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無職になった俺と、名前を呼ぶ白い女

作者: 紡里
掲載日:2026/08/05

 お盆の時期に田舎にいるのは、何年ぶりだろう。

 都会に出てからは、まとめた休みは友達と遊ぶために使っていた。


 刺激の多い都会。気軽な恋のさや当て。

 ――そんな華やかな日々は送っていなかった。

 けれど趣味のイベントに参加したり、都会には「周りに合わせなくていい自由」があった。


 そんな俺も、都会からお払い箱と言われてしまった。

 要はAIを導入したことによる、リストラだ。


 くっそー。

 本当にそれでやっていけると思っているのか。

 ……やっていけるか。

 俺が三日もかけるデザインが、あっという間に何パターンも出来上がる。

 上司がそれでいいっつーんだから、しょーがねーよな。

 十年ちょっとのキャリア、無茶振りされた徹夜。なーんも意味がなかったってさ。


 昔は畳の上でごろ寝して、縁側でスイカを食べたものだ。

 けれど、今の猛暑ではそんなことはできない。

「ばあちゃん、ちゃんと冷房の効いた部屋に来いよ」

「武雄(たけお)。おめぇこそ、働け。なすびが育ち過ぎちまう。昼のそうめんに入れるミョウガでも取ってこい」

 働き者のばあちゃんは、麦わら帽子にてぬぐい姿で、スタスタと出ていった。


「元気だなぁ……」

 傷心の俺を慰めてくれる人はいないのか。


 ――セミの大合唱、蛙の声は、すぐそこにある。

 俺は童話を書く才能も、絵をつけるセンスもないから、「生き物は皆お友達」って思えないんだよな~。

 空想力っていうの? 俺には皆無なんだよ。

 セミさんが「頑張れって鳴いてくれてる」とか、そういうの無理。


 そういうメルヒェンな感性の作家さんと、表紙のフォントで言い争ったのもいい思い出だ。

 いや、いい思い出か? 当時は「アーティスト気取りでうぜぇ」と思っていたっけか。


 来週くらいには、里帰りの人たちがぽつぽつ帰ってくるだろう。

 親戚の子守か。

 同級生には……会いたいような、会いたくないような。

 無職って、肩身が狭いやね。


 ここで自給自足の生活をするか。そんな気持ちは、強い陽ざしであっという間に蒸発した。

 今、ばあちゃんが作っているのは自宅で食べる分だけだ。農協に納めるやつは、じいちゃんが死んでから作っていない。

 本格的にやるなら、草むらを刈って土起こしから……。 いや~、無理じゃね?


 そういえば、じいちゃんに何か言われたな。

 白い着物の女に名前を呼ばれても、返事をしちゃいかんとか、なんとか。

 叔父さんが庭で突然倒れて亡くなった時、誰かが「白い女が来たに違いない」って言ってたっけ。


 なんだろ。

 うちの男連中が呪われてるとか、そういうのかな。

 ホラーの動画配信でもやってみるか?

 でもネタが一つだけじゃ、番組は作れないか。


 姉ちゃんが帰ってきたら、うるさいだろうな。

 旦那の方に里帰りしてくれたらいいんだけど。

 姪っ子と甥っ子に無職って言ったら、「悪い影響を与えないで」って怒られるんだろうな。

 好きで無職じゃねぇっつーの。

 真面目に働いてただけだわ。時代の波には乗れなかったけどさ。


 親父の職場は盆休みがなく、好きなときに夏期休暇を取る。だから、お袋も来ないよな?

 後でばあちゃんに確認しとくか。


『あの……もし……』

 すりガラスの向こうに、レースの日傘が見えた。

 今どきのUVカットとは一線を画す、大正ロマンを感じさせる。


 少しだけ期待しながら、縁側に続く引き戸を開けた。

 白い和服姿の女が立っていた。

 逆光で顔が見えない。


「武雄さん?」

 涼しげなか細い声。

 ……俺、聞いたことがあるな。

 あの日、叔父さんを呼んでいた声だ。


 セミも蛙も……気がつくと鳴いていなかった。

 ぞくりと背筋が凍る。

「返事をするな!」と、じいちゃんの声が頭の中に響いた。


 だが――

 俺も、返事をしていいだろうか……。


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