第9夜
「ふわあぁぁ……。今何時……?」
次の日、つまり土曜日。私は眠い目をこすりながら枕元にいつも置いている役立たずの(自分で無意識に止めてるだけ)目覚まし時計に手を伸ばす。カーテンの隙間から差し込む日の光が殺人的な力を持って私に襲いかかるようだ。
「今日は陽ちゃんが迎えに来るから早く起きな……1時……? だと?」
瞬間はっきりと意識が覚醒する。
ちょっと待て。今日の約束は何時だった? もちろん1時半。変わるはずなんてあるはずがない。今の時刻は? ……1時1分。
「こんなところで1分も時間の無駄遣いをしてる暇があるか!!」
そこからの私はすさまじかった。誰か褒めてくれ、私を。
5秒で階段を駆け下り、10秒で髪を整える。さらに置いてあった昼食(という名の朝食)を15秒で平らげ、20秒で洗顔と歯磨きをすませる。ここまでで50秒、約1分だ。
続いて30秒で自室に戻って持ち物の確認をし、クローゼットを開けたところで私の時間は止まった。
シマッタ、ナニヲキテイコウ。
そもそも友達のうちに行くのだから、家にいるときよりもちょっとおめかしすればいいだけである。
ところがどっこい、今回は担任の家でもあるのだ。休日に先生に会うとか、何着てけばいいのよ!? まさか制服着ていくわけにもいかないし、あんまり派手な服も着ていけない。このさじ加減が微妙である。
結局クローゼットの前で25分間唸った結果、淡い色のシャツに濃いめのカーディガンを重ね、ひざ丈ののスカートという何とも無難で地味な格好に落ちついた。
姿見の前で一通り自分の姿を確認し、OKサインを出したところで玄関のチャイムが鳴った。時計を見ると1時半ぴったり。ギリギリ間に合った。
準備しておいた鞄を掴むと、私は階段を駆け降りた。
「行ってきます!」
一言だけ中のほうに声をかけて、私は外に飛び出した。
「よ! 今日は寝坊しなかったか?」
「し、してないもん!」
早くも図星をあてられ、動揺する私。そんな私を見て陽ちゃんはクスクスと笑っている。
「まあ、いいや。じゃあ、行こっか」
陽ちゃんが駅のほうへと歩き始めたので私もその隣に並ぶ。隣を歩いていると、ふと疑問が浮かんだので、私は訪ねてみることにした。
「ねぇ、陽ちゃんの得意教科って何?」
「んー、基本的に理系教科なら得意だけど、物理が一番かな。美月は?」
「私? 私は……国語……かな?」
「何だ、その自信なさげな感じ!」
けたけたと笑う陽ちゃんの声が住宅街に響く。一通り笑って気がすんだのか、陽ちゃんが私を振りかえった。もちろん私の機嫌はナナメである。
「あー、悪い。悪かったって。だから機嫌直せよ。な?」
な? って、機嫌損なわせたのはあなたでしょ! とはヘタレの私には面と向かって言えるわけもなく、仕方がないので許すことにした。
駅について、またもやタイミング良くホームに滑り込んできた電車に乗り、いつも登校のとき降りる駅で電車を降りた。たぶん時間とか調べてきてたんだろうな。さすがです。
「ゆかりんちは駅から歩いて15分くらいのところだから」
そう言って歩道を歩き始める陽ちゃん。私が隣に並ぶとさりげなく車道側を歩いてくれた。結構紳士的なんだな。こう見えても。
気づけば歩幅も合わせてくれているようで、何とも歩きやすい。
しばらく歩いて陽ちゃんは一軒の家の前で立ち止まった。
「ゆかりちゃんちって、ここ?」
「ん。で、あっちが凜ちで、そこが大知んち」
そう言ってゆかりちゃんちの斜め右前にある家と左隣の家を指差した。みんな近っ!
「んじゃ、行くぞ」
そう言って陽ちゃんがインターホンに手を伸ばした。
「……ありがと」
小さくそう言ったら、陽ちゃんは一瞬だけ動作をとめた……ような気がしたけど気のせいかな?
ま、でも感謝をこめて、ね。一応。
帰りにもう一回言ってみようかな。