無職になった俺と、名前を呼ぶ白い女
お盆の時期に田舎にいるのは、何年ぶりだろう。
都会に出てからは、まとめた休みは友達と遊ぶために使っていた。
刺激の多い都会。気軽な恋のさや当て。
――そんな華やかな日々は送っていなかった。
けれど趣味のイベントに参加したり、都会には「周りに合わせなくていい自由」があった。
そんな俺も、都会からお払い箱と言われてしまった。
要はAIを導入したことによる、リストラだ。
くっそー。
本当にそれでやっていけると思っているのか。
……やっていけるか。
俺が三日もかけるデザインが、あっという間に何パターンも出来上がる。
上司がそれでいいっつーんだから、しょーがねーよな。
十年ちょっとのキャリア、無茶振りされた徹夜。なーんも意味がなかったってさ。
昔は畳の上でごろ寝して、縁側でスイカを食べたものだ。
けれど、今の猛暑ではそんなことはできない。
「ばあちゃん、ちゃんと冷房の効いた部屋に来いよ」
「武雄。おめぇこそ、働け。なすびが育ち過ぎちまう。昼のそうめんに入れるミョウガでも取ってこい」
働き者のばあちゃんは、麦わら帽子にてぬぐい姿で、スタスタと出ていった。
「元気だなぁ……」
傷心の俺を慰めてくれる人はいないのか。
――セミの大合唱、蛙の声は、すぐそこにある。
俺は童話を書く才能も、絵をつけるセンスもないから、「生き物は皆お友達」って思えないんだよな~。
空想力っていうの? 俺には皆無なんだよ。
セミさんが「頑張れって鳴いてくれてる」とか、そういうの無理。
そういうメルヒェンな感性の作家さんと、表紙のフォントで言い争ったのもいい思い出だ。
いや、いい思い出か? 当時は「アーティスト気取りでうぜぇ」と思っていたっけか。
来週くらいには、里帰りの人たちがぽつぽつ帰ってくるだろう。
親戚の子守か。
同級生には……会いたいような、会いたくないような。
無職って、肩身が狭いやね。
ここで自給自足の生活をするか。そんな気持ちは、強い陽ざしであっという間に蒸発した。
今、ばあちゃんが作っているのは自宅で食べる分だけだ。農協に納めるやつは、じいちゃんが死んでから作っていない。
本格的にやるなら、草むらを刈って土起こしから……。 いや~、無理じゃね?
そういえば、じいちゃんに何か言われたな。
白い着物の女に名前を呼ばれても、返事をしちゃいかんとか、なんとか。
叔父さんが庭で突然倒れて亡くなった時、誰かが「白い女が来たに違いない」って言ってたっけ。
なんだろ。
うちの男連中が呪われてるとか、そういうのかな。
ホラーの動画配信でもやってみるか?
でもネタが一つだけじゃ、番組は作れないか。
姉ちゃんが帰ってきたら、うるさいだろうな。
旦那の方に里帰りしてくれたらいいんだけど。
姪っ子と甥っ子に無職って言ったら、「悪い影響を与えないで」って怒られるんだろうな。
好きで無職じゃねぇっつーの。
真面目に働いてただけだわ。時代の波には乗れなかったけどさ。
親父の職場は盆休みがなく、好きなときに夏期休暇を取る。だから、お袋も来ないよな?
後でばあちゃんに確認しとくか。
『あの……もし……』
すりガラスの向こうに、レースの日傘が見えた。
今どきのUVカットとは一線を画す、大正ロマンを感じさせる。
少しだけ期待しながら、縁側に続く引き戸を開けた。
白い和服姿の女が立っていた。
逆光で顔が見えない。
「武雄さん?」
涼しげなか細い声。
……俺、聞いたことがあるな。
あの日、叔父さんを呼んでいた声だ。
セミも蛙も……気がつくと鳴いていなかった。
ぞくりと背筋が凍る。
「返事をするな!」と、じいちゃんの声が頭の中に響いた。
だが――
俺も、返事をしていいだろうか……。




