チェリー、16歳 (2)
「マリア、練習お疲れ様」
高く結った髪が、走ったせいで少し乱れている。私はそれを手で直してあげながらマリアに言った。
3人で校舎の外へ出る。春の夜風がふわりと吹いて私たちの頬をやさしく撫でる。
春は大好きだ。単純に、暑すぎず寒すぎずで過ごしやすいし、桜やチューリップとかの可愛い草花が一斉に咲いて、いよいよこれから「新しい日々のはじまり」って感じがするから。
校門までの道のりを3人で歩いていく。この学校は校舎から校門までが離れていて、友達との今日の最後のおしゃべりタイムを与えてくれるのだ。遅刻したときは、ちょっとこの距離が鬱陶しく感じるのだけど。
「ねえ、ところで今日のソー先輩どうだった? 練習試合では勝ててた?」
レンがマリアにすり寄りながら弾んだ声で訊ねる。
ソー先輩というのは男子テニス部の部長で、3年生だ。格好良くてテニスも上手いから、この学校の女子に大人気。いわゆるアイドル的な存在になっている。
レンもそのソー先輩ファンの一人で、放課後に用事がない日は男子テニス部のコートを見に行って、誰より大きな声援を送るのだ。
私もレンほどではないけれど、廊下ですれ違ったら思わず見てしまうくらいには注目している。
「もちろん勝ってたわよ。コートの外から沸く声援も相変わらず。たまには女子のほうも応援してよねって感じ」
コートの前まで来てソー先輩に声援を送るのはレンだけじゃない。いつも大勢の女子が黄色い声をあげながらコートの周りに集まっている。
「ごめんねマリアー。今度はマリアのことも応援しに行くからさ」
「そんなこと言って。ソー先輩が引退したら誰も来なくなっちゃうんだろうなあ」
ちょっとだけ寂しそうにマリアが言った。
引退。私ははっとした。
「そういえばソー先輩ってもうすぐ引退なんだね。3年生だし」
多くの部活動は夏に3年生が引退する。ソー先輩もあと数ヶ月で引退だし、1年後にはもうこの学校にはいない。
「そうなの。だから今、テニスをするソー先輩をなんとか自分の元におさめようと女子たちは写真を撮りまくってる。もちろんわたしも撮らせてもらった」
「じゃーん」と言いながら、光るようなおちゃめな笑顔でマリアが差し出したのは携帯電話。カメラのフォルダを開くと、テニスをするソー先輩の一生懸命な様子が画面いっぱいに映し出された。
「超カッコイイ! ねえマリア、わたしの携帯にその画像送ってよ」
女子高生らしい甲高くて明るい声が周囲に響いた。
「私も欲しいな、その写真」
レンのお願いに私も便乗する。
「じゃあ後でバス乗ったときに2人に送ってあげるよ」
きゃーっ! 絶対待ち受けにする。レンの女の子らしい声のあと、マリアの携帯に映し出されたソー先輩の写真がメールの受信画面に切り替わって、聞き覚えのある流行り歌が鳴り響いた。マリアの携帯にメールが来たみたいだ。
着信音のこのメロディは知ってる。マリアの好きなバンドの曲で、この間もカラオケで熱唱してくれたっけ。