36.疑いの手を取る
コウセイさんの手は温かかった。
まだ日の昇らない薄暗い森の中をゆっくりと歩き出す。
「足元、気をつけてね。雪で滑りやすくなってるから」
「……はい、ありがとうございます」
笑うコウセイさんを見つめて頷いた。
コウセイさんに手を引かれるようにしてギャラリーに向かう。
雪のせいで足元が見えづらくなっているのに、コウセイさんは迷うことなく歩いている。
「すごいですね。どこが道なのかわからなくなっているのに……」
「ああ、流石に自分の家の庭だからね。……昔はここでかくれんぼもしてたんだよ、みんなで」
「あら、楽しそう。誰が一番隠れるのが上手でした?」
兄弟が多いとそういうことができて良いわよね……。やっぱりちょっと羨ましい。あたしは一人っ子だもの。
コウセイさんは昔を懐かしむように目を細め、ゆっくりと口を開いた。
「意外かもしれないけどディディエ」
「ほんとに意外……」
思わず素で反応してしまった。だって、むしろ下手くそそうなのに。
「今でこそあんな感じだけど、小さい頃のディディエは人見知りが激しくて、俺達ともあまり馴染もうとしなかったんだ。遊びに引っ張り出すのも一苦労だったよ。
俺達と遊ぶのも嫌だったのか、関わりたくないって感じで隠れるんだ。だから、隠れるのが上手かった」
懐かしそうに言う反面、どこか寂しげだった。
――あ、そうか。
ディディエの境遇はちょっと特殊なんだった……。
出産時に母親が亡くなっていて、ザインの母親に引き取られている。
そして、ずっと自分のことを”要らない子”だと思いながら育ってきた。
ザインの母親が、ザインとディディエを差別して育てたとか、そんなことは決してないんだけど……親の愛情というものがよくわからないまま育った上に、周囲からは「可哀想」という目で見られてきたので、基本的に愛情に飢えている。
父親であるジョウジ様は下の兄弟にはあんまり興味がないのも拍車をかけた。
……傍目には、ザインとカミルは相当ディディエに気を遣ってると思うけど、本人は気付いてなさそうなのよね……。
多分、コウセイさんも幼い頃からディディエのことは気にしている。
だから、こんな風にちょっと寂しそうな顔をするんだと思う。
背景を加味しても、あいつがムカつくことには変わりないけど! あたしには関係ないし!
「……見つけないと拗ねそう」
「あはは、当たり。まぁ、それ込みで楽しかったけどね。可愛い弟には変わりないし」
可愛い弟、か。
本当にそう思っているんだろうというのは、伝わってくる。
そう話している間にギャラリーの前までやってきた。
「……まぁ、鍵がないので中には入れないんだけど」
「いえ、大丈夫です。間近でじっくり見られれば……」
コウセイさんが申し訳なさそうに笑う。あたしは首を振って、ギャラリーをじっと見つめた。
近づこうと一歩進むと、コウセイさんも一緒になって歩く。
手を離してくれて良いんだけどと思いながら手を見る。
コウセイさんが不思議そうに首を傾げ――繋いだままの手を慌ててぱっと離した。
「ご、ごめん。つい」
「い、いえ……」
なんっか、調子が狂う。変な感じだわ。
妙に落ち着かない気持ちになりながら、ギャラリーの周囲をぐるりと見て回った。
あたしに建築の知識があれば……外観から地下があるかどうかわかったかもしれないのに……。
素人目に地下があるかどうかなんてわかる要素はなかった。予想はしていたものの、徒労感があるわ……。
「何か気になることでもある?」
「中に何かあるか見えないかな、と思いまして……」
「うーん、全部閉め切ってるからなぁ……期待に添えなくて申し訳ない」
コウセイさんが苦笑する。
そう、窓はもちろんのことカーテンや雨戸まできっちり閉められていた。六堂家の敷地内とは言え、そりゃ防犯を考えたらこうなるわよね。
「他のところも見てみる?」
「はい、お願いします」
そう言って頷くと、コウセイさんは「どうぞ」と手を差し出してきた。
妙な気持ちになりながらも手を取って、ゆっくりと歩き出す。
滑らないように注意しつつ歩き、コウセイさんの横顔を見上げた。
「コウセイさんって……」
「うん?」
「モテますよね?」
ぶっ。と吹き出すコウセイさん。ゴホゴホと咳き込んでから、困り顔であたしを見た。
「きゅ、急に何?」
「いえ、何となく」
答えを求めるようにじーっと見つめると、コウセイさんは困惑したまま視線を逸らした。
そして、気まずそうに話し出す。
「ザインほどじゃないかなぁ……」
「まぁ、ザインもモテてるんでしょうけど……ちょっと種類が違うというか……」
あれは自分から声をかけて遊んでるだけ。相手もそれをわかってて遊んでる。まぁ、相手が本気になっちゃうケースもあるっぽいけどね。
当たり前のように手を差し出してエスコートして、相手を”女の子扱い”するコウセイさんとは毛色が違う。明らかに。
コウセイさんは小さくため息をつき、あたしを見つめて苦笑いを浮かべた。
「――多分、俺から”六堂”の名を取ったら何もなくなる。そんなレベルだよ。
種類は違っても、やっぱりザインのがモテてると思うなあ」
思わず目を見開いてしまった。
謙遜――ではない。自嘲じみた言い方からは、この人の心に巣食う何かを感じた。
弟であるカミルはあんなに自信たっぷりだったのに、コウセイさんはあまりそういう一面を見せない。そう見せることはあっても、本心からの行動ではないのよ。
……忘れてたけど、確かにゲームでもこんな感じだったわ。
この人は、自分に自信がない。
咄嗟に何か言おうにも言葉が思い浮かばなかった。
「なんて。……変なことを聞かせてしまった。忘れてくれると嬉しい。
と言うか、ロゼリアさんこそモテるだろう?」
「いえ、さっぱり」
きっぱりと言い放つと、コウセイさんが目を丸くしていた。
そして、後に気付く。
……完全に頭から抜けてたけど、多分今人生最大のモテ期だったわ。あたしの中では全部なかったことになってるけど……ま、まぁいいや。わざわざ言い直すほどでもないでしょ。
「え。えー……? でも、彼らは……あ、いや、野暮になってしまうな。ごめん、何でもない」
彼、ら? 誰のことか聞こうとして、やめておいた。
そうやって話しながらギャラリーを順に回っていく。
コウセイさんはギャラリーに着くと手を離し、移動する時には手を差し出す、ということを繰り返した。本当にマメというか何と言うか……。最初はちょっと変な感じだったけど、最後の方には完全に慣れてしまっていた。あたしから手を差し出して、コウセイさんが手を取るという形に変わるほどには。
コウセイさんは全てに付き合ってくれた。
特定のギャラリーを避ける仕草も、急かすような言動もない。
ヴィオレッタを監禁した張本人なら、こんなに丁寧に付き合ってくれないと思う。
けど、”絶対に見つからない”という確信の裏返しなら?
言ってしまえば、今はゲームにおける”共通ルート”。まだルートが分岐してない状態。
だからこそ、全てを疑ってみなければいけない。
そんなことを考えている間に、夜明けがやってくる。
空は厚い雲が覆ったままで、雪が本格的に降り出していた。
「……うーん。また雪が降ってきてしまった……」
「結構降ってる……今日も帰れないのかしら」
「出来れば留まって欲しい、かなぁ。何かあったら本当に困るし」
「……そうよね」
”何かあったら”と、危惧するコウセイさんの気持ちは理解できた。
かと言ってずっとお世話になるわけには――と考えていると、コウセイさんがじっとあたしを見つめている。
不思議に思って首を傾げる。すると、コウセイさんがおかしそうに笑った。
「いやいや、すっかり敬語が抜けたなぁと思って」
「……。……あ゛っ」
思わず口を押さえる。
う、うわ、注意してたのに……いつの間に……!
「ちょっと前から抜けてて……様子を見てたんだ」
「……その時指摘してくれればよかったのに」
「え? だって、俺が良いって言ったんだから、今みたいに話してくれた方が俺も助かるよ」
悪びれた様子もなく笑うコウセイさん。
こっちは気まずくってしょうがないのに……。でも、今更取り繕うのも馬鹿らしくて、敬語をやめてしまう。
小さくため息をついたところで、コウセイさんに手を引っ張られた。
「さぁ、次で最後だよ」
何も言えないままコウセイさんとともに歩き出す。
どこか機嫌良さそうな彼を見て、何とも言えない気分になる。
……悔しいけど、この時間を楽しいと感じる自分がいた。




