第14夜
新入生テストから4日後の金曜日の放課後。
「なあ、美月。今日から部活見学始まるんだけどさ、どこ行くか決めた?」
「とりあえず、誘ってもらったバスケ部とサッカー部は行くつもりだけど……」
「マジ!? じゃ、俺張り切っちゃお!!」
「お前もまだ仮入部だろ……」
みんなでぎゃいぎゃい騒いでいるところに、凜君の冷静な一言が。
「大知も陽平も明日大地さんのとこで補習だろ」
「「それを今言うな!!」」
陽ちゃんと大ちゃんの悲痛な叫びが響き渡った。今回私とゆかりちゃんと当然凜君は補習なし。陽ちゃんは国語、大ちゃんは全教科引っかかって明日補習を受けることになったらしい。
「ううー。バスケ部の顧問、大地先生なんだよな。今会うの怖ー」
「俺サッカーでよかった……。明日のことは忘れて思いっきり楽しんでこよ♪」
陽ちゃんの絶望したような声と、少し浮かれたような大ちゃんの声。いや、どっちも同じだと思うんだけど。とりあえず、アホ2人は放っておいて、私はゆかりちゃんと凜君に話を振ることにした。
「ゆかりちゃんはバスケ部だっけ? 凜君は?」
「そ。あたしはバスケ部。1年ぶりに暴れてくるわ」
「僕は特に気になる部活とか無いし、このまま帰る」
「凜君部活入らないの?」
「だって面倒臭いじゃん」
あれー、昨日帰り際に科学部とかその他頭脳系の部活からめちゃくちゃ勧誘されてなかったけー? 一応顔くらい出すのが礼儀ってものじゃ……。
「それに、全部顔出して結局どこにも入らなかったら、それこそ失礼でしょ」
「まあ、確かに」
凜君も凜君なりに考えがあったらしい。失礼しました。
「そろそろ時間だよ。ほら陽ちゃん、大ちゃん、あたしたちは着替えてから行かなきゃいけないんだから、さっさと行くわよ」
「うわ、ホントだ。じゃな、美月ちゃん! 絶対来てくれよ!!」
陽ちゃんと大ちゃんはゆかりちゃんに半ば引きずられるようにして、更衣室があるほうへと向かっていった。
それを苦笑ともとれるような笑顔で手を振り見送る私と凜君。3人が見えなくなると、凜君は私のほうを向いて言った。
「じゃ、僕はそろそろ帰るから。せいぜいガンバって」
「あ、うん。凜君も気をつけて」
凜君の後ろ姿を見送りながら考えた。ガンバって、て何を?
それを私が理解したのは、数分後のことだった。
「はい!」
体育館に響き渡る声。ボールが地面を打つ規則正しい音。時折混じる、床を蹴って鳴るキュッと言う音。そして……
「暑い……」
体育館にこもるすさまじい熱気。普段体育で使うときとはケタ違いの熱気に、早くも私は参っていた。やっぱり万年文化部の私には無理だって……。
でも、真剣にボールを追うゆかりちゃんと、シュートを決めて先輩に頭をガシガシとなでられながら照れ臭そうに笑っている陽ちゃんはとても楽しそうで、バスケが大好きなんだろうな、って思った。
「だけどもう無理!!」
私は休憩になったころを見計らって、体育館を後にした。
体育館を後にした私はサッカー部のいるグラウンドに来ていた。仮入部期間は新入生も交えてゲームをやっているらしく、大ちゃんはコートの中にいた。
コートに立つ大ちゃんは、いつものお茶らけた雰囲気はなく、真剣で凛々しい表情をしていた。
……何だ、あんな顔もできるんじゃない。
「あ、美月ちゃーん!!」
……と思ったが、私の姿を見つけた途端、いつものアホ丸出しな顔で手を振ってきた。正直恥ずかしくて他人のふりをしたかったが、大ちゃんの輝いた笑顔を見るとそんなこともできず、手を振り返してしまった。
ああ、自分でも顔が引きつっているのが分かる。
「なあ、大知。この子だれ? 知り合い? 紹介しろよ」
「待て待て。焦るなよ。怖がってるだろ」
練習が休憩になったのを見計らって立ち去ろうとしたのだが、さすが運動部とでも言うのだろうか、私が立ち去る前に囲まれてしまった。正直、私よりも背が高い男子に囲まれるのは怖い。
「えと、中山君の友達の、如月美月です」
「へー、美月ちゃんっていうんだ。可愛いね。サッカー部のマネージャーにならない?」
私が男子に囲まれてあわあわしているうちに、上級生たちも集まってきてしまって、私はさらにあわあわしてしまった。大ちゃんに視線をやって助けを求めるが、大ちゃんはニコニコ笑ってみているだけだ。
「ほら、あんたたち! いつまで休憩してんの! さっさとコート戻れ!!」
「うわ、やべ。鬼が来た。じゃ、またね、美月ちゃん」
「マネージャー、考えてみてね」
グラウンドに響き渡る、高く澄んだ声を聞いてサッカー部員たちが慌ててコートに戻りだす。声のしたほうを見れば、そこには長い髪を高いところで一つにまとめ、ジャージに身を包んだ女の子がいた。
「ごめんね、あんなむさい男たちに囲まれて怖かったでしょ。私は中山梓紗。サッカー部のマネージャーよ」
「あ、いえ、そんな。私は如月美月です」
あれ、中山? 梓紗……?
「あの、失礼ですが、大知君のお姉さんですか?」
「あら、知ってたの? そう。恥ずかしいことにあの馬鹿の姉よ。よろしくね」
改めて梓紗さんを良く見ると、とてもきれいな人だった。すらりと伸びた姿勢、髪をまとめているから際立つ小さい顔。
「ほら大知。あんたもさっさと加わらないと入部させないわよ」
「そりゃないぜ、姉貴。じゃあな、美月!」
コートに向かって走り去る大ちゃんの後ろ姿を見送りながら、私はもう少しサッカー部を見学することに決めた。