩の表情そのものだ。
背景の青空が余計爽やかに色づいて見える。ソー先輩には青空がよく似合う。
ふいに、鳥のさえずりを真似たような電子音がして、同時に周囲の人々の足音がいっせいに鳴り響いた。ルビーだった信号がエメラルドに輝いている。私はメールの編集画面を開きながら、他の人たちより出遅れて横断歩道を進んだ。
マリアにメールを返さないと。ソー先輩の写真ありがとうって。それから、明日おごってあげるのも忘れないように……
そのときだった。
視界が、ぱあっと真っ白に光ったような感じがした。それはまるで薄暗いステージの上に射した、スポットライトみたいに。
私の体は動かない。早くここから逃げなきゃいけない。心のどこかでそう感じている自分がいる。けれども、まるで靴の裏に強力なテープを貼られたかのように足は自分の思うように動いてくれない。
白い光の向こう側から大きくて黒い何かの影が見えた。影はスローモーションのようにじわじわと私に近づいてきたかと思うと、突然とても大きな力で跳ね飛ばされたかのような感覚がした。
1年生のころ、サッカー部のマネージャーをしていたアオバちゃんに会いに行こうとしていたとき、突如自分に向かって飛んできたサッカーボール……あれよりももっと、比べものにならないくらい強い衝撃。
きゃあああという甲高い悲鳴がどこからともなく聞こえた気がした。
夜景に浮かぶ飴玉がいっそうころころと転がって……
--そこまでは、おぼえてる。