32.アリスの誤解と、ディディエの誘い
すごい衝撃だった。
……最後に“女の子扱い”なんてされたの、いつだったかしら。
思わずそんなことを考え込んでしまうくらいの衝撃。
けれど、あたし自身が”女の子扱い”をされて嬉しいかと言うと、そうじゃない。
正直に言えば微妙。
コウセイさんに悪気がないのも、あたしのことを心配していることも、両方とも伝わってくる。は、反応が難しい……!
とりあえず、あたしは笑顔を作った。
「ありがとうございます。考えておきますね」
「うん、そうしてくれると嬉しい」
ホッとしたように頷くコウセイさん。
彼は今のところ、あたしたちをもてなす『ホスト』としての対応しかしてない。だからちょっと探りづらい。
何かそれっぽいことを話すきっかけを、と思ったところでさっきもらった見取り図を思い出した。
見取り図を持ち上げて、「そう言えば」と話を切り出す。
「この見取り図、庭の方はかなり詳細に書かれているんですね」
「時々ギャラリーを一般向けに解放してるんだ。その時渡すものでもあるんだよ。
屋敷の中は限られた人間しか招いてないから、この客室周りの情報だけになるけどね」
「いえ、十分です。――ギャラリーはザインにも案内してもらいましたし」
さり気なくギャラリーに行ったことを口にしてみると、コウセイさんが驚いたような顔をした。
「そう、だったんだ? ……ザイン、ちゃんと案内したかな?」
ちょっと不安そうだった。あくまでも弟が粗相をしてないか心配、という雰囲気。
――まぁ、まさかギャラリーを探られるなんて思わないわよね。
「案内してと言った時はかなり渋られましたけど……一通り説明はしてくれました」
「そっか……ザインは特にギャラリーに興味がないからなぁ。もし不十分なら言って欲しい。俺が改めて案内しよう」
コウセイさんは腰に手を当てて「ふふん」と、どこか得意げな顔をした。
これは……予想外の返事。
さらっと流されるかと思ったけど、まさか「改めて案内する」なんて言われるとは思わなかったわ。黒幕ならギャラリーには近づかれたくないだろうし。……あ、自分が案内するなら別に困らないのかしら。
頭の中で様々な考えが巡る。
けど、”これだ!”という答えには辿り着かない。当たり前よね、決定打がないもの。
「本当ですか? お時間が合えばぜひお願いしたいです」
「任せて欲しい。楽しみにしてるよ。……さて、あまり長居をしては申し訳ない。
――あと三十分くらいで夕食の準備もできるから、それまではゆっくりしていてくれ」
「じゃあ」と言ってコウセイさんは部屋から出ていってしまった。
立場上、気を遣う相手だったから肩の力が抜ける。
が、あたしがほっと一息ついている横でアリスがわなわなと震えていた。
「ロ、ロロ、ロゼリアさまっ……あ、あのひと、危険ですっ!」
アリスがめちゃくちゃドモりながらずいっと近付いてくる。
いや、まぁ、確かに黒幕だった場合危険なのは合ってるけど……なんか、アリスは勘違いしてる気がする。
「な、何よ、急に」
「カミルさまとは別でなんか、……危険ですよっ!」
「だから何が危険なのよ」
「~~~! ロゼリアさまを狙っていると思います!」
ねらう。ネラウ。狙う。
意味がわからなくて首を傾げてしまった。
アリスがもどかしげに両手をぶんぶんと揺らしている。
「さっきのセリフは口説いているとしか思えません!」
「馬鹿ね、考えすぎよ。大体そんなのあんたがいる前ではやらないでしょうよ」
何を言い出すかと思えば……。思わず脱力してしまった。
仮に口説こうとしているとしたら、アリスがいる場所でやるのはあまりにも間抜けすぎる。ムードというものをわかってない。けれど、アリスは納得した様子を見せなかった。
「だ、だって”女の子”だなんて……」
「あっちは二十五、あたしは二十一。そう見られてもしょうがないわ。ま、成人済みの相手に相応しい言葉じゃないけどね」
微妙な年齢差ではあるけど、大学生と中学生くらいの年齢差でもあるわけだしね。そこまで目くじらを立てる発言とも思えない。
「……でも、気をつけるに越したことはないとないと思います」
「それは同感だわ。――でも、以前みたいに男を侍らせるつもりなんてないから安心して頂戴。
ほら、あんたも戻ってちょっとは休憩しなさいよ」
そう言ってアリスを追い立てた。アリスは不満そうにしながら部屋を出ていく。
――全く。何の心配をしてるのよ、アリスは……。
一息ついたところで再度ベッドに寝転んだ。
ちょっと頭を休めよう。
そして、三十分後。
夕食の準備ができたということで使用人が呼びに来た。
案内されるまま広々とした食堂へと通される。明らかに来客がある時の食堂ね、これは。
既に六堂家のメンバーが居る。コウセイさん、アオさん、ザイン、ディディエ、カミルの五人。
そして、呼ばれたのはあたしとハルヒトたち、七人。
総勢十二人の食事会となった。
……これ、食事の準備も大変だったでしょうね。急に泊まることになっちゃって本当に申し訳ないわ、使用人たちには。
夕食は――本当に、疑いようもなく『接待』だった。
コウセイさん、アオさん、ハルヒト、そしてあたしの四人での雑談がメイン。時折ジェイルやユキヤたちに話を振ったりもするけれど、あくまでもメインゲストはあたしとハルヒト。
ハルヒトはほぼ素だったけど、あたしは笑顔を貼り付けたままだった。……頬が引き攣りそうだったわ。
ザイン、ディディエ、カミルの三人は驚くほど静かだった。
時々口は挟むけれど、三人が主体になって話すというシーンは一切ない。多分、コウセイさんとアオさんに釘を刺されたんだろうな。
兄弟仲は良いはず……なのに、変な感じ。
和やかに進んだ夕食はほどよく切り上げられた。
料理は間違いなく美味しかったけれど、気を遣う夕食だったわ……。
部屋に戻ろうとしたところで、何故かディディエに呼び止められた。
「おい、ロゼリア」
「……何よ」
「付き合え」
この、不遜な態度……!
”なんであたしがあんたに?!”と突っかかりそうになった直前、コウセイさんがディディエの後頭部に軽く叩いた。
「ディディエ、その言い方はないだろう。用件をきちんと伝えろ」
ディディエが恨めしげに背後にいるコウセイさんを睨む。
「……オレが決めたことじゃない。兄さんから伝えるべきじゃないのか」
「はいはい、わかった。俺が頼んだことだからな。
――ロゼリアさん。着替えを用意させてるからディディエと一緒に別室で確認して貰えないだろうか?」
え? 着替えを? ディディエと?
どうしてそうなるのかがさっぱりわからずコウセイさんとディディエと見比べてしまった。
部屋に戻ろうとしていた他のメンバーがぎょっとした様子で足を止めている。
そして、アリスが慌てて近付いてきた。
「わ、わたしもご一緒させてください!」
「ん? ああ、そうだな。アリスさんにも見て貰った方が良いかもしれない」
アリスの言葉に頷くコウセイさん。よ、よかった、二人きりになるかと思った。
でも、どうしてディディエなのよ……。
そんな感情が表に出ていたのか、ディディエがこれみよがしにため息をついていた。
「オレだって好きでこんなことをするわけじゃない。……こっちだ」
そう言ってディディエはこっちも見ずにスタスタと歩き出してしまった。
む、ムカつく! 本当にムカつく……!
けど、コウセイさんの手前”要らないわよ!”と言うわけにもいかない。
コウセイさんが困った顔をしてあたしを見て、両手を合わせる。
「気分を害して申し訳ない。用意させている服の管理はディディエなんだ」
「わかりました。――多少やり返しても?」
言いながら、口の端を少し持ち上げて意地悪く笑う。
コウセイさんはちょっと驚いた顔をしてから、楽しそうに笑った。
「お好きにどうぞ」
彼のその笑顔は、どこか楽しんでいるように見えた。




