チェリー、16歳 (1)
私はチェリー。16歳。高校2年生。
新学期が始まってから3ヶ月くらいが経って、学校の周りに咲いていた綺麗な桜の花も暖かい春の風に乗ってふわふわと散っていく。そんな季節になった。
しんと静かな学校の自習室の中、私は目の前の日本史のプリントから目を離し、黒板の上に掛けられた質素な時計を見た。
午後6時45分。私はとなりに座っているレンの肩を叩いた。
「ね、そろそろ出ない?」
レンが時計を見てからうなずく。
「そだね。行こっか」
私たち2人は立ち上がると、机に広げたプリントやペンをカバンに仕舞って自習室を出た。
去り際、扉の窓からまだちらほらと何人かが勉強している姿が目に入った。自習室は午後7時には閉まる。みんなぎりぎりまでがんばるんだな。そう思った。
「あーあ。結局最後まで終わらなかったなあ、宿題」
廊下を歩き始めてすぐにレンがため息まじりに言った。
すかさず、私も相槌を打つ。
「私も。だって問題数多いんだもん」
私たちは授業の終わった3時から即行で自習室に入ったのだけど、思ったよりも全然宿題は進まなかった。というのも、本当はプリントを配られてから提出するまでの期間が2日もあったのに、私たちはその間がっつり遊んでしまったのだ。
高校生活は楽しいことも大変なこともいっぱいあって疲れてしまう。でも、それは決してイヤな疲れじゃない。体育の授業で大嫌いなマラソンをむりやり走らされた後のぐったりした感覚とは違って、友達とテーマパークで思い切りはしゃいだ日の夜みたいな、そういう心地良い疲れ。
毎日がラクで楽しいことばかりだとつまんないから、たまには今日みたいな「ちょっとハードな日」があっても苦じゃないな、と私は思う。
「マリア、そろそろ部活終わったかな」
階段を下りながらレンが言った。
マリアは私やレンと同じクラスの友人で、テニス部に所属している。
今日は私たちが自習室を出たあと一緒に帰ろうと約束していたのだ。
「今ちょうど片付けてる最中じゃないかな。もうすぐ試合があるらしいからちょっと長引くかもね」
階段の最後の一段を踏みしめたあと、私は歩きながら辺りを見回した。
陽が落ちて薄暗くなった校舎はいつも見ている日中の騒がしい校舎とは違って、静かで、綺麗で、どこか別世界のような雰囲気を漂わせている。
生徒用の玄関の前まで行くと、ちょうど校庭へと続く中庭の向こうからポニーテールのシルエットが走ってくるのが見えた。
「チェリー、レン!」
大きく手を振りながら、マリアが私たちの元へと駆け寄る。