33.ディディエの女装疑惑(?)
移動中、ディディエは無言だった。
不本意なのがひしひしと伝わってくる。
――そして、何故かあたしとアリス以外のメンバーもぞろぞろとついてきてしまい、大所帯になってしまった。途中で「あんたたちは関係ないでしょ」と言ったんだけど、ハルヒトが笑顔で「だって気になるし」と言い、ディディエが面倒くさそうに「好きにしろ」と言ってしまったものだから、全員で向かうにことなった。
後ろは騒がしいし、ハルヒトはあたしに話しかけてくるのに、ディディエは本当に無言だった。
……いくらなんでもディディエは根に持ち過ぎじゃない……?
そして、ある部屋に辿り着いた。
ディディエが立ち止まり、あたしたちを振り返る。
「着いたぞ。……良いか、中にあるものを勝手に触るなよ。触ったら即刻出て行ってもらう。
特にお前だ、花嵜。いいな」
ディディエがドアの前で振り返り、真っ直ぐにメロを見た。
メロは「えっ?!」と声を上げてびっくりしていたけど、周囲からは冷ややかな視線を向けられるだけ。まぁ、当然と言えば当然。
釘を刺してから、ディディエがゆっくりとドアを開ける。
何があるんだろうと思いながら、ディディエの後に続いて部屋に入っていった。
どうやら衣装部屋のようだった。
ただ、かなり広いし、ただ衣類を保管する目的ではなさそう。ミシンとかの裁縫道具もあるし。
ディディエはつかつかと奥に進み、あたしをじっと見つめた。……来い、ってことね。
小さくため息をつきながらディディエの方に近付く。その間にディディエは奥からキャスター付きのハンガーラックを引っ張ってきた。
そこにはずらりと服がかけられている。どれも女性物。
「この中から好きなものを選んで良い」
端的すぎる言い方にカチンと来たけど、貸してくれると言うことなので我慢した。
並んでいる服とディディエとを見比べる。
「……これ、あんたの私物?」
「……まぁ、私物と言えば私物だな……」
ディディエは少し困ってから、歯切れの悪く頷いた。
思わず目の前にある綺麗な顔をまじまじと見つめてしまう。ディディエは不愉快そうに眉間に皺を寄せた。
この女物の服がディディエの私物――。
五年前より伸びた髪は肩にかかる長さで、ハーフアップにしている。
あたしはごくりと生唾を飲み込み、唇を震わせた。
「……あ、あんた、まさか……女装癖が……?」
「はああああ!? そんなわけないだろう!? 馬鹿にしているのか!?」
血管がぶち切れんばかりの勢いで怒鳴るディディエ。
怒鳴り声にかき消されたけど、あたしの発言を聞いた後ろのメンバーが「ぷっ」と吹き出していた。
「私物というのはそういう意味じゃない!
これは!! オレが関わってるブランドのサンプルだ!!!」
……すごく怒らせてしまった。
ま、まぁ、今のは流石にあたしが悪かった、かしら?
やり返す意味もあったけど、こんなに怒るとは……。
でもディディエが言葉足らずなのも良くないと思うわ(他責)。
「そ、そうなの。悪かったわね、変な勘違いして……」
「全くだ。わざわざ持ってこさせたのに……」
ディディエは腕組みをし、ツンと顔を逸らした。可愛くないやつね。
そして、選べと言わんばかりに一歩後ろに下がる。
あたしはディディエを気にしながらラックに近づいて手を伸ばし――そこでピタリと動きを止めてディディエを見た。
「ねえ、あたしは触っていいのよね?」
「それくらい常識でわかるだろう?」
「……ほんっとムカつくわね、あんた」
「お互い様だ。――ああ、白雪も触っていい」
そう言ってディディエは腕組みをしたまま壁に背を預ける。
あたしは小さくため息をついてからアリスを見た。アリスは意図を察して近付いてくる。
二人でラックにかかっている服を手にとって眺めることになった。
ワンピースを手に取ったところで、アリスが首を傾げる。
「……あれ? これってアルセンの服ですか?」
アリスがワンピースを手にディディエを振り返った。ディディエは少し驚いた顔をしてから静かに頷く。
「よく気付いたな」
「後ろのファスナーのスライダーが『Or』ってなってます。さきほど頂いたアルセンの新シリーズの化粧品が『ARCEN Or』だったので、ひょっとして、と思って……」
アリスが「ここです」と教えてくれる。確かにファスナーのスライダー、持って引っ張る部分が『Or』というデザインになっている。
うん? ということは……?
「……ディディエ。あんた、アルセンの新シリーズに関わってるの?」
驚きながら聞くと、ディディエは肩を竦めた。
「一応な」
「えっ! すごい! それって服のデザインしてるってこと?!」
感嘆の声はあたしでもアリスでもなく、それまで静かにしていたハルヒトだった。
目をキラキラさせて出てきたかと思えば、そのままディディエに近付いていく。突然のことにディディエは目を白黒させていた。
「……あ、ああ。そうだが、」
「デザイナーなんだね! すごい、初めて会ったよ!」
ディディエは完全に引いている。ユキヤが慌ててハルヒトの肩を掴んだ。
「ハルヒトさん、落ち着いてください。ディディエ様が困っています」
「あ、ごめん……興奮しすぎた。デザイナーをやってる人には初めて会ったから……」
しゅんとするハルヒト。
ディディエはひたすら困惑しており、何か言葉を発することはなかった。
……ここであたしがフォロー入れるのも変な感じよね。
男共は放っておき、何事もなかったかのように服を手に取った。
「このスカート良いわね」
「わ、素敵です。こちらのニットかブラウスを合わせるのはどうでしょう?」
「あら、良いじゃない。――ディディエ、試着ってできないの?」
ニットとスカートを合わせながらディディエを見る。
ハルヒトからの質問攻めが尾を引いているのか、すぐに反応はなかった。けれど、慌ててあたしを振り返る。
「一応あるが……ここで着替えるのか? ……こいつらの前で?」
「? 普通に試着室に入るのと同じでしょ。一々気にしないわよ」
ディディエがジェイルたちを気にする。でも、あたしとって別に気にする対象じゃないのよね。
試着させてくれるならその方がいいのだけど、メロがディディエを見つめて必死に首を振っていた。……何よ、その動きは……!
メロの動きがどう伝わったのか、ディディエはため息をついた。
「……何だか時間がかかりそうだから却下だ。気になるものは持っていって良い。
ただし、乱暴に扱うなよ」
「わかったわよ、試着は部屋でさせてもらうわ。――アリス、そのスカートとニットとブラウス。あとこのワンピースも」
「こちらのマフラーとコートも良いと思いますっ」
意図せず積み上がっていく服。一日分だけでいいはずなのに、つい……。
何か言いたげな顔をしてこちらを見ているディディエを無視して気に入ったものは借りていくことにした。こんな機会じゃないとブランドのサンプルなんて着る機会ないもの。
選び終わったところで、満足感を覚えながらディディエを見る。
「ディディエ、助かったわ」
「……ふん」
当然だと言わんばかりの態度のディディエ。
これまでならムカつくところだったけど、服を借りることができてちょっとテンションが上がっていた。
「あんた、センスあるのね。アルセンの前シリーズはイマイチだったけど、このシリーズはアルセンらしい高級感と華やかさがあっていいと思うわ」
他意なく言うと、ディディエが目を見開いた。
何か返事をするわけでもなく、まるであたしから逃げるようにすぐにふいっとそっぽを向いてしまう。
少しだけ照れているようにも見えたけど――一体どういう感情なのか、あたしにはわからなかった。




