第7夜
「やっと着いた~」
学校に着くなり、ゆかりちゃんから逃げるように自分の教室に入ってしまった。
教室内を見回すと、まだ朝早いせいか人はかなり少ない。
「確か今日は1時間め、国語だったよね。あ、高校って現代文と古典に別れるんだ。今日は……古典か。ってことは遠峰先生が最初の授業か」
一人でブツブツ言ってると、教室のドアがガラリと開いて、人が入ってきた。
「あ、遠藤さん」
「……おはようございます。今日は早いんですね」
なんかすんごい嫌味言われたような気がするけど、私ホントに何しちゃったんだろ。
小心者の私は口の中でもごもごとおはようございます、とか言いながら視線をそらした。
遠藤さんはそんな私を気にした風もなく、自分の席に着くと昨日もらったばかりの教科書を広げた。
「うわ、偉! 予習してるんだ」
「……皮肉ですか? それともただ私の邪魔をしたいだけですか?」
口調は疑問の態を保っているが、その実かなり怒っているのが分かる。私は慌てて弁解した。
「いえ、私はただ素直にすごいと思っただけで……。邪魔したなら謝ります。ごめんなさい」
素直に謝った私に少し驚いたのか、軽く目を瞠ると少し柔らかくなった口調で話しかけてきた。
「ただ、高校の授業が不安だっただけです。普段私、予習なんかしてませんよ」
「あ、そうなの? 実は私も」
そう言って、小さく笑いあう。ちょっとだけ遠藤さんに近付けたかな?
これ以上邪魔するのも悪いので、私は自分の席についてぼーっと窓の外を眺める。遠藤さんみたいに教科書でも読んでるのがいいのかもしれないが、私が読んだら確実に寝てしまう。それが分かるぐらいには自分を知っていた。
「んー、暇。ゆかりちゃんのクラスにでも行ってみよっかな」
そう考えついた私の頭からは、すでに先ほどのことなんかきれいさっぱり消えていた。
2組の教室を覗き込むと、すでに陽ちゃんが来ていて、北中4人組で楽しそうに談笑していた。
私が中に入るのをためらっていると、凜君が私に気がついて近寄ってくる。
「どうしたの? 中に入ってくれば?」
「いや、ちょっと入りにくいなって」
「ふうん」
そういうと、凜君は私の腕を掴んで半ば無理やり教室の中へと引っ張り込んだ。
「あ、美月ちゃん。やっと来た」
「早く来たからにはお喋り楽しまなきゃね。ま、部活始まるまでだけどね」
「部活って、ゆかりちゃんたちはもう入りたい部活決まってんの?」
「一応ね。あたしは中学の時もやってたし、バスケ部に入ろっかな、って」
「俺もバスケ部。ちっちゃいけどな」
「俺はサッカー部。これでも中学のときからやってたんだぜ」
「昨日も言ったけど、僕は帰宅部。特にやりたいこともないしね」
へー、みんなけっこう考えてたんだな。私はどうしようかな。何も考えてないや。
「美月ちゃんは?」
ゆかりちゃんに聞かれたけど、私はすぐに答えることができなかった。しばらく考えて出た答えがこれ。
「……分かんない。仮入部のとき見てから決めよっかな……なんて」
「んー、別にそれでもいいんじゃねーの。高校の部活って、中学の時よりも種類増えるもんな」
「あ、そうだ。美月ちゃん、決まってないなら一度バスケ部見にきなよ」
「バスケ部かぁ。私運動苦手だからな……」
「マネージャーとかもあるし、見るだけなら。ね?」
そこまで言われたら断れるわけもなく、私は首を縦に振った。
「美月ちゃん、サッカー部にもおいでよ! こんな可愛い子がマネージャーさんだったらチームの志気も上がるしね」
大ちゃんが目をキラキラさせながら言ってきた。そちらにも苦笑しながら首を縦に振って了承の意を伝える。それだけで嬉しそうな大ちゃんを見ていると、何だかこちらまで嬉しくなってくる。
「でも、まだ入るとか決めてないからね?」
これだけは念を押しておく。
「分かってるって! ああ、俺美月ちゃん来たら張り切っちゃうかも!」
「ったく、相変わらず大知は単純な奴だな」
「あたしも行ってあげようか?」
「ご遠慮します!!」
この一言でまた言い争いになった。凜君は横でため息をついているけど、言い合う2人は何だかんだで楽しそうだった。
「じゃ、俺たちそろそろ教室戻るわ。予鈴なったしな。行こうぜ、美月」
「え、嘘、もうそんな時間?」
陽ちゃんが教室を出るときに、じゃ、といって手を振ると、まだ言い争っている2人にため息をつきながらも凜君が手を振り返してくれた。
教室を出ると、1組の陽ちゃんは右に、3組の私は左に行く。別れる直前に陽ちゃんが、
「また昼にな。寝るなよ」
「分かってるって!」
からかってくるから、また顔が赤くなってしまった。教室のドアに手をかけて、軽く息を整えてから中へと入る。
時計を見ると、始業まではまだ少しだけ時間があった。
「まだ時間あるし、教科書でも読んでいようかな」
読むこと数秒……
「……(zzz)」
そのまま数分後。
「おーし、じゃあ1時間め始めるぞー。誰か如月起こしてやれー」
初めての授業からやらかしてしまった私であった。