34.バック・グラウンド・ノイズ ~彼女のいない夜~
「気に入らね~~~……」
メロはテーブルに突っ伏し、独り言と言うには大きな声を上げた。
その様子を見たユウリはため息をつく。ポットで二人分のお茶を入れ、メロの傍に静かに置いた。
客室の隣にあった談話室で二人は休憩をしている最中だ。
ロゼリアはディディエから借りた服を機嫌よく自室に持ち帰った。今頃部屋で試着をしている頃だろう。
今日はもう疲れたから試着だけしてすぐ寝ると言っていた。
「……メロ。その嫉妬癖はどうにかした方がいいよ……」
「別になんも言ってねーじゃん!」
メロがが慌てて顔を上げ、焦った声を上げる。
確かに「気に入らない」と言っただけだったが、ユウリには何が気に入らないのかがはっきりと伝わってきていた。
「あれをディディエ様がロゼリア様のために作った、って言うなら気に入らない気持ちもわかるけど……そうじゃないでしょ」
そう、メロが気に入らないのは”ディディエが用意した服をロゼリアが上機嫌で借りていったこと”である。
こればかりは急な宿泊なのだからしょうがない。
むしろ高級志向かつオシャレなロゼリアの性格を察して、わざわざブランド品を貸してくれたことに感謝する立場だ。間違っても嫉妬をしている場合ではない。
メロは何も言わずにユウリが用意しているお茶を飲んでいた。
その様子を見てため息をつく。
そこに、ハルヒト、ジェイル、ユキヤの三人がやってきた。
「あれ、二人とも早いね?」
「……ハルくんが”ちょっと話しよ”って呼んだんじゃん」
驚いた顔のハルヒトを見て、メロが呆れたように言う。
ちなみに”ハルくん”とはハルヒトのことである。本来ならこんな呼び方はしてはいけないが、ハルヒトが「いいね!」と言っているので許されている。
ユウリは席を立ち、ポットの元へと向かった。
「僕お茶を入れますね」
「悪いな、真瀬」
「ありがとうございます、真瀬さん」
「いいえ。どうぞお座りください」
笑って返事をすると、ハルヒトたちは思い思いの席に座った。
メロにお茶を出しても何も言われないが、他の三人は何かしら返事をしてくれるのでまだ入れ甲斐がある。
さっきよりも気合を入れて三人分のお茶を用意してから、ユウリも席についた。
お茶に手を付ける前にジェイルがハルヒトを見る。
「――それで、ハルヒトさん。お話というのは……?」
ハルヒトは呑気にお茶を飲んでおり、ワンテンポ遅れて「ああ」と顔を上げて笑う。
「夕食の時にロゼリアがザインくんに誘われて六狼会に来たのはわかったんだけど……なんか、それだけじゃない気がしてね。実際どうなのか聞きたかったんだよ。
コウセイさんたちの前だとロゼリアはずーーっと猫かぶってる上に、直接聞いてもはぐらかされそうで……」
ハルヒトがつまらなさそうに肩を落とした。隣でユキヤが苦笑している。
ユウリ、ジェイル、メロの三人は思わず顔を見合わせた。
どう答えようかと悩んでいる間にメロがぶすっとした顔で口を開く。
「ザインのヤローに誘われたから来たってのは間違ってねーし、ハルくんが言う通り別に目的があるのも多分当たってるッス。
……でも、お嬢が何考えてるのか、誰にもわかんないんスよ。何も話してくれねーんだもん……」
最初の方は苛立ち混じりだったが、段々と拗ねた口調に変わっていった。こうして何事もストレートに話せるところがメロの長所であり短所だ。
ジェイルがお茶を飲んで小さくため息をつく。
「敢えて取り繕いませんが、今花嵜が言った通りです。
自分たちが理由を聞かせて欲しいと言ったところ、お嬢様の機嫌を損ねてしまったので聞けずにいます」
「……六狼会に何か拘っているのは確かだと思います。ただ、やっぱり理由がわからなくて……」
ロゼリアに部屋から追い出された日のことを思い出して、三人揃ってずうんと暗くなってしまった。
ハルヒトが目を丸くしている。
深刻な話題だと思わなかったらしい。
「六狼会に拘っている、ですか……」
それまで静かに話を聞いていたユキヤがカップを下ろしながら呟く。
全員の視線がユキヤに集まった。ハルヒトが代表するように問いかける。
「六狼会に何かあるの?」
「……まぁ、六狼会には色々な噂がありますからね」
「噂?」
ハルヒトが首を傾げる。ユキヤは困り顔になり、あやふやに笑った。
「はは、不確かなことはあまり口にしたくはないんですが……一つは財政難ですね」
ユキヤの言葉を聞いたハルヒトがお茶を一口飲んで、そして眉間に皺を寄せた。
「……それ、ロゼリアに関係ある?」
「流石に関係ないと思いますが、有名な噂ではあります」
「うーん、何か関係ありそうな噂がまだあるの?」
ユキヤは引き続き困った顔をした。言いたくなさそうな雰囲気が伝わってくる。
先程本人が言っていたように”不確かなこと”なのだろう。ユキヤの性格上、憶測でものを言いたくないのは理解できた。
やがてジェイルがユキヤを真っ直ぐに見て口を開いた。
「――ユキヤ。そういった事情に詳しいだろう?
話半分に聞くから教えてくれ」
全員が縋るようにユキヤを見つめるからか、ユキヤはとうとう観念したように肩を落とした。
「本当に話半分に聞いて下さいね。信憑性が薄く、悪意のある噂かもしれないので……」
「わかっている。良いから教えてくれ」
「……先月下旬から『次期後継者』のヴィオレッタ様の姿を見ません。表向きには”体調不良”となっていますが、誰もその姿を見ていないのです。これに関して様々な憶測が飛び交っています」
そう言えば――。ザインたちが挨拶に来た時も、ロゼリアはヴィオレッタのことを話題に出していた。
話題自体はおかしいとは思わなかったが、そこに何かあるのだろうか。
ユウリはカップに入ったお茶に視線を落として思考を巡らせていた。
ユキヤは続ける。
「憶測は本当に根も葉もないものなので割愛しますね。
あと、ご兄弟間の確執、ですね。六堂家のどなたかがロゼリア様と懇意になれば強力な後ろ盾となる、なんて視点もあります。
……どの会も大なり小なり問題を抱えています。去年の八雲会と九龍会がそうであったように」
ユキヤはそこで言葉を切り、少し遠い目をした。
去年ユキヤの周りで何があったのかを知っているため、誰も何も言えない。
気まずい沈黙を破ったのはハルヒトだった。
「……ユキヤ、どうしてそんなに詳しいの……? オレ、そんなの全然知らないんだけど……」
ハルヒトが驚き半分、疑い半分と言った視線を向ける。いつも一緒にいるのに、のと言わんばかりの顔だ。
視線を向けられたユキヤは少し考え込んでから、意味ありげに笑った。
「少し気をつけるだけで様々な情報が入ってきますよ。コツは知らん顔をして耳だけ傾けることですね」
「ふーん……そういうものか……」
一旦そこで話が途切れる。
どれもこれもロゼリアがわざわざ首を突っ込むような噂には思えなかった。むしろ、最後の兄弟間の確執なんて、ロゼリアからは最も遠い話に思える。
全員が考え込んで――不意に廊下から足音が聞こえてきて、上機嫌のアリスが通りかかった。
「あれ? みなさんお揃いですね。どうかしたんですか?」
不思議そうに部屋に入ってくるアリス。
その場にいるメンバーをぐるりと見回し、雰囲気を察した上で、何故かドヤ顔をして両手を腰に当てた。
「下手の考え休むに似たりですよ! やっぱり行動あるのみです!」
「なんだよ、おまえ。急にえらっそうに……」
こそこそとロゼリアについて話をしていたのがバレてしまったようだ。
メロが口を尖らせると、アリスはにんまりと笑った。
「ふっふっふ! わたしは自分にできることを見つけたので!!
ロゼリアさまが何を考えているのかは知りませんけど、役に立てるように動くだけです」
役に立てるように――?
けど、そのためには何を考えているのか知る必要があるはずだ。ユウリはぐっと手に力を入れ、アリスを見た。
「アリス、何を考えてるの? あんまり勝手な行動すると……」
「そんなドジは踏みませんよ。わたしはパズルのピースを探して、それをロゼリアさまにお渡しするだけです」
はっきりと言い放つアリス。生き生きとしていて、自分の行動に自信を持っているようだった。
自分に自信が持てないユウリにはその姿は眩しく思える。
アリスは姿勢を戻し、ジェイル、メロ、ユウリの三人を順番見つめた。
「ジェイルさん、メロくん、ユウリくん。カミル様に”チームワークが課題”って言われたの、ちょっとショックだったので……ただ考えるだけで終わるの、やめてくださいね。――じゃあ、おやすみなさい」
そう言ってアリスは笑って去っていった。
ハルヒトとユキヤが三人をじっと見つめる。
”そんなことを言われたのか”と思っているが、視線から伝わってきた。
何も言えず、ただ黙るしかない。
けれど、アリスが既に何かしら行動を起こしているということに焦燥感を覚えるのだった。




