50.確信から目を逸らして
あたしはあたしのことをギリギリ救えた。
本来なら、目の前にいるアリスというヒロインに殺される運命だったのに、覆すことに成功した。
それでも過去、周囲に迷惑をかけた事実は変わらないし、あたしのことを殺したいほど憎んでいる人間がいても不思議じゃない。
だから、そういう意味では――少なくとも表向きは、コウセイさんはあたしよりもずっとまともな人間。
でも、既に”実の姉を拉致監禁する”という悪事に手を染めている。
今ヴィオレッタが救出されたら、きっと証拠がわんさか出てきて、コウセイさんはあっという間に罪を問われるだろう。その上で、相応の罰が与えられる。
あたしにとっての伯父様のような存在が、コウセイさんにはいない。
ジョウジ様は言わずもがなヴィオレッタを優先するし、コウセイさんの母親も――あんまり期待できない。
あたしと違って、助けてくれる人がいない。
こんなに悩むなんて思わなかった。
正しくは、あたしのことをこんなに悩ませる要素が出てくるなんて考えても見なかった。
六堂家の兄弟はあたしの好みの対極にいる人間ばかりだった。顔も性格も全部。
なのに――……。
言葉にできない悔しさを襲いかかり、それは大きな溜息となった。
一旦考えるのをやめてアリスを見る。部屋がやけに暗い。電気を点けてないことに今更気付いた。
「アリス」
「は、はい!」
「話をしたいって言ってたわよね? 今でもいいわよ」
そう言うとアリスがひどくびっくりした顔をする。スカートの裾を握りしめて、視線をあちこちに彷徨わせた。
あたしはゆっくりと立ち上がり、扉の方に歩いていく。電気を点けて、部屋の中を明るくした。
「……あ、あの、いいのですか?」
「あたしが良いって言ってるんだからいいのよ」
「話をしたいのは、そのぅ、わたしだけじゃなくて……」
アリスはやけにもじもじしていた。
話がしたいのは、アリスだけじゃない……?
電気のスイッチに手を当てたまま訝しむようにアリスを見つめてしまった。
「ああ、メロ?」
そう言えばメロが話をしたいと言っていたはず。そんなことを思い出して名前を出してみると、アリスは困った顔をして「えぇと」と口を動かした。
「ジェイルさんも帰られたので、ディディエさまとの同行中に聞いた話をお伝えしたいそうです……」
「あら、戻ったのね。……じゃあ、良いわよ。呼んで頂戴」
ジェイルも戻ってるならついでに話を聞いておきたいわ。ディディエが本当に仕事だったのかも確認したいし。
アリスは「はい!」と言って部屋を出ていく。
一人になった部屋は静かで、何の音もしない。
時計の秒針が規則正しく響いていた。
そして。
そう広くはない部屋に、ジェイル、メロ、ユウリ、アリスの四人……アリスが声をかけたのか、何故かハルヒトとユキヤまで勢揃いした。
当然椅子だって足りないから他の部屋から持ってくることになる。
一人でいる時は広く感じたけど、七人もいると流石に狭く感じるわ。あたしを起点としてぐるりと円を描くように座ることになった。あたしだけソファだけど。
話を始める前に、ハルヒトとユキヤを見る。
「……ねえ、なんでハルヒトとユキヤもいるの?」
すると、ハルヒトはキョトンとした後で、すぐに楽しげに笑った。
「何の話をするのか気になってね」
「……聞かれても大丈夫な話なの?」
いまいち腑に落ちないままジェイルを見た。ジェイルはいつも通りの仏頂面。
「はい、問題ありません」
そう言ってしっかり頷くジェイル。
本当かと疑ってしまうけれど、ジェイルがここまではっきり「問題ない」と言うなら信じることにする。
この際、メロの”本気かよ”と言わんばかりの表情は見なかったことにした。
「わかったわ。で、誰から?」
聞いてみると、ジェイルたちは鳩が豆鉄砲食らったような顔をして、顔を見合わせてしまった。ハルヒトが「ぷっ」と吹き出し、ユキヤが窘めていた。
……もう! その辺の打ち合わせくらいしてきなさいよ!
がくりと肩を落としながら、ジェイル、メロ、ユウリ、アリスの顔を順に眺めていく。四人はどこか緊張しているようだった。
「じゃあ、アリス。何の話?」
「えっ、ぁ、はい! えっと、わたしじゃなくて、ユウリくんがお話した方が良さそうかなって……」
「はっ?!」
アリスに名指しされたユウリがびくっと肩を竦める。その拍子に椅子がカタッと音を立てた。
別に誰からでもいいんだけど、と思いながらユウリを見る。
「ユウリ。さっさと話して」
「は、はい……。……えっと、」
ユウリが上目遣いにあたしを見つめ、居心地悪そうにする。別に怒ってるわけじゃないのに。
「えっと」に続く言葉をなかなか言わない。何をどう話そうか、迷っているようだった。
おかげで、室内にある時計の秒針の音がはっきりと聞こえてくる。その秒針の音を十回は聞いたところで、ユウリがようやく口を開いた。
「ロゼリア様が、やけにギャラリーを気にしていたので……図書室で、ギャラリーのことを調べてきました」
あたしの目が点になる。
え、ユウリが? ギャラリーのことを? あたしが気にしてたからって?
軽く混乱したせいで、またもや秒針の音を何回か聞く羽目になった。
あたしの混乱と動揺を心配そうに見ながら、ユウリは続ける。
「それで……三つのギャラリーの地下室があることがわかりました」
「ち、ち、地下室!?」
驚きのあまり素っ頓狂な声を上げる。思わず腰を浮かしかけてしまい、ソファが小さく軋んだ。
全員が全員、あたしの驚きっぷりに目を丸くしている。
まさかここでその情報が手に入るなんて思わなくて動悸が激しくなっていた。
――しまった。こんな反応を見せるつもりじゃなかった。
周囲の視線を受けて我に返り、平静を装ってユウリを見つめる。ソファのひざ掛けを掴む指先に力が入った。
「……地下室があるギャラリーってどれ?」
「北東の三つです」
ユウリは最初の居心地の悪さが嘘みたいに、あたしのことを真っ直ぐ見つめて、はっきりと答えた。
北東の三つ。あたしはザインやコウセイさんに案内してもらったギャラリーを思い出していた。
そんなあたしの反応をよそにメロが「ん?」と眉間に皺を寄せる。そしてコソコソとハルヒト、ユキヤと話をしだした。邪魔をしないように気は遣ってるみたいなので、一旦無視をする。
ユウリは一仕事終えたみたいな顔をして、胸を撫で下ろしながら困り顔を浮かべた。
「僕からのお話は以上です」
あたしが欲しかった地下室の情報。
ユウリは”よかった”と言わんばかりの様子。
違和感が拭い切れず、ユウリを見つめながら人差し指で肘掛けを叩いてしまった。
「……あんた、どうしてその話をするの? っていうか、なんで図書室でわざわざそんなこと調べてきたの?」
「それは――最初に言った通り、ロゼリア様がギャラリーを気にしていたからです。
ザイン様からの案内だけじゃ足らないようだったので……何かお役に立てないかと思って……」
「それだけで……?」
ユウリの行動が意味不明だった。睨むような目つきをしてしまっただろう。
あたしの言葉と視線を受け、ユウリは数回瞬きをした。
彼が答えるまでの間、またもや秒針がカチコチと主張する。
ユウリは「えへへ」と何故か照れくさそうに笑った。
「僕には十分な理由です。お役に立てていたら嬉しいんですけど……」
そう言って”次どうぞ”と言わんばかりにジェイルを見た。ジェイルが驚いたような顔をする。
まぁ、ジェイルでもメロでもどっちから話してくれてもいいんだけど――。
けど、何故だろう。
嫌な予感がする。
あたしは結論を先送りにしたくて、理由をつけて”コウセイさんが黒幕である”という確信を遠ざるために、今彼らの話を聞いている。
なのに――その確信が時間とともに近付いてくるような気がする。
そんな不安とは関係なく、秒針の硬い音だけがその場に響いていた。




