チェリー、16歳 (5)
「それはいわゆる”失って初めて気づいた大切さ”ってやつじゃあないかなあ」
マリアの横で、レンが言った。
おしゃべりに夢中になっているうちに、校門が近づく。「今日のおしゃべりはそろそろおしまい」の合図だ。私たちは揃ってアーチ状の門をくぐった。
「失って初めて気づいた……?」
私はレンの言った言葉を繰り返す。
本当なら校門前でレンたちとはお別れなんだけれど、なんだか名残惜しくて何分かだけ校門前に3人輪になっておしゃべりを続ける。3人以上のときでも、2人だけのときでもよくあること。
「きっとチェリーはその人が自分の近くにいるのが極当たり前のことだと思ってたんだよ。好きとかそうじゃないとか関係なくさ。
でも、自分の近くにいた人が突然いなくなったら、もう簡単には会えなくなるような状況になってしまったとしたら、その大切さが身に沁みるんじゃあないかな。チェリーもそうなんだよ、きっと。心のどこかではその人のこと、すごく大切に思ってたんだよ」
レンが優しい声で言った。マリアもその隣でうなずいている。
「ま、本当につらくなったらまた何でも言ってよ。愚痴でも何でも聞くしさ。わたしたちはいつでもチェリーのそばにいるんだから」
マリアが言った。
その言葉を聞いた瞬間、なんだか泣きそうになってしまった。元カレのことを思い出すのが本当につらいからじゃなくて、マリアのその言葉が温かすぎて。
「うん、ありがと、2人とも」
そう言った声が、少しだけ鼻声になった。身近な人の言葉って、一番感動する。たとえそれがありきたりな言葉でも、ドラマや小説で見るより何倍も。
ちょっとー、泣かないでよー。笑いながらレンが言う。マリアが小さい子供にそうするように、私の頭をぽんぽんと軽く叩いた。
校門の向こうの桜の花が、ふっと吹いた風に乗って散っていくのが見えた。
春は別れの季節。でも、レンやマリアはずっと私のそばにいてくれる。そう思った。
「じゃあそろそろ帰りますか」
ひとしきり笑ったあと、マリアが言った。あ、もうそんな時間、とレンが腕時計を見る。レンの時計は高校の合格祝いに買ってもらったという、ピンク色のベルトがオシャレな、彼女のお気に入りだ。
それを私が横から覗き見ると、時刻はもうすぐ7時半になろうとしていた。
「それじゃあ、また明日」
レンが言った。
「ソー先輩の写真、あとで送ってあげるからね」
マリアがニカッと笑って言う。
同じように笑いながら「ありがと」と私は言って、それからふと思いついたことを続けた。
「そうだ、明日のお昼、マリアになんかおごるよ、ジュースでもさ。明日は私、お昼は予定無いし」
明日は土曜日だから学校はお昼で終わり。マリアは部活があるけれど、私やレンは特に予定は無い。
私の言葉のあと、レンも「じゃあわたしも何かおごるよ」と便乗した。
マジでー、超ラッキー、とマリアが笑う。
それから私たちは3人いっしょに交差点を渡って、それぞれの帰路へと続く方向――私は駅のほう、レンとマリアはバス停のほうへと足を向けた。