第9話「ボクっ娘科学者は転生者であることを気にしない」
剣や斧を手に、一斉に襲い掛かってきた男たち。
どうするんだ!? マジでどうするんだっ!?
「おい、リドラ!」
「慌てる必要はない。ボクはリドラだろう?」
余裕の笑みを浮かべ、白衣のポケットにしまっていた手を出すリドラ。
その手には、赤い液体の試験管が握られている。
前に放り投げて、煙へと状態変化させていたやつだ!
「まずは目くらましといこうか!」
リドラは弾けるように叫ぶと、試験管を容赦なく地面へと叩きつける。
ガラスが割れる音が響き、液体は一瞬で気体へと変化した。
「うわっ、なんだこれは」
煙に突っ込んでしまった男たちが、せき込んで悲鳴をあげている。
するとリドラは俺を地面に下ろした。え? 俺を放置しないでよ? 死んじゃうから。
「キミは手伝えることがないのなら、引っ込んでいたまえ」
「でも、リドラだけであの人数は……」
「問題ないさ。キミは自己保身に集中するんだね」
走っただけで疲れるようなリドラが、大勢の男相手に戦えるのか!?
「えぇい、煙などあっても、だいたいの位置はわかるさ……!」
そう叫び、赤い煙の中でやみくもに斧を振る男。
リドラは雑な攻撃を避けると、白衣の内側から、いくつものカプセルを取り出した。
「これはボクにとって珍しい成功作だから、あまり使いたくないんだけどね……いくよっ!」
するとリドラは、カプセルを男目掛けて投げつける。
カプセルは大きな音を立て、斧を持つ男の顔面で爆発した。男は顔を押さえてよろけ、その場に倒れる。
そうか、爆薬か。
確かに今まで、爆発事故ばかり起こしていたからな。成功作が少ないというのは、そういうことか。
リドラは身軽な動きで男の攻撃をかわす。
その拍子に爆薬を放り投げることで、一気に男たちを倒すことができた。
「うぉぉ、すげぇ……」
「ラビー君、離れたまえ!」
「うぎゃあっ!?」
突然、いつもの大爆発が起きた。
あぶねぇ、少し逃げ遅れていたら、俺の体が木端微塵になるところだった。
リドラがフラスコの中に、化学物質を勢いよく放り込んだようだ。本人は爆発に巻き込まれることを考慮していない。不死身なのか!?
当然、男たちは無事なわけがない。
武器を持ったガタイの良い集団は、バタバタと地面に倒れていく。
「なんだよっ! みんな、もっとちゃんと戦えよなっ!」
遠くから傍観していただけのリーダーが、突然大きな声を上げた。
……この軍団、統率力は大丈夫なのか?
もうほとんど、リーダー以外の仲間は残されていない。するとリーダーは直々に前で進み、リドラに向き直った。
「仕方ないな。オラの魔法で、お前も魔物にしてやる!」
あまり強そうな体つきをしていないリーダー。武力ではなく、魔法を使うらしい。
……って、まずい! リドラまで魔物になったら、もう終わる!
するとリドラは、なぜか爆薬をすべてしまった。
そしてあろうことか、リーダー目掛けてまっすぐに走りだす。
何してるんだっ! 正面から向かったって、魔法にかけられちまうだろっ!
「ははっ! 馬鹿正直に突っ込んでくるなんて! 食らえ、オラの魔法――」
リーダーは両手をかざし、白い光を生み出す。
しかし、次の瞬間。
光が放たれる前に、リドラがリーダーの顔を殴った。
――いや、殴ったように見えたのは、正確には顔に何かを押し付けたという表現だ。
「暴れないでくれ!」
「!? んぐっ!?」
リドラはリーダーの顔を抱え、口元を強く押さえている。リーダーは突然の出来事に混乱し、光を消して慌ててリドラを振りほどこうとしていた。
俺にも見えなかった。今、何をしたんだ!?
「――はぁっ! 触るんじゃねぇよ!」
やっとのことで、リーダーはリドラの体を突き飛ばした。
だが、どこか様子がおかしい。顔色が悪く、喉を押さえたまま地面に膝をついてしまった。
「ん……あっ……不味い、吐き気がするっ……」
「おい、リドラ。あいつに何をしたんだよ!?」
リドラが汚れた白衣をはたきながら、俺の傍に歩いてくる。
俺が思わずリドラに尋ねると、彼女はニヤリと笑ってきた。
彼女が指先で摘み上げたのは――気味の悪い色をしたキノコ。
「……それって! 森でお前が食べていた……」
「そうさ。ボクは身をもってこの効果を知っているからね。魔力が急激に下がっていくはずさ」
まさか、さっき勢いよくリーダーの口に、キノコをぶち込んだのかよ!?
……改めて俺は、リドラが常識外れな科学者であることを実感した。
リドラは肩をすくめ、膝をついているリーダーに目を向けた。
激しく痙攣をし、とてつもなく気分の悪そうな顔をしている。前まで俺を嘲ていた時の様子とは大違いだ。
「魔力がっ……魔法が出せなくなる……」
じわじわと、魔力がなくなっていくのを感じているらしいな。
そのままリーダーの男は、もはや体を起こしていることができなくなり、うつ伏せに倒れてしまった。
「さて……。キミたちがどうやら、ラビー君を人間の姿に変えたらしいね」
「……」
「キミたちが人間の姿に戻すことは不可能なのかい」
体を動かすことのできないリーダーに、リドラが低い声で尋ねた。
「……無理だ。オラは魔物に変えることしかできないから」
「かつてボクが国の研究員として働いていた時も、魔物に変えられて連れてこられた転生者は見たことがある。……ラビー君も、彼らと同じだということなのかい」
……あ。
待って、待ってくれ。
今、さりげない会話の中で、俺の正体がバレそうになっている。
「リドラ……」
「……ラビー君。仮にキミがもし転生者だったとしても、ボクはキミに酷い扱いはしないよ」
「……え?」
「ボクは前から思っていた。生きる権利のある転生者を傷つけ、異世界の技術を探るのはどうなのか――とね。それにキミはボクの従魔だ。ボクとキミはパートナー同士なのさ」
リドラは俺に手を伸ばしてきた。
「最初に言っただろう、キミのあるべき姿が気になるって。それは転生者かどうかが気になるのではなく、キミという一人の人間を知りたいのさ。キミと対等な関係になれるために、キミを人間に戻して見せる。そう決めていた」
「……」
……そうだったのかよ、リドラ。
俺は重大な勘違いをしていた。
リドラに俺の正体が知られれば、どうせろくな目に遭わないと。リドラがもともと国の研究員って聞いていたから、そう思い込んでいた。
今のリドラはおそらく、俺が転生者だって、もはや見抜いている。
それでも、彼女は最初から――俺と対等な立場に並ぼうとしていてくれていたのだ。
「……」
「……さて、ラビー君。大事な会話は続けたいのだが、まずは事を解決しなくてはいけない」
「解決?」
「そこに転がっている男に、キミが直接手を下してやれよ」
「はっ、俺が!?」
男というのは、魔力を失って苦しんでいるリーダーのこと。
確かにこいつは無防備だが、ラビーの俺に何ができると?
――と思ったが。
そういえば俺にも、ある能力が残っていることを思いだした。
「固有スキルの念力……」
「ん? なんて?」
「俺、念力ができるんだ。効果は運次第なんだけどな」
俺はよちよちと地面を歩いて、リーダーの傍に立った。
こいつが抵抗できないから、時間をかけて魔法が使えるはず。
魔力はたったの36しかない。スキルを1、2回発動したところで、効果はなかった。
「くっそ……こいつぶっ飛びやがれええええ!」
俺が叫び、小さな体に力んだ瞬間――
リーダーの体が、ふわっと宙に浮かび上がる。
「……あ!? ちょ、なにっ!?」
自分の体の異変に驚くリーダー。
そのとたん――リーダーの体が勢いよく吹っ飛び、町の倉庫らしい建物に叩きつけられた。
壁に強く打ち付けられたリーダーは、ドサッと地面に落ち、目を回してしまったのだった。




