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村娘の期間限定勇者旅

作者: 蓮根

「ルイス、交代だ。」

ひどく疲れていて、浅い眠りを繰り返していた私はゆっくりと身体を起した。

目の前には火の番をしていた剣士のバルがいた。


魔法士のフィリアの作った結界を張って野営しているとはいえ、襲撃に備えて野営をしている場合は見張りを置くのが、封印後の復路では欠かせなくなっていた。

いつからか、魔法を使う魔法士のフィリアと神官のルードが長く寝られるように、深夜の見張りは体力のあるバルか私がするようになっていた。

小さくなった火にいくつか小枝をくべているバルの横に腰を下ろし、沸いていた白湯を口に含んだ。

旅に出たのは秋の中ごろだったが、いつの間にか冬が来て春が終わり、夏が始まろうとしていた。

日中の日差しは鋭く肌を焼き、くぐもった空気を揺らす風が吹かぬことすら多いが、こうして野営をするには随分と過ごしやすい季節になったことはありがたかった。


バルはよろしくとばかりに横になり、すぐに規則正しい寝息が聞こえ始める。

白湯で喉を潤しながら、私は自分が随分と自分の意志とかけ離れた現状へと思いを馳せた。


私、ルイザは勇者として召喚された。

元は王都から馬車でも3ヶ月はかかる東の果ての村に住んでいた、刺繍や編み物が好きなごく普通の少女(19歳だけど、異論は認めん!)だった。


その日、森でキノコを採って小遣いを稼ごうとしていた私は、蔦で編んだ籠を持ったまま、王都の北に座する神殿の女神の庭(後で神殿関係者に聞いた)という場所に召喚されたのだ。

その庭には様々な草木が生い茂り、色とりどりの花が咲き乱れ蝶が乱舞し小鳥が囀っていた。

美しき庭の中央の台座には古びた剣が突き刺ささっており、その傍らに人智を超えた美貌を持つ、それでいてどこか親しみや懐かしさを感じさせる女性が立っていた。



いきなりの事に呆然としていると、目の前に降臨している女神によって様々な加護を授けられた。


例えば、体力が10倍になる加護だとか、傷を負っても自動で回復する加護だとか、下級魔法を使える加護だとか(元々の私に魔力なんざなかった)、

体の感覚が鋭くなる加護だとか、細かいのまで合わせると22もの加護が女神の手により授けられた。


『なにかひとつ、あなたの望むものを与えましょう』


女神のその言葉に、他の人を勇者にしてくれと頼んだが、当たり前だがすげなく断られた。

この時点でかなり冷静に考えることができるようになっていた私は(一つの加護を受け取るのにやたら長い呪文を唱えるのでかなりの時間がかかるからだ)、

別の人が無理なら自分が別の人間になればいいんじゃないかと思い至り女神へ願い出た。


「母なる女神アルトゥーリア、この旅が終わるまでどうか私を男にしてくださいませ。女の身にはこの旅は辛いものとなりましょう。どうぞお聴き届けくださいませ。」


『その願い聴き届けよう』


女神は僅かに思案した後、ゆっくりと両手を広げた。臈々とした声が響き渡り、最後の加護ともいうべき女神の贈り物を受け取った私は、私が男だったらこんな顔と自分で想像した通りの男性(つまり平凡)へと変化した。

ご丁寧なことに、着てた洋服も男性のものに変わっていて、変態と謗られるのは間逃れたことに内心ほっとしていた。


『さあ、剣を抜いて旅立ちなさい』


女神は告げる。


剣に付加されている封魔の加護は1年程度しかもたない。

その間に、魔王領へと行きその剣に魔王の魂を封じて、再び女神の力を宿した台座に突き刺さねばならない。

行きは各神殿へと配備している転移門を使用してもいいが、帰りは魔王の魂に刺激を与えぬよう、歩いて戻らなくてはならない。

しかも、帰りは魔王の魂を取り戻そうと、魔族が絶えず襲いかかってくる。しかし、女神の与えた加護を駆使すれば、なんとかなるさ。

それらを乗り越え、戻ってきたら、女神がなんでも一つ願いを叶えるでくれるとのこと。


女神の話を要約すると、こんな感じだったが、不安しかないし、はっきり言って行きたくないし、グズグズと文句を呟いていると、

見かねた女神が私を操り、剣を抜かせてしまった!!


剣を抜くと同時に常春の美しき女神の庭は、なんの変哲もない庭へと姿を変えた。草木も花々も鳥や動物や目前で微笑みつつも凄んでいた女神さえも消えうせた。

神殿内の小さな中庭に残っていたのは、台座と剣を抜いた私だけであった。

そして、私はルイザ改めルイス(現れた神官に名を告げるときにルイ…と言ってしまったので)は勇者となった。



剣士のバル、魔法士のフィリア、神官のルードを共に魔王領へと最も近いノーザンアークへと転移門を使い旅立ったのはそれから5日後のこと。


剣士バルは大柄な男(25歳)で、その剣の斬撃は切るというより潰すといったかんじのもので、所謂脳筋。手合わせをねだられるのが何よりも苦痛だ。

しかもこいつは、フィリアの事が好きで、フィリアと話す私をものすごい形相で睨むのが果てしなくうざい。


魔法士のフィリアは少女らしい瑞々しさをもつおっとりとした少女(17歳)で、そのおっとり故か危機感がまるでない。

魔法士としての腕は一流であるものの、発動する術に関しては指示を必要とするため、単独行動をさせられないのが悩ましい。


神官ルードは細身のそれはもう整ったお顔をもつ男(年齢不詳)で、口からは棘が、視線からは殺人光線が出るというむしろこいつが魔王なんじゃないかと思える男だ。

枢機卿へも内定しているとの噂もあり、こんな男が栄達するなんて神殿の存亡に関わるため、次に女神にお逢いしたならば実態を余すことなくお伝えしたい。


我々勇者一行は、ノーザンアーク周辺で魔物討伐をしばらくこなし、わずかなからも経験を積み、魔王領へと侵入し、魔王城まで肉迫したのが出発して3ヶ月のことであった。


魔王城攻略に一月を要し、魔王を剣に封じ込めることができたのが4ヶ月目。


魔王の魂を取り戻そうとやってくる魔族を迎撃しながら、片道半年の王都への道を我々は急いでいる現在は9ヶ月目。

私はほとんどが炭と灰になってしまった火を見ながら、残りの白湯を飲むと、白々と明けていく空を見ていた。




王都までの行程はあと2ヶ月ほどで、女神の剣への加護がきれる約1年という猶予には十分間に合うのではないかという慢心にも似た気持ちが湧きあがるのを抑えることはできそうにない。

台座に剣を刺すまでは油断してはならないと自分に言い聞かせながらも、最近は上級魔族の襲撃が減っている現実からも、私が油断していたことは否定できない。


その2日後に経由しようとしていた街ごと魔族に消滅されられ、その戦いの中で魔族には勝利したものの利き足の腱を切られる羽目になった。

女神の加護により、自動で怪我が治るものの、腱といえば体の要。

数日間は痛みで歩くことはおろか、痛みで眠ることもままならず、その後10日ほどは違和感を抱えて過ごした。


「自業自得だな。どうせ加護で治るんだろ?魔力がもったいないから回復なしないぞ。」

そう言ったのは回復魔法を得意とする神官のルードで、こいつはこれが通常運転だ。

うまく動けない私をフィリアがかいがいしく世話をしようとすると、バルから怨嗟の眼差しが送られる。


昼も夜もない雪のちらつく不毛の大地の上でバルがフィリアにプロポーズし、それをフィリアが受け入れたのは私だって知ってるんだよ。(あの光景を思い出すと涙がでるほど笑えるのだ)

二人でラブラブしててくれたらいいのに、この鈍感フィリアはやたらと私に話しかけるし、

それを面白そうに邪悪な顔してルードが見てるし、なんなのこの状態…。



それからは、わりと順調な旅であったと思う。魔族の襲撃は激減し、整備された街道はとても歩きやすかった。

王都が近づくと、街道には旅人や行商人が行きかう。一般人に被害が出ないように、街道を離れて行かねばならず、獣道を進む様は、勇者というよりまたぎだ。

おかげで、余裕のあった期間はほとんどが回り道に費やされ、気がつくとすでに11ヶ月目に入っていた。


そして、翌日にでも王都に入れるという距離でそれは起こった。

魔族の一斉襲撃だ。上級から下級まで様々な種族の魔族が集い、私達を襲ってきた。

「フィリア、炎の矢で飛んでいる奴を撃ち堕してくれ。」

私の指示でフィリアが魔法を繰り出そうとするが、

「俺の筋肉増強が先だ!」

バルが邪魔をする。

「そんなことより、私の前に障壁を作ることが先決ですよ。」

ルードが割り込む。

混乱したフィリアは魔法がうまく練れずに、バルの筋肉を炎で包むという人間焼き肉を披露した。

バルは脂汗をかきながら、「俺を優先してくれるとは愛の力だ。」とかなんとか呟いていた。

もちろんルードは戦闘後この火傷を見て「愛の力の勲章を消すことなんて私にはできない。」とのたまい、火傷を治すことはしなかった。

ちなみに、これは日常です…日常…。


魔族を辛くも(味方が後ろから撃ってくるけど)撃退し、足早に王都に入った我々は、神殿へと向かい、例の台座に剣を突き刺した。

剣を台座に刺すと、再びそこは常春の女神の庭となり、女神が私の前に姿を現した。

共にあったはずの仲間はおらず、私だけが女神の庭へと誘われたようだ。

『勇者よ、よくぞ使命を果たしてくれました。』

美しき女神は微笑んで剣の束をゆっくりと撫でる。

女神が指をついと動かすと、私の中から女神が与えた加護が抜け落ち剣に吸収されていくのがわかった。

この時点で私の姿は元の女性に戻っており、着ていた鎧も元の服へ、持っていた盾は蔦製の籠へと変わっていた。(なんと籠のなかにはあの時のキノコが腐りも、乾燥もせずに入っていた!)


『願いを一つかなえましょう。』

女神の言葉に私はずっと考えていた願いを告げる。

女神は少し驚くと、了承を告げ私の願いを叶えた。


魔王の魂が再び封印されたその瞬間、空を覆っていた雲は晴れ、鈴の音にも似た女神の浄化の音が国中に響き渡ったと言われている。


こうして私、ルイザは勇者ルイスとして魔王を封印し、大地に平和をもたらした。




あれから半年。王都から馬車で2ヶ月半かかる東の都市イーストニアに私はいた。


「ルイザってば、縫うのも編むのも早くてほんと助かるわ。」

仕上げた服を納品に行った先でおかみさんに褒められたにも関わらず、私は曖昧に笑った。

通いのお針子としてこの街で職を得たのだ。

おかみさんの所を辞し、新たな依頼品の生地を持って帰りながら思いだしていた。


私は女神に願った。

「私は何もいりません。ただ、元いた場所へ私を返していただけませんか?」と。

女神は私を転移させてくれた。ただし、肉体強化の加護を再度授けられて。

『無欲なそなたには加護を授けよう。』そんな温情要らなかったのに。


おかげで、村からイーストニアまで馬車で半月かかる行程は、徒歩で10日で済んだ。

針を持てば、高速で縫うことができ、厚手の生地どころか、皮でさえスイスイ縫うことができる。

体力が有り余ってるせいか、夜寝るのも数時間でよく、とにかく仕事が捗る。まことに燃費が良すぎる。

生まれ育った小さい村では、怪力は隠しきれないと思い、イーストニアへとやって来たのが4ヶ月前。


親は数年前に流行り病で他界している。村にいるのは親類といっても、祖父の義理の兄の嫁の妹の義理の弟の息子とやらがいるだけで、ほとんど他人だ。

1年間どこかへ行ったことになっていた私が再び村を出るのに何の支障もなかったのだ。


勇者が魔王を封印したというのは、各市町村にある教会の魔道掲示板に早々に転写され、人々は喝采を上げた。

街に腰を落ち着け、仕事を始めた頃、この東のはずれの都市にも吟遊詩人が訪れ勇者の武勇を語った。

吟遊詩人によって語られるそれを、おかみさんに無理やり連れられて聞きに行ったことを、私は決して忘れない。…悪い意味で。



詩人は語る


勇者は女神の加護を受けた見目麗しい若者で

たくましい肢体をもち、類まれな知略を持つ

勇者は襲いかかる魔族の攻撃にもひるむことなく

傷ついた仲間をかばい、例え己が傷つこうがひるまず

封魔の剣をその手に、平和を人々に与えた

しかし、勇者は剣を台座に刺すと同時に力つき

深い永遠の眠りへと旅立った

共に旅した仲間は泣き崩れ

王より勲章が送られ

美貌の王女はその死を悼み生涯独身を誓い修道院に入った


悲しみに包まれた王都であったが、勇者と共に魔王を封印した仲間の

ラエリンテール公爵子息バルディアス(バル)とグリンディス伯爵令嬢フィリアーナ(フィリス)の婚約が発表されたことにより、

一気にお祝いムードへと転換。なぜか、ちょい旅→婚約がブームに。


さすがにイーストニアまではそのブームは波及していないが、ここ最近ドレスに使用するレースの仕事が多いのは、多少影響しているのかもしれない。

世の中が平和になり、結婚するカップルが増えたのは純粋に良いことだ。

しかし、若干適齢期を過ぎたとはいえ21歳になった私には何もないのはどういうことだ。

イーストニアにはけっこう人口もいる。若い男だってたくさんいるのに、なぜ私には浮いた話しひとつもない。

たしかに美人ではないが、平均点くらいとれるはずの容姿だと思っていたのだが、これは認識を改めねばならないのかと考えながら歩いていると、

神殿の辺りにやたら人が集まっているのが見えた。


何の集まりなのか寄ってみる。若い女性が多いようだ。

話では、枢機卿が視察に来るとのこと。

それならば興味はないと、踵を返そうとしたその時だった。


途端に鋭い視線に射抜かれる。

既視感に背筋が凍った。


神殿の入口にはあいつがいた。

冷血神官のルードだ。


私は思わず走りだした。

加護で強化されているにも関わらず、うまく走れない。足がもつれて転んだ。

起き上がろうとする私の髪を引っぱり、ルードが視線を合わせる。


「久しぶりですね。ルイス。」


今まで倒したどんな魔族より、正直恐ろしさのあまり失禁しそうになった魔王よりも恐ろしい笑顔に女神の微笑みが重なり私は意識を手放した。



教会の貴賓室で目を覚ました私に、目の前のルードはにこやかに話す。

どうやら私の敗因は、バルとフィリアの婚約の祝いにと、匿名でタペストリーを送ったことだ。

あの不毛の魔王領を背景に、二人を刺繍したそれは、その場にいた者にしか作れないものだった。

あの光景は私に一生分の笑いを提供してくれたのだ。(刺繍してる時も何度も思い出して笑った)

その恩(?)に報いるために作ったのが敗因であったなら、それは仕方ないことなのかもしれない。

二人の元に匿名で届けられた荷物を遡り、探し、調べ、ルードはやって来た。


「ふぅん、元々女性だったとは…。私を謀り、愚弄した罪をつぐなってもらわねばなりませんね。」


ルードさん。いえ、ルード様。その…接近しすぎだと思うんですが…

ちょっと、何するんです!こんな嫌がらせ…最低すぎるだろ。

え、この手はなんですか。いい加減私の胸の上からどかしてください!つーかどかせ!


それから2年後、還俗して爵位を得たルードは平凡そうな妻を得た。

私はふくらみ始めたお腹をさすりながら、せめてもの嫌がらせにと夫であるルードが絶対着ないような配色のセーターを尋常ではない速度で編む。

ナンデコウナッタ……

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