膝をお貸しするのは義務ですから遠慮なさらず、ポッ
「アルバート様、お疲れですか?」
「む? 大事ない」
今日はセーヌ王国第一王子アルバート様とお茶会なのです。
いえ、アルバート様がお疲れなのはわかっています。
王立アカデミーの生徒会長ですから、文化祭前の現在は一番忙しい時期で。
しかも隣国テルラッハの友好使節が来ることになりましたから、バタバタしているのです。
「わたくしとのお茶会などキャンセルしていただければよろしいのに」
「婚約者であるセシリアを疎かにするわけにはいかぬ。お茶会は義務だ」
うふふ。
アルバート様は頑固なのですから。
とても責任感が強く、きちんとしている殿方なのです。
尊敬しております。
アルバート様は将来セーヌ王を継ぐ者として、生まれてすぐから厳格に養育されているのです。
プロウライト侯爵家の次女であるわたくしとは同い年であり、また幼馴染でもありました。
今から思えばわたくしも生まれた時からアルバート様の婚約者候補ではありましたね。
アルバート殿下に相応しくあるよう励みなさいとは、よく言われたことです。
「婚約者の間柄とは、存外に不自由なものであると感じる」
「そうですか?」
「うむ。政略だからな」
何となく仰りたいことはわかります。
個人と個人、互いの思いが行き違う場合もあると思うのです。
恋愛での恋人同士であれば、可愛らしい口喧嘩もあり得るでしょう。
でもわたくし達はそういう諍いを周囲に見せることが許されません。
些細な言い争いでも、すわプロウライト侯爵家の令嬢と不和か、次の婚約者は誰だ、貴族の勢力図が変わる、なんて騒ぎになってしまいますから。
セーヌ王国の安定のために、わたくし達は穏やかな親密さを保たねばならぬのです。
愛情のあるなしとは関係なくです。
「……今頃変なことを聞くが、セシリアは私との婚約が決まった時、どう感じた?」
「嬉しいというよりも、達成感がありましたね」
「達成感?」
首を捻るアルバート様。
これはアルバート様には把握しづらい感情かもしれません。
「アルバート様の婚約者の座は激戦だったではありませんか」
「うむ、そう聞いている」
「わたくしも物心ついた時からずっと、アルバート様の婚約者ということを意識させられていたのですよ」
「すまなかったな」
いえ、謝られるような筋合いではないのですけれども。
「ですから婚約者になった時はこう、決まったこと自体に興奮してしまって。申し訳ありませんけれど、アルバート様のことは頭になかったような」
「ハハッ、面白いものだな。婚約決定のすぐあとに、落選した令嬢達を招いてお茶会を開いたのだろう?」
「はい。だって皆さんの気持ちはよくわかりますから」
いずれ劣らぬ高位貴族の令嬢です。
おそらく皆様もずっとアルバート様の婚約者を目指していたのですよ?
目標を失ってしまって気が抜けたようになるのではないかなあと思ったのです。
もし自分がアルバート様の婚約者になれなかったら同じ気持ちだと思いますし。
でもセーヌ王国の未来を考えた時、わたくしが高位貴族令嬢の皆様と友好関係にあることは非常に重要だと思いました。
同時に皆様に新しい視点や情報を差し上げることができるとも。
わたくしがお茶会を開くべきでした。
皆様もすぐに理解してくださって、今でも仲良くさせていただいているのですよ。
「セシリアは意識が高いな」
「いえいえ、お褒めいただきありがとうございます」
「さすがは私の婚約者だ。見習わねば」
アルバート様はいつも堅苦しい口調です。
政略による婚約という立場を崩さないからです。
でもわたくしは知っています。
あれは婚約したばかりの時、アカデミーの課外授業で王都近郊の小山にピクニックに行った日でした。
わたくしを含め皆が油断していたと思います。
ピクニックという軽い言葉の響き。
毎年の恒例行事であること。
わたくしも行ったことのある山だったこと。
霧が出てきたのです。
全体が濃い霧だったというわけでなく。
たまたまわたくしが濃い部分に入り込んでしまい。
方向がわからなくなって急な坂から滑り落ちて。
気を失って倒れていたところ、助けてくださったのがアルバート様だったのです。
『セシリア、無事か!』
『あ、アルバート様。申し訳ありませ……』
『何を言うか! 婚約者の君から目を切った私の責任だ。ヒール!』
『アルバート様は回復魔法を使えたのですか?』
『む? こういうこともあるかと思ってな。練習した』
アルバート様は努力を欠かさない方なのです。
そしてわたくしはこの時理解しました。
熱を持った目、言葉。
アルバート様はわたくしを好いていらっしゃるのですね。
あとになって王宮侍女頭や宮廷魔道士長に聞いたのです。
わたくしが婚約者に選ばれた背景には、アルバート様の意見が強く入っているのだと。
わたくしを危険から守るために、難しいと言われる魔法の習得にチャレンジしているのだと。
胸が熱くなりました。
席を変え、アルバート様の隣に移ります。
「む? どうした、セシリア」
「やはりアルバート様はお疲れに見えます。さあ、遠慮なさらず、お休みなさいませ。膝をお貸しいたしますので」
「わ、悪いではないか」
「そんなことはございませんよ。わたくしはアルバート様の婚約者でございますから。アルバート様の健康に気を使うのは、わたくしの義務でございます」
「そうか。ではすまんな」
わたくしの膝を枕にし、横になるアルバート様。
すぐに寝息を立てていますよ。
疲労が溜まっていたのですね。
ゆっくりお休みなさいませ。
アルバート様は今でも政略による婚約だからと仰います。
でもアルバート様の気持ちはよくわかります。
だって今、わたくしには気を許してくださっているではありませんか。
ふふっ、素直でないのですから。
アルバート様はとても頼りになる方で。
同時に筋を通す方で。
生真面目過ぎるところなどは、却ってとても可愛らしく思えるのです。
お慕い申しております。
いつアルバート様から『愛している』という言葉が聞けるでしょうね?
わたくしから言うのははしたない気がしますし、何より負けたような気がします。
いずれ必ず言わせてみたいものですね。
アルバート様のお髪を優しく撫でました。
現在進行形で事件が起きているというのではなく、何げないワンシーンもいいかなあと思いました。
最後までお読みいただき大変感謝です。




