37.足跡だけが知っている
足元が雪なので、歩みはゆっくり。……あたしが途中で転びそうになったから、気を遣ってくれているのはわかる。
「ここ滑りやすくなってるから気を付けて」
「ええ、ありがとう」
コウセイさんからまめに注意を促されながら進んでいく。
……こうやってまともにエスコートを受けた記憶がほとんどないから何だか新鮮だわ。
いつからかジェイルが車から降りる時や、段差があるところで手を差し出してくれるようになってるけど、それとはまたちょっと違う。去年、ハルヒトにエスコートされたのも特殊過ぎて違う。
じーっとコウセイさんを見つめていると、彼はどこかくすぐったそうに笑った。
「寒くない?」
「大丈夫よ、ありがとう。コウセイさんこそ、寒くないのかしら?」
「寒さには強い方だから平気。……しかし、ロゼリアさんがこういったものに興味があるとは知らなかったな」
最後のギャラリーに向かう道すがら、しみじみと呟くコウセイさん。
あたしは誤魔化すように笑う。
「これまで全然興味がなくて……でも、あたしと全く無関係と言うわけじゃないから、ちゃんと知らないと、って」
「へえ、偉いなぁ」
「え、えらい、わけじゃないと思うわ。多分コウセイさんたちより、あたしは大分出遅れてるから……」
戸惑いながら受け答えをする。
嘘をつくと後で困るような気がして、嘘にならないラインを探りながら話をしてるんだけど……真実じゃないけど、嘘じゃないラインって難しい……!
変に思われないかヒヤヒヤしていると、コウセイさんが肩を竦めた。
「全然そんな感じには見えないからなおさらすごいよ」
じゅ、純粋に褒められてるっぽくて辛い。下心満載なのに。
何も言えなくなって、誤魔化すように笑う。
コウセイさんはあたしの気まずさに気付いたのか、ぱっと手を離す。見れば、最後のギャラリーが目の前だった。
「ついたよ。……褒めすぎは良くなかったな。済まない、つい」
「……嬉しかったけど、やっぱりちょっと気まずいの。察してくれてありがとう」
言いながらギャラリーへと向かう。
――昨日、ザインと見た時は気付かなかったけど……ギャラリーによって老朽化の具合が結構違う。建物のデザイン自体も結構色々だったのは、単純に展示物に合わせたのかと思ったんだけど、どうにも違うように思えた。
聞いてもいいのかと迷いながらコウセイさんを振り返る。
「どうかした?」
「建てられた年代が結構違うのかしら、と思って……」
「ああ。うん、結構違うよ。世代ごとに建てるのが慣例化してた頃があって、その影響かな。
お祖母様の時から建てなくなってるんだよ。だから、父さんも建ててない。今どき美術品もそう集まらないしね」
なるほど。だからデザインや造りがまちまちだったのね。
ザインの説明を聞いている時はあんまり気にしてなかったわ……。
説明を終えたコウセイさんは目の前にあるギャラリーを眺める。
「で、これが一番古いギャラリーになるんだ」
言いながら、コウセイさんもギャラリーをまじまじと見つめた。
「他と比べると、やっぱりこれは古さが気になるよなあ……。修繕はするけど、建て直しはしてないしね」
「……建て直したりしないのかしら?」
チャンスだと思いながら聞いてみる。
今の流れからなら、この質問はおかしくない。
じっと見つめると、コウセイさんは困ったように肩を竦めた。
「どうなんだろうね。俺の意見は聞いてもらえないからな……」
び、微妙な答えを~~~。
まぁ、内部事情に関わる話だし、簡単に話したりしないか。
「さて、と。そろそろ戻ろうか? 体も冷えただろうし、君が部屋にいないと心配する人間もいるだろう」
「――そうね。そうするわ」
明らかに善意で言ってくれているコウセイさん。あたしは頷くしかできなかった。
これ以上は無理ね。
残念に思っているとコウセイさんが、これまでそうしていたように手を差し出した。その手を取り、ゆっくりと歩き出す。
雪が本格的に降っている。これはほんとに帰れないかもしれない……。
風がないだけマシだけど、雪のせいで視界が悪い。六堂家の屋敷は白いから余計に見えづらく感じた。
「……?」
ふと、石畳から外れたところに視線を向けると、違和感を覚えた。
――あたしたちのものじゃない足跡がある。
雪の上に残っているということはこの時間帯に出来たもの。夜のうちに雪が降っていたからね。
離れた場所にある足跡の上には、折れた木の枝。
コウセイさんが来た方角とは違う場所。
あの時、やっぱり他に誰かいた……?
考えてみるけど、人影は見てない。誰かの声を聞いた覚えもない。……何だったのかしら。
色々と嫌な想像をしながら、コウセイさんとともに屋敷へ戻っていった。
屋敷の玄関で雪を払ってから中に入る。
その先では、ジェイルたちが待ち構えていた。
……予想はしてたけど……。
「お嬢様、どちらに行かれていたのですか」
「ロ、ロゼリアさま、朝お部屋にいなかったので心配しました……!」
ずいっとジェイルとアリスがあたしに迫ってきた。
戻りが遅くなったら、絶対に何か言われるんだろうなと思ってたわよ。朝、部屋にいないのは不自然だしね。
「ただの散歩よ」
「……この雪の中をですか?」
「ええ、そうよ。だって珍しかったんだもの。――悪い?」
腕組みをして、堂々と言い放てばジェイルが怯む。
こういう時は「何も悪いことなんてしてないけど?」という態度で臨むに限る。堂々とした態度でいれば、相手は大抵言葉に詰まるのよ。
何も言わないジェイルをよそにアリスがあたし、そして少し後ろにいるコウセイさんを見比べた。
「コウセイさまも、ですか……?」
訝しげな視線と声。
それらを向けられたコウセイさんはにこりと笑った。
「いやいや、心配させてみたいで申し訳なかった。散歩をしているロゼリアさんを見かけて、付き合わせてもらったんだ。ついあちこち連れ回してしまった」
連れ回したのはあたしなんだけど……気を使ってくれたのはわかる。
ジェイルとアリスが何か言おうとして口を開く。
その前にコウセイさんが二人の言葉を遮るように続けた。
「外は雪が降っていて、ロゼリアさんも冷えてしまったと思う。連れ回した俺への苦情は後でいくらでも聞くので、先にロゼリアさんを部屋に戻らせてあげて欲しい。――朝食も取って欲しいしね」
コウセイさんの口調は穏やかだった。
けれど、どこか有無を言わせない響きがある。
そのせいでジェイルもアリスも口を閉じざる得ないみたいだった。……言ってることはおかしくないもの。
とは言え、いい雰囲気とは言い難いわね。
「コウセイさん、道案内ありがとう。迷いそうになってたから助かったわ。あと我儘も聞いてくれてありがとう。
――ジェイル、アリス。勝手にいなくなって悪かったわね」
コウセイさんの腕を軽く撫でながら言い、ジェイルたちの元に戻る。
ジェイルとアリスは顔を見合わせ、何か我慢するみたいに口を閉ざした。
「じゃあ、ロゼリアさん。俺はこれで。――またね」
コウセイさんは自分の仕事はこれで終わりと言わんばかりの様子で爽やかに立ち去っていった。
これで一旦は場は収まったはず――。
しかし。
こういう時に一番うるさくなる人間が静かにしているのが気になった。
――メロ。
さっきから少し離れてあたしのことを見つめている。拗ねてる? 怒ってる?
メロの様子がおかしいからか、ユウリは困った顔をしていた。
あたしはゆっくり近付き、二人の顔を見比べた。
「……ユウリ。メロ、どうしたの?」
「すみません、なんか朝からこの調子で……」
メロはあたしと目が合った瞬間にぷいっとそっぽを向いてしまった。
……何、コイツ。
苛立ちを覚えたところで、アリスがあたしの手をそっと引いた。
「メロくんはほっときましょう。――ロゼリアさま、雪のせいで色々崩れてしまってるので直しませんか?」
あ、確かに!
髪の毛もメイクも崩れてるわ。全然気にしてなかった。
メロのことは気になったけど、一旦スルーすることにした。




