48.あの笑顔の意味
コウセイさんに悪気がないのは伝わってくる。
やっぱり彼にとって『次期会長』になることは、良いことなのよね。ひょっとしたら世間的にはあたしやハルヒトの方がイレギュラーなの?
などと考えつつ、あたしは何も言えずにただ笑った。
コウセイさんは不思議そうにしている。
「? どうかした?」
「いいえ、何でも――……」
そう言いかけたところで、(これってチャンス?)と思い直す。
カミルには「自分が会長に相応しいって?」と聞いたことがある。会長についてコウセイさんに聞くチャンスだわ。
ハルヒトもいるけど、この際仕方ない。
「……コウセイさんは会長の座に興味があるのかしら?」
「えっ?」
心底びっくりしたって顔をするコウセイさん。突然の質問にハルヒトも目を丸くしている。
驚かれるのは想定内。
『次期会長』はヴィオレッタに内定しているのに、こんなこと聞く人間いるわけがないからね。
コウセイさんは言葉を失って、あたしを凝視していた。
そして、逃げるように視線を逸らし、困ったように後ろ首を掻く。
「そんなこと初めて聞かれたよ……」
こんな不躾な質問、適当にはぐらかしても良いだろうに――何故かそうしない。
ハルヒトが慌ててあたしの腕を叩いた。
「ロゼリア。流石にそういうこと聞いちゃまずいんじゃないの?」
「そうね。でも、ここには三人しかいないでしょう?」
ハルヒトを見て口の端を上げてみせた。苦々しい顔をするハルヒトを無視してコウセイさんを見つめる。
彼はなんて答えるべきか悩んでいる。
はぐらかさないのが不思議だった。
やがて、コウセイさんが深々と溜息をつく。
「”ある”と言うより、”あった”と言う方が正しいかなあ。
でも、昔の話だよ。散々姉さんと比べられてきて……まぁまぁキツかったからね」
言いながら、コウセイさんは立ち上がった。あたしたちも一緒になって立ち上がる。
「戻ろう」と言われて、部屋を出るべく歩き出した。
コウセイさんはドアノブを握ったところであたしたちを、いや、あたしを振り返る。
「六狼会の次の会長は姉さんで決まりだ。案外早く決まって俺はホッとしてるし、スッキリしてるよ」
晴れやかな笑みだった。
欠けたところなんてないくらいに、あまりに晴れやかで、完璧な笑み。
ドクン。と、心臓が大きく跳ねる。
同時に金縛りにあったみたいに動けなくなり、何か言おうにも言えなくなる。そして、妙に落ち着かなくなった。
けれど、コウセイさんはそんなあたしの心境など知るはずもなく、「待たせちゃいけないからね」とドアノブを捻って廊下に出た。ハルヒトがそれを追いながら不思議そうに「そういうもの?」と首を傾げている。
その場で動けなくなっていると、コウセイさんがあたしを見た。
「ロゼリアさん、どうかした?」
動かないあたしを心配そうに見つめるコウセイさん。
その声にはっと我に返り、慌てて二人を追いかけた。
ハルヒトも心配そうにしている。
「な、何でもないわ。――ごめんなさい、不躾なことを聞いてしまって」
「いいよ、別に。気にしないで。変に”可哀想”って目で見られるよりずっといい」
コウセイさんは気にした様子もなく、ひらひらと手を振った。
い、今更罪悪感を抱くなんてどうかしてるわ、あたし……!
「……不躾ついでに、”可哀想”ってどういう意味……?」
廊下の先まで人の気配がないのを確かめてから、ハルヒトが声を落とした。
コウセイさんはひたすら困った顔をして、また首の後ろを撫でている。
伏し目がちになって、ゆっくりと口を開いた。
「……”長男なのに”って、後継者になれないことを憐れむ人間が多いんだよ。
六狼会は、基本的に一番上が継ぐって決まってるだけなのにね」
「……。……そっか、変なこと聞いてごめん」
「本当にいいんだ。……みんな、そうやって聞いてくれれば楽なのになあ。
周りでヒソヒソするばっかりなんだよ。そっちの方が神経を削られてしまう」
コウセイさんはおどけた感じで言う。あまり重い話題にはしたくなさそう。
あたしが聞いたせいで変な雰囲気になっちゃったわ。聞いたことは後悔してないけど……!
シアタールームに戻るために歩き出す。
コウセイさんとハルヒトがさっきの話題なんてなかったみたいに他の話に花を咲かせている。
あたしはそれに適当に相槌を打ちながら、さっきのコウセイさんのことをずっと考えていた。いや、考えてしまった。
シアタールームに着くと、コウセイさんがあたしたちから離れる。
他のやることがあるんだそう。
「また後で」と言いながら、爽やかに去っていった。
その後姿を眺め、胸に詰まったようなものを感じてしまう。
ハルヒトがジト目であたしを見ているのに気付き、慌てて顔を上げる。
「ハルヒト、シアタールームに」
「なんか、メロの気持ちがわかった気がする」
「え?」
「何でもないよ。嫌なもの見ちゃったなーって思っただけ」
まさにメロのように拗ねた口調と態度。
意味不明なあたしを置いて、ハルヒトがシアタールームに入っていく。その後を慌てて追いかけた。
どうやらハルヒトの言葉通り、別の映画を見ているらしい。アクションものっぽいわ。
あたしたちの帰りに気付いたみんなが一斉に振り返る。
「おかえりなさい、ロゼリア様。お疲れ様です」
ユウリのセリフに続き、メロからもアリスからも同じ言葉を向けられる。
ハルヒトはユキヤから「お疲れ様でした」と告げられていた。
対して、ザインはどこか楽しそうにあたしを見つめている。
「親父と話せた?」
「話をしに行ったんだから当然でしょ。緊張したわ」
「ふーん、お前でも緊張すんだ?」
「当たり前でしょ」
コイツ、あたしのこと何だと思ってるの……?
そう思いながら、元々座っていたソファへと戻る。ハルヒトも元の位置、つまりあたしの隣に腰を下ろした。
「これ、始まってどのくらい経つの?」
目の前で繰り広げられているカーチェイスを見て、誰にともなく問いかける。
すると、斜め後ろに座っていたカミルがひょこっと顔を出した。
「まだ十分くらいですよ。映画を決めるのに時間がかかっちゃったので……」
「そう、ありがとう。なら、今から見ても大丈夫そうね」
カミルを振り返って礼を言い、その顔をじっと見つめた。
頬に血色が戻っていて、朝の青白さはもう見えなかった。
あたしの視線を不思議に思ったのか、カミルが首を傾げる。
「えっと、何か……?」
「……朝より調子が良さそうで良かった、って思ってたのよ」
実は別のことも考えてたんだけど、それは流石に言わない。
カミルは「あはは」と誤魔化すように笑った。
「ご心配おかけしました。いつもはあそこまで酷くないんですけど……」
「雪も降ったから仕方ないわ。とにかく、元気そうで良かった」
「へへ、ありがとうございます」
そこで会話をやめて、目の前にあるスクリーンを向けた。
あとでメロから話を聞かなきゃと思っていると、何故かユウリとアリスが何か言いたそうにちらちらと視線を向けてきていることに気付いた。不思議に思ったけど、映画を見ている最中にお喋りをしすぎるのもよくない。
ちらりと視線を返すだけに留めておいた。
――今のあたしには少し考える時間が必要だわ。
映画を見ながらも悪くないけど、できれば一人で。




