第4話「ボクっ娘科学者と契約を結び、人生詰みました」
最強だったはずのステータスを、ラビー(ウサギ)化したことでドブに捨てられた俺。今はその小さな体を活かして、どうにか誘拐犯の住処から逃げようとしている。
なるほど、ここは窓のない2階建ての建物らしい。
俺は2階にあった倉庫へとしまいこまれていた。誘拐犯が気づく前に、さっさと逃げてしまうのが得策だ。
「おぉっ」
あそこ、部屋の壁に小さな隙間がある!
何とか潜り抜けられないだろうか。
俺は大きく息を吸い、隙間に突進した。人間だったら顔すら入らない穴だったが、ラビーである俺の体は、割とあっさり通過できた。
「何とか、外に……」
俺はちまちました歩き方で、外に出られる場所を探した。
そして――
「で、出られた……」
誘拐犯たちに途中で気づかれることなく、建物の外への脱出に成功した。
こう思うと、小さな体での移動は案外便利なものなんだな……
でも、体力の無さと弱さは笑えない。すでに魔力は残り1しかなく、俺はゼェハァと息を切らしていた。
もう限界……。マジでこれ以上動けない。
建物の外は何もない草原だったが、こういう所ってモンスターとか出そうなイメージあるよな……。
もし今何か飛び出してきたら、たぶん俺、瞬殺されるんだけど。
魔力を使いすぎると、こんな疲れるものなのかよぉ。
SSランクの能力失うと、生きる気失せるなー。
「……」
俺は地面にぺったりと腹をついて休む。
すると、遠くから誰かが歩いてくるのがぼんやりと見えた。
誰だ……?
白衣みたいのを着ているな。風が吹いて、裾がなびいている。
視界がぼやけて、よく見えない。髪が短めだけど……女か?
もういい、何も考えたくない……
するとその女は、俺の前に立った。
背の低い奴だ。子どもと言われたら信じてしまうだろうし、眼鏡の下で浮かべている不敵な笑みは、少女のものとは思えない。
彼女はぐったりとしている俺の前にしゃがみ込むと、俺の長い耳に優しく触れた。
「ふむ……ラビーがこんな草原にいるなんて、珍しいね。魔物たちの餌にしかならないのに」
「……あぅ……」
「ん? 今何か言ったかい? ラビーは基本、そんな低い声は出さないはずなのだが……おーい、ボクの声が聞こえてるかーい」
聞こえてるけど……脳の中で処理できねぇ。
ボク? 男なのかぁ? いや違う、ボクっ娘だなこりゃ。
俺みたいなウサギを見下ろして、何がしたいんだ……
「何か言ってごらん」
「……うるさい……何も話すな……」
「おぉ! 人の言葉を話すのか~! でも変だな、ラビーは基本、知力は12程度の、脳みそもない同然の思考能力のはずだ。それに言葉を話すはずがない。この個体は実に興味があるぞ~」
あー、はいはいそうですか……
一人で盛り上がってて楽しそうですね。
「そうだ、今のボク、従魔がいないんだよ。科学者としての生活、一人じゃ案外寂しくなるものでね。キミ、ボクの従魔にならないかい?」
「……はえ?」
「従魔契約。ボクと結んでおくれよ」
じゅうまけいやく……ぅ……
なんかごちゃごちゃ言ってるけど、もう勝手にしてくれよ。
面倒だから、適当に全部頷いとこう。
「キミの中身には、人間の心でもあるのかい?」
コクリ。
「おぉ、そうなのか! ということは……魔法関連の力で姿を変えられてしまったのかな。魔法の精度が高度だな、治すのが大変そうだ。どうだい、ボクが何とかして元の姿に戻してあげようか。その代わりに従魔になってくれよ」
コクリ。
「あ、いいのかい? じゃあボクが従魔契約の手続きしとくね。キミの承諾を得られたから、あとはボクに任せて」
「……」
なんか勝手にやってくれるらしい。
なんだろう……俺の魔力……回復とかさせてくれないかな……
そんなことを思いながら、俺は3度目の意識喪失を起こした。
ウサギは、人間の10倍以上の嗅覚があるらしい。
俺が目覚めた理由は、奇妙な匂いが鼻を刺激したからである。
「……ん?」
目を開けると、俺はカラフルなフラスコに囲まれた部屋にいた。
……あれ、俺って草原にいたんじゃ……
「どこだよここおおおおおおお!!!」
やっと理性を取り戻し、俺は顔を思いっきり上げた。
周囲を慌てて見渡す。理科室で見かけるような化学器具から、ようわからん機械まで、ずらりと部屋の中に置かれている。
え、マジでここどこ!? また誰かに捕まったの!?
体をびくびくさせながら縮こまっていると……
「おはよう、ラビー君。目覚めの様子はどうだい? 元気そうだね」
「……お、お前は!」
部屋の中に入ってきたのは、白衣を着た女。
間違いない、草原で俺にやたらと話しかけてきた奴だ!
彼女は銀髪のショートヘアだった。青い瞳には、底知れぬ好奇心が宿っている。
「おい、ここどこだよ! 俺をどこに連れてきた!」
「なんでそんなにボクを怖がるんだい。だってキミ、ボクと従魔契約したじゃないか」
「……は?」
何、だって?
従魔契約?
俺……そんなことしたっけ?
俺は震える声でステータスを開く。
すると見事に――「従魔 配属先:リドラ」と書かれていた。
「従魔契約はキミの了承が得られれば、ボクの血を少しキミに飲ませるだけで成立するんだよ。キミが寝ている間に済ませておいたさ」
「……」
「ここはボクの小さな研究所。ボクはリドラっていう名だよ」
彼女……リドラは、口に手を添えて笑う。
「クフフッ、キミはボクの興味を惹いた。従魔契約をすれば、キミはボクと一定の距離以上、離れることはできないんだ」
「……嘘」
「安心して。キミが言った通り、ボクは必ずキミを人に戻してみせよう。ボクはキミという存在が実に気になってならないんだ……。これからよろしく頼むよ」
……人に戻す?
今更人に戻ったら……もう世間には、転生者だってバレてるよな?
だって、酒場であんなに話しちまったんだぞ。
「あ……」
断れなかった。
従魔契約がどんなものかもわからずに、この女が結んでしまった。
人に戻ってもバレる。だからって、この女に転生者だと言いだすのも、危険な気がした。
何をしても終わる。俺に残された選択肢がない。
俺の異世界生活は、絶望から幕を開けるのだった。




