9.ゲーム開始、の直前で
勝てばザインとカミルがあたしの言うことをなんでも聞く。
しかも、あたしには『絶対に勝てるゲーム』がある――!
あら、一気にヌルゲーだわ。ニヤニヤしちゃうわね。
「――いいわよ。面白そうだし、乗ってあげるわ」
「はあああああああ?!」
あたしが気持ちよく返事をした直後、後ろで静かにしていたメロが素っ頓狂な声を上げた。その後、メロの頭を連続で叩く音が聞こえる。
後ろで何が起きているのか、簡単に想像がついた。
メロにしてはよく静かにしていたけどね。あたしは大きくため息をついて後ろを振り返った。
振り返ると、メロが頭を押さえている。ジェイルとアリスに叩かれたのは明白。
仏頂面のジェイル、怒った顔も可愛いアリス――そして、あたしを見て申し訳なさそうな顔をしているユウリがいた。
「ちょっとメロ。静かにしてなさいって言ったでしょ。次騒いだら摘み出すわよ」
「だ、だって、そいつらとゲームなんて……いって?!」
ゴスッ。メロの頭上に、ジェイルの手刀が容赦なく振り下ろされた。
「そいつらって言うのやめなさい。――ジェイル、次メロが騒いだら追い出して頂戴」
「はい、承知しました。お嬢様」
「……く、くそ」
キリッとした表情で答えるジェイル。メロ、なんか悔しそう。
ユウリとアリスにも「お願いね」という意味合いで視線を送る。二人とも神妙な顔をして頷いていた。
一息ついてからソファに座り直し、ザインたちに向き合う。
「失礼。みっともないところを見せたわね」
「……いいや? おめー、前と違ってそいつのこと、ちゃんと調教してんだな」
「調教って言い方はやめて頂戴。そんなつもりないわ」
ゆるりと首を振る。
ザインはソファの後ろに並ぶ四人を値踏みするように眺めた。すぐ興味を失ったようにあたしに視線を戻す。
「ふーん? まぁいいや。――で、ゲームで勝負してくれるってことで良いんだな?」
「ええ、いいわよ」
余裕たっぷりに答える。いやそりゃ余裕も出てくるわよ、ゲームはあたしが指定していいんだから。
「そんで? ゲームは何にする?」
「――麻雀よ」
「「えっ!?」」
たっぷり間を貯めて、勿体つけるように答えた――。
なのに、今度はユウリとアリスがほぼ同時に素っ頓狂な声を上げたので台無し。何?! 黙ってられないの?!
けど、背後から「しまった!」という気配がひしひしと伝わってくる。この気配に免じて許すことにした。
一連のやり取りを眺めていたカミルが楽しそうに笑う。
「彼らとは随分フランクな関係なんですね」
「ま、まぁ、そうね……さっきから話が中断しちゃって悪いわね」
「いえ、お気になさらず。麻雀と言うと、会長のガロさんがすごく強いと有名ですよね。やっぱりロゼリアさんもお強いということでしょうか?」
「ふふ、どうかしら? あ、ルールは当然わかるわよね? 会の交流の中じゃカードゲームの次くらいに馴染みがあるし」
強さについて聞かれても困るのよね。だから、笑って誤魔化した。
麻雀も交流ゲームとして好まれるけれど、人数を選ばないという点でカードゲームが選ばれることは多かった。
ああ。思い出すわ、一月の『接待麻雀』。
勝てるのにわざと負ける屈辱、そして退屈が蘇る。
「流石にわかるぜ。まぁ、そこまで遊ぶわけじゃねーけど」
「はい、僕も大丈夫です」
「ルールは一通り理解している」
最後の一言。それを言い放ったディディエに部屋中の人間の視線が集中した。
――参加するんだ……。
と、全員の気持ちが一つになる。
ディディエは不機嫌そうにし、何故かあたしを睨んできた。
「オレが参加することに何か問題が?」
「べ、別にないわよ。びっくりしただけ」
いや、だってこれまでの流れからしたらディディエはゲームに参加しないと思うでしょ。
ザインやカミルでさえ、参加しないって思ってたわよ?
……『ブラック・ロマンス』でも感じたけど、ディディエってほんっとうに面倒くさい男に成長したわね……。顔はめちゃくちゃいいけど、あんまり関わりたくないタイプだわ。
「……あれ? そうすると兄様たちが参加して、僕は不参加かな? ディディエ兄様に僕の運命を預けるのか……」
カミルが不安そうにぼやく。ディディエが何か言う前に、ザインが口を開いた。
「じゃあ、おめーらでやれよ。俺様は高みの見物させてもらうわ」
「え。兄様、いいの?」
「いーよ、別に。ディディエは仲間はずれが嫌なだけだろ。俺様は気にしねぇし」
「おい、適当なことを言うな」
わちゃわちゃとやり取りをする兄弟三人。
本当に仲いいのね。あたしにはきょうだいがいないからちょっと羨ましいわ。
――でも、負かす。
あと、こいつら勘違いしてるわ。
「兄弟仲がよくて結構なことだけど、勘違いしないで。
ディディエが参加するならゲームは三対一、あんたら三人とあたし一人の勝負よ」
空気が凍り付いた。
ザインもディディエもカミルも何を言われたのかわからないと言わんばかりに、ぽかんとした表情を浮かべている。
背後でガタガタッと音がした。
「いけません、お嬢様!」
ジェイルがソファの背を掴んで身を乗り出してきた。
さっきから鬱陶しいわね。メロが騒いだせいで緊張感が緩んだ気がする。もういっそ四人とも追い出そうかしら。
「何よ、ジェイル」
ため息をついてから振り返る。思いのほかジェイルの顔が近くにあってびっくりした。
「そのような勝負はフェアではありません。というか、ザイン様たちに失礼です」
話を振られたザインが肩を竦めて苦笑、ディディエは眉間に皺を寄せ、カミルは困った顔をして笑っていた。
個人的には三対一でも全然良いんだけど、確かにザインたちが負けたら立つ瀬がなくなる。それは流石に可哀想かしら。
ザインたちを振り返り、もう一度考えてみる。
「ジェイルはこう言ってるんだけど……あんたたちはどう?」
「うーん。じゃあ、考え方を変えてはどうでしょう?」
「どういうこと?」
「一位になった人間の言うことを他の三人が聞く、という形にするんです。ディディエ兄様はロゼリアさんをうちに招くことに否定的ですしね」
カミルがにこやかに提案する。
なるほど、それならあからさまな三対一という図式にはならないわね。受け取り方が違うもの。
カミルが視線を持ち上げて、ジェイルを見つめる。そして、にこりと人懐こそうに笑った。
「どうでしょう? えっと、ジェイルさん?」
「……少々引っかかりますが、それで皆さんが納得されるならこれ以上は何も言いません」
「あはは、結構はっきり言いますね。……僕にもそういう人がついて欲しいな」
「は?」
「いや、今のは独り言。忘れて欲しい」
ジェイルが目を見開くが、カミルはすぐに首を振る。触れられたくないみたいだった。
――ひょっとして、こいつらが護衛をつけてないことに何か理由でもあったりする?
いくら六堂家の中でも次期会長から遠い存在だとしても、ザインが言っていたように六堂家の人間であることに変わりはない。普通は出かける時に護衛なんかをつけるはず。てっきり、行き先が第九領の九条家だからつけてないんだと思ってたわ。
ちょっと怪しい。けど、カミルの様子からも聞ける雰囲気でもない。
心の中に留めておきましょ。
カミルが確認するようにザインとディディエと顔を見合わせていた。二人は当たり前の顔をして頷く。
そして、カミルが改まった雰囲気であたしを見つめた。
「では、一位の言うことを他の人が聞くということでお願いします」
「わかったわ。――メロ、ユウリ。雀卓を用意して頂戴」
振り返って指示を出す。
「かしこまりました」
「へーい」
ユウリはおずおずと頷き、メロは気のない返事をした。
が、すぐにアリスに足の脛を蹴られていた。……アリス、メロに対して本当に厳しいわね……。
まぁ良いわ。準備は整った。
――あとは勝つだけよ。




